第43話 帰省④
俺たちは田舎に帰省していた。
故郷へ帰ってきてから数日が経つが、未だにまともな休暇を過ごせていない。初日は靴畑を耕し、翌日は意地の悪いトウモロコシと戦い、その次の日には川で魚と戦うことになった。普通、帰省というのはもっと穏やかなものじゃないのかと思う。久しぶりに家族と過ごしたり、懐かしい友達と話したり、のんびり昼寝をしたりするものだろう。少なくとも、農作物や魚と本気で戦うものではない。
だから今日こそは何もしない。
そう決めていた。
「今日は絶対に外へ出ない」
「えー」
俺が布団の中から言うと、リゼットが不満そうな声を出した。
「せっかくの田舎なのに」
「だから昨日まで十分満喫しただろ」
「まだ全然足りないよ!」
「靴畑見たし、トウモロコシにも叩かれたし、魚にも水をかけられた。これ以上何を満喫するんだ」
「……確かに」
少し考えてから納得するな。
「でも今日は普通に村を散歩するとか」
「それならいい」
「お昼寝もする?」
「最高だな」
「おやつも食べる?」
「完璧だ」
俺は再び布団へ潜る。今日は平和な1日になる。そう思った。
——バンッ!
「カイム!」
「何だよ!?」
勢いよく部屋の扉が開いた。そこには村長が立っている。嫌な予感しかしない。
「大変だ!」
「帰ってください」
「まだ何も言ってないだろ!」
「村長が大変だって言いながら部屋に入ってきた時点で、俺にとっては大変なんですよ」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
「俺は寝てる場合です」
「靴が逃げた!」
「…………」
俺はゆっくり布団を頭まで被った。
「カイム?」
「聞こえなかったことにします」
「聞こえてるだろ!」
「夢です」
「現実だ!」
「現実から目を逸らす自由くらいください」
すると、隣にいたリゼットが勢いよく立ち上がった。
「靴が逃げたの!?」
「そうだ!」
「何それ面白そう!」
「お前は座れ」
「行こう、カイム!」
「行かない」
「早く!」
「嫌だ」
「靴が逃げたんだよ!?」
「だから何だ」
「捕まえないと!」
村長が俺の肩を掴む。
「頼む! あの靴は今年一番の出来なんだ!」
「靴に出来とか言うな」
「昨日まで畑で大切に育ててきたんだぞ!」
「俺は育ててません」
「カイムも耕しただろ!」
「30分だけだ!」
「愛着あるだろ!」
「ないです」
「あるでしょ?」
リゼットが聞いてくる。
「ない」
「即答」
村長は頭を抱えた。
「このままだと村の外へ出てしまう!」
「靴が?」
「ああ!」
「どこへ行くんだよ」
「知らん!」
知らないのか。
「とにかく来てくれ!」
「…………」
俺は天井を見る。終わった。
「カイムー?」
リゼットが俺の顔を覗き込む。
「行こうよー」
俺たちは村長に連れられ、靴畑へ向かうことになった。畑へ到着すると、村人たちが集まっていた。全員が畑の周囲を見回し、何かを探している。
「逃げた靴はどれなんですか?」
「あれだ」
「……どれ?」
「そこだ!」
畑の奥に1足の革靴があった。革靴は畑の中を跳ねている。俺たちの様子を確認しているようだった。
「おい」
村長が前へ出る。
「戻ってこい」
革靴が止まる。
「……」
「お」
村長が少し期待した。
「わかってくれたか?」
次の瞬間。
——ピョン!
革靴が村長の顔へ土を蹴り上げた。
「ぶっ!?」
「逃げたね」
「逃げたな」
革靴は畑から飛び出した。
「待てぇぇぇ!」
村長が叫ぶ。
「今年一番の革靴ぅぅぅ!」
「追え!」
「追えぇぇぇ!」
村人たちが一斉に走り始めた。
「カイム!」
リゼットが俺を見る。
「行くよ!」
「何で俺まで!」
「逃げちゃう!」
「だから靴だろ!?」
「はぁ……」
仕方なく走る。
「【強化】」
「おっ」
革靴は意外と速かった。
——ピョン!
——ピョン!
「待て! 止まれ!」
——ピョン!
さらに速度が上がった。
「速くなった!?」
「カイムを挑発してる!」
「靴に挑発される人生嫌なんだけど!」
リゼットが後ろからついてくる。
「【ファイアボール】!」
「撃つなぁぁぁ!」
俺は慌てて止めた。
「靴を焼くな!」
「威嚇!」
「昨日も聞いた!」
「でも効くかも!」
「靴に火魔法が効かないわけないだろ!」
革靴は村の広場へ向かった。そこには子供たちが遊んでいる。
「あ!」
「何だあれ!」
「靴だ!」
「靴が走ってる!」
「追えー!」
子供たちまで参加した。
「増えたな」
「お祭りみたい!」
「どこがお祭りだ」
村の中を革靴が逃げる。
「カイム!」
「何だ!」
「回り込める?」
「やってみる!」
俺は路地へ入る。革靴が進む方向を予測し、別の道から先回りする。
「よし」
革靴が近づいてくる。
「今だ!」
俺は両手を広げる。
「止まれ!」
革靴が跳ねる。
——ピョン!
そして。
俺の頭の上を飛び越えた。
「…………」
「カイムー!」
リゼットが後ろから走ってくる。
「今、飛び越えられたね!」
「見てたなら言うな」
「綺麗なジャンプだった!」
「靴を褒めるな!」
革靴はそのまま村の外へ向かった。
「まずい!」
村長が叫ぶ。
「村の外へ出るぞ!」
「出たら何か困るんですか?」
「野生の靴になる!」
「もうなってるだろ!」
革靴が跳ねる。
「逃がすか!」
俺はさらに速度を上げた。
地面を蹴る。
一気に距離を詰める。
「【強化】」
身体が軽くなる。あと少しもう少しで届く。
「捕まえた!」
俺は革靴へ飛びついた。
——ガシッ!
「よし!」
両方の靴を掴んだ。
「捕まえたぞ!」
「カイム!」
リゼットが喜ぶ。
「やったー!」
「これで終わりだな」
俺は革靴を見る。
「大人しくしろ」
——ピョン。
「ん?」
片方の靴が動く。
「おい」
——ピョンピョン!
「待て」
俺の手から逃げようとする。
「逃がすか!」
両手に力を入れる。すると革靴が。
——バキッ。
「…………」
「…………」
嫌な音がした。
「カイム」
「何だ」
「今」
「言うな」
俺は恐る恐る手を見る。
「…………」
革靴が壊れていた。
「…………」
沈黙。
村長を見る。
「…………」
村長の顔が。
真っ白だった。
「カイム」
「はい」
「今年一番の革靴が」
「はい」
「…………」
「すみません」
その瞬間。
「いやああああああああああ!」
村長の叫び声が村中に響いた。
「俺の革靴ぅぅぅぅぅ!」
「ごめんなさい!」
「何てことを!」
「逃げるから!」
「靴は逃げるものじゃない!」
「それはそう!」
リゼットが笑いを堪えている。
「笑うな」
「だって……!」
「笑うなって」
「ご、ごめん……ぷっ」
「絶対笑ってる」
村長は壊れた革靴を抱えている。
「今年はいい靴が採れたと思ったのに……」
「来年また生えますよ」
「同じ靴は二度と生えん!」
「そうなんですか?」
「当たり前だ!」
「靴のくせに命みたいな扱いするな」
「命だ!」
「重い」
「……ん?」
「どうしたんです?」
「今」
村長が指差す。
「何か動いた」
俺たちは振り返る。
——ピョン。
「…………」
「…………」
小さな靴が畑から飛び出した。
「…………」
「村長」
「何だ」
「もう1足逃げましたね」
「…………」
——ピョン!
さらに。
別の靴が飛び出す。
「…………」
——ピョンピョン!
「…………」
畑から大量の靴が次々と飛び出していく。
「…………」
村長の顔を見る。
「…………」
村長の顔を見る。
「カイム」
「何ですか」
「逃げろ」
「何で!?」
「嫌な予感がする!」
「俺もします!」
次の瞬間。
——ピョンピョンピョンピョンピョン!
「うわああああああ!」
大量の靴が一斉に村へ向かって走り始めた。
「何で逃げるんだよぉぉぉ!」
「カイム!」
「走れ!」
「どこに!?」
「知らん!」
俺たちの平和な帰省は大量の靴による大脱走事件へと発展した。




