第45話 帰省⑥
俺たちは田舎に帰省していた。
俺が村へ帰省してからというもの、まともな出来事が1つも起きていない。最初は少し変わった田舎だと思っていた。都会とは違って自然が多く、昔ながらの暮らしが残っているのだろうと考えていた。しかし、それは完全な間違いだった。この村は変わっているどころではない。靴が畑から生え、その靴が逃げ出し、畑だった場所には一晩で巨大なトマト屋敷が建ち、その屋敷の中には何故か牧場が存在していた。そして俺は、その牧場にいた牛たちから異常なほど懐かれている。今も俺が村の道を歩けば、後ろから数頭の牛が当然のようについてきている。村人たちは最初こそ驚いていたが、数時間も経つ頃には完全に慣れてしまったらしく、「カイムくん、今日も牛連れてるね」と普通に話しかけてくるようになった。この村の住人たちは適応能力が高すぎると思う。
「モォ〜」
「だからついてくるなって」
俺が振り返ると、先頭にいる大きな牛が嬉しそうに鳴いた。昨日からずっと俺についてくる牛で、他の牛より少し大きく、頭には小さな傷がある。何度追い払っても戻ってくるため、いつの間にか俺も諦めていた。
「名前つければ?」
隣を歩いていたリゼットが言う。
「何で?」
「ずっと一緒にいるんだから」
「別に一緒にいるわけじゃない。勝手についてきてるだけだ」
「モォ〜」
「ほら、仲良しだよ」
「会話が成立してない」
俺が歩けば牛も歩き、俺が止まれば牛も止まる。さすがにずっと後ろをついてこられるのも気になるので、俺は近くの広場まで移動した。牛は当然のようについてきた。
「お前、何で俺に懐いてるんだ?」
「モォ」
「わからん」
「モォ〜」
「そうか」
「会話してるじゃん」
リゼットが笑う。
「してない」
「してるよ。カイムは何で懐いてるのって聞いて、牛さんはモォって答えて、カイムはわからんって返した」
「何も成立してないだろ」
すると牛が俺の隣に座った。大きな身体を地面へ下ろし、俺の方を見上げている。その姿を見ていると、少しだけ可愛く思えてくる自分がいた。
「……まあ」
俺は牛の頭を撫でる。
「悪いやつじゃないのか」
「モォ〜」
「おお」
牛が嬉しそうに目を細める。
「完全に懐いたね」
「最初から懐いてただろ」
「もっと懐いた」
「違いがわからん」
俺はしばらく牛の頭を撫でていた。最初は何でこんなことになっているのかわからなかったが、一緒にいるうちに少しだけ慣れてきた。こいつは俺が何かをするとすぐ近くへ来るし、危ない場所へ行けば後ろから服を咥えて止めようとする。昨日も俺がトマト屋敷の近くへ近づいたとき、何故か必死になって俺を引き止めていた。理由は不明だが、もしかするとこいつなりに俺のことを気にかけているのかもしれない。
「お前、結構いいやつなのか?」
「モォ!」
「元気だな」
「名前決まり?」
「決めない」
「えー」
「牛は牛でいいだろ」
そのときだった。村の入口の方から、大きな悲鳴が聞こえた。
「逃げろぉぉぉ!」
「……」
俺は目を閉じた。
「聞かなかったことにしよう」
「カイム」
「今日は関わらない」
「誰か逃げてるよ?」
「知らない」
「助けなくていいの?」
「冒険者としては助けるべきだと思う。でも帰省中なんだ」
「その理屈はどうなの?」
悲鳴はどんどん近づいてくる。そして次の瞬間、村人の1人が広場へ飛び込んできた。
「カイムくん!」
「何ですか」
「大変だ!」
「またですか」
「フランスパンが暴れてる!」
「…………」
俺はゆっくり牛を見る。
「帰るか」
「モォ」
「ですよね」
「何で牛に確認したの?」
村人は必死だった。
「村の外から突然現れたんだ!」
「フランスパンが?」
「ああ!」
「どうやって移動してるんですか?」
「知らん!」
もうこの村では、誰も何も知らない。
「とにかく助けてくれ!」
「嫌です」
「即答!?」
「昨日から何回も意味不明なことに巻き込まれてるんですよ」
「でも凶暴なんだ!」
「フランスパンですよね?」
「そうだ!」
「パンがどうやって凶暴になるんですか」
その答えを聞く前に、遠くから何かが飛んできた。
——ドゴォン!
村の家の壁に何かが突き刺さる。
「…………」
「…………」
俺はゆっくりそちらを見る。壁に刺さっていたのはフランスパンだった。
「硬いな」
「そこ!?」
さらに。
——ドゴォン!
——ドゴォン!
何本ものフランスパンが村へ飛んでくる。
「何だよこれ!」
「言っただろ! フランスパンが暴れてる!」
「何で飛ぶんだよ!」
村の入口を見る。
そこには巨大なフランスパンが立っていた。いや、立っているという表現でいいのかわからない。長いフランスパンが地面に突き刺さり、そのままぴょんぴょん跳ねている。
「カイム」
「何だ」
「フランスパンだね」
「見ればわかる」
巨大なフランスパンがこちらを見る。
——ズドォン!
地面を跳ねる。
「来たぞ!」
「モォォォ!」
突然、俺の隣にいた牛が前へ出た。
「おい?」
牛は俺を庇うように立っている。
「モォォォォ!」
巨大なフランスパンへ向かって威嚇する。
「牛が怒ってる」
「カイムを守ろうとしてるんじゃない?」
「何で?」
「絆?」
「昨日会ったばかりなんだけど」
しかし牛は動かなかった。巨大なフランスパンが近づいてくるたびに地面が揺れる。正直、俺は意味がわからない。何故俺は牛と一緒にフランスパンと戦うことになっているのか。冒険者になってから色々な魔物と戦ってきた。ゴブリン、オーク、ワイバーン。どれも危険な相手だった。しかし今目の前にいるのはパンだ。どう考えても過去最低の相手なのに、何故か過去最高に対処法がわからない。
「カイム!」
リゼットが叫ぶ。
「どうする!?」
「知らん!」
「バフ!」
「フランスパンに?」
「牛に!」
「ああ」
俺は牛を見る。
「お前、戦うのか?」
「モォ!」
「……わかった」
俺は手を向ける。
「【強化】」
淡い光が牛を包む。
「モォォォ!」
牛の身体が一瞬だけ大きく見えた。
「うわ」
「効いてる!」
「当たり前だろ」
巨大なフランスパンが跳ねる。
牛も地面を蹴った。
——ドゴォン!
「速っ!?」
強化された牛が一直線に突進する。フランスパンも跳ねる。2つが正面からぶつかった。
——ドゴォォォン!
「パンと牛が戦ってる」
「冷静に言うな!」
土煙が上がる。俺は思わず息を呑んだ。
「大丈夫か?」
「モォォォ!」
土煙の中から牛が飛び出す。そのままフランスパンを押している。
「凄え」
巨大なフランスパンが必死に跳ねる。牛も負けずに押し返す。
「いけぇぇぇ!」
いつの間にか村人たちが応援していた。
「牛! 負けるな!」
「パンを倒せ!」
「何だこの村」
俺も拳を握る。
「いけ!」
「モォォォォ!」
牛がさらに力を込める。
その瞬間。
——バキィィン!
巨大なフランスパンが真っ二つに割れた。
「…………」
「…………」
静かになる。村人たちが一斉に叫んだ。
「勝ったぁぁぁぁ!」
「牛が勝った!」
「パンに!」
「相手がパンだからな」
俺は牛へ近づく。
「大丈夫か?」
「モォ〜」
牛は何事もなかったかのように俺へ顔を擦りつけてきた。
「お前、凄いな」
「モォ!」
俺は笑って牛の頭を撫でた。昨日まではただ懐かれているだけだと思っていた。しかしこいつは俺を守ろうとした。俺のバフを受けて、巨大なフランスパンへ立ち向かった。
「……名前つけるか」
「えっ!」
リゼットが驚く。
「ついに!?」
「そこまで驚くことか」
「何にするの?」
俺は少し考える。
「……パン」
「何で!?」
「パンに勝ったから」
「もっといい名前あるでしょ!」
「モォ〜」
「気に入ってるぞ」
「気の所為!」
そのとき。
「うわああああああ!」
また悲鳴が聞こえた。
「今度は何だよ」
振り返ると村長がいた。ただし昨日とは違う。
「…………」
俺は目を擦る。
「リゼット」
「何?」
「村長、小さくなってない?」
「なってる」
昨日まで美少女だった村長が。今日は小さな女の子になっていた。金髪。小さな身体。見た目はどう見ても10歳前後。
「何で!?」
村長——いや、ロリになった村長が叫ぶ。
「俺が聞きたい!」
「昨日より若返ってる!」
村人たちが集まってくる。
「カイムお兄ちゃん」
「ん?」
「妹のこと、どうする?」
俺は固まった。
「今」
「妹」
「誰が?」
「私たち」
「…………」
村人たちを見る。
「……え?」
「私も妹だよ」
別の村人が言う。
「私も」
「俺も妹」
「男だよな!?」
「でも妹」
「何で!?」
村人たちが次々と手を挙げる。
「カイムお兄ちゃん」
「お兄ちゃん」
「兄上」
「にいに」
リゼットが笑い始めた。
「ぷっ……」
「笑うな」
「だって……」
「笑うな!」
俺は村人たちを見る。
「待て待て待て」
頭が追いつかない。
「俺に兄弟なんていない」
「いるよ」
ロリになった村長が言う。
「この村の住人は全員、お前の妹だ」
「何で!?」
「知らん!」
「村長も知らないの!?」
「俺も今聞いた!」
「誰から!?」
「頭の中から!」
「怖いわ!」
村人たちが一斉に俺を見る。
「お兄ちゃん」
「やめろ」
「お兄ちゃん!」
「やめろって!」
「お兄ちゃん!」
「増えるな!」
俺は頭を抱えた。
フランスパンと戦った。牛と絆を深めた。そして村長はロリになった。さらに村人たち全員が俺の妹だという。
「…………」
俺は空を見る。
「帰りたい」
「ここ、カイムの故郷だよ」
リゼットが言う。
「そうだった」
そのとき、牛が俺の隣に座った。
「モォ〜」
「……お前だけだな」
「モォ?」
「昨日から何も変わってないの」
俺は牛の頭を撫でる。
「お前だけは普通だ」
「モォ〜」
すると。
村人の1人が言った。
「でもその牛も、お兄ちゃんの妹だよ」
「何でだよ!?」
牛が。
「モォ〜」
と鳴いた。
俺は考えるのをやめた。




