第41話 帰省②
俺たちは田舎に帰省していた。
「どうしたの?」
王都では絶対に見られない景色だ。
「懐かしいなと思って」
「ここがカイムの故郷?」
「ああ」
リゼットが周囲を見回す。
「思ってたより何もないね」
「第一声がそれかよ」
「でも静かでいいところ!」
「まあな」
俺は深く息を吸う。空気が違う。王都は人が多く、いつも騒がしい。それに比べてここは。
「のどかだなぁ」
「そうだねー」
リゼットが伸びをする。
「帰ってきたぞー!」
誰に向かって言っているのかわからない。
「お前、何してるんだ?」
「田舎を満喫してる」
「まだ村に入ったばっかりだぞ」
「大事なのは気持ち!」
「便利な言葉だな」
そのまま村へ入る。久しぶりに帰ってきたということもあり、何人かの村人に声をかけられた。
「カイムじゃないか!」
「久しぶりだな!」
「帰ってきてたのか!」
「はい」
久しぶりの挨拶。懐かしい顔。こういうのも悪くない。
「カイム!」
「ん?」
畑の方から声がした。
「おお」
村長だった。
「久しぶりです」
「久しぶりだな!」
村長は鍬を持っていた。
「畑仕事ですか?」
「ああ」
「大変ですね」
「なら手伝え」
「え?」
「手伝え」
「強制ですか?」
「村長命令だ」
「そんな命令あるんですか?」
「今作った」
「横暴だ」
村長に連れられ俺たちは村の畑へ向かった。
「ここだ」
「……」
広い。かなり広い。
「何をすればいいんですか?」
「耕す」
「普通ですね」
「普通が一番だ」
村長が鍬を渡してくる。
「カイム、頑張って!」
リゼットが手を振る。
「お前もやるんだぞ」
「え?」
「何で?」
「何でじゃない」
「私、魔法使いなんだけど」
「昨日も聞いたぞ、その言い訳」
「魔法使いは畑を耕さないの!」
「誰が決めた?」
「私!」
「またお前か」
俺たちは畑へ入る。
「じゃあ」
俺は鍬を持つ。
「やるか」
「待て」
村長が止める。
「何です?」
「まずは靴畑からだ」
「……?」
俺は聞き間違いだと思った。
「今、何て?」
「靴畑」
「靴畑?」
「ああ」
村長が指を差す。畑の一角。そこには大量の靴が生えていた。
「…………」
「…………」
俺とリゼットは黙る。
「カイム」
「何だ」
「靴って生えるんだね」
「俺も初めて知った」
地面から黒い革靴、茶色の革靴、長靴、サンダル。なぜか片方だけの靴もある。
「何だこれ」
「靴畑だ」
「見ればわかりますよ」
「今年は豊作でな」
「豊作?」
村長が嬉しそうに笑う。
「去年はサンダルしか採れなかった」
「農作物みたいに言うな」
「今年は革靴が多い」
「どういう基準なんですか?」
「土がいいんだろう」
「絶対違う」
リゼットが畑へ近づく。
「これ、引っこ抜いていい?」
「まだ早い」
「え?」
「収穫前だからな」
「靴に収穫時期あるの?」
「当たり前だ」
「俺の常識がおかしいのか?」
村長が1本の靴を指差す。
「見ろ」
そこにはまだ小さな子供用の靴が生えている。
「これはまだ若い」
「若いとかあるんだ」
「もう少し育てれば大人用になる」
「成長するの!?」
「そうだ」
何だこの村。俺、こんな場所で育ったのか?
「カイム」
リゼットが俺を見る。
「これ耕すの?」
「そうらしい」
「靴を?」
「靴の周りを」
「難しそう」
「だな」
俺は鍬を持つ。靴を傷つけないようにその周囲の土を耕す。
「こうか?」
——ザクッ。
「おお」
土が柔らかくなる。
「上手いじゃないか」
村長が頷く。
「昔から畑仕事は得意だったからな」
「カイム、農民だったの?」
「冒険者になる前は普通に手伝ってた」
「へー」
リゼットも鍬を持つ。
「私もやる!」
「珍しいな」
「靴畑、面白いから」
「理由が意味わからん」
俺たちは畑を耕えていく。土を掘る。靴の周りを整える。時々地面から新しい靴が顔を出している。
「……」
何だろう。靴が畑に生えている。土の中からまるで芽を出すように革靴が顔を出している。
「カイム」
「ん?」
「何か綺麗じゃない?」
「綺麗?」
「ほら」
リゼットが指を差す。
風が吹く。
畑の上を。
柔らかな風が通り抜けた。
その風に揺られるように。
畑に並んだ靴たちが、静かに揺れている。
太陽の光を受けた革靴は。
新品のように輝いていた。
土から生まれ。
風に吹かれ。
やがて誰かの足元へ旅立っていく。
考えてみれば。
少しだけ。
悪くない。
誰かが歩くための靴を。
自分たちの手で育てる。
土を耕し。
水をやり。
成長を待つ。
その靴を履いた誰かが。
知らない場所へ向かうのかもしれない。
遠い街へ。
知らない国へ。
誰かに会うために。
夢を追うために。
その足元にはこの小さな村の畑で育った靴がある。
「……」
「どうしたの?」
「いや」
俺は鍬を握り直す。
「ちょっといいなって思った」
「靴畑が?」
「ああ」
「わかる!」
リゼットが笑う。
「自分で育てた靴を履くって、何か嬉しいよね!」
「お前は履く側の話か」
「カイムは育てる側?」
「まあな」
再び鍬を土へ入れる。
——ザクッ。
土を耕すと、そこから新しい靴が顔を出す。
「おお!」
リゼットが声を上げた。
「新しいの生えた!」
「本当だ」
「見て見て!」
小さな革靴。まだ育ち始めたばかりなのか。少しだけ柔らかそうだ。
「可愛い」
「靴に可愛いとかある?」
「あるよ!」
「そうか」
俺たちはしばらく靴畑を耕した。
「終わった!」
リゼットが鍬を放り投げる。
「疲れたー!」
「お疲れ」
「もう畑仕事しない」
「30分しかやってないぞ」
「私の限界」
「弱すぎる」
「魔法使いだから!」
「それを言えば許されると思ってるだろ」
「うん!」
「認めるな」
すると。
「次だ」
村長が言った。
「え?」
「次の畑がある」
「まだあるんですか?」
「ああ」
「何を育ててるんです?」
村長は答える。
「トウモロコシ」
「普通ですね」
「ただし」
村長の表情が険しくなる。
「今年のトウモロコシは意地が悪い」
「……はい?」
「非常に意地が悪い」
「トウモロコシに性格あるんですか?」
「ある」
「何で断言できるんですか」
俺たちは次の畑へ向かった。そこには大量のトウモロコシが並んでいた。
「普通じゃないですか」
「見てろ」
村長が近づく。
「おい」
——ガサッ。
「!」
1本のトウモロコシが揺れた。
「……」
「……」
村長がさらに近づく。
すると。
——バシッ!
「痛っ!?」
葉っぱが村長の顔を叩いた。
「ほらな」
「ほらなじゃないですよ」
「意地悪だろ?」
「思ったより意地悪だった」
リゼットが笑っている。
「何これ!」
「笑い事じゃない」
村長がトウモロコシを見る。
「こいつらは最近、調子に乗っている」
「何で?」
「雨が多かったからよく育った」
「育った結果、性格が悪くなった?」
「そうだ」
「意味がわからない」
俺が畑へ近づく。
「おい」
トウモロコシを見る。
——ガサガサッ!
葉っぱが揺れる。
「……」
「カイム」
「何だ」
「警戒されてるよ」
「トウモロコシに?」
次の瞬間。
——バシッ!
「痛っ!」
今度は俺が叩かれた。
「こいつ!」
俺はトウモロコシを睨む。
「やったな?」
——ガサッ。
また揺れた。
「完全に馬鹿にしてる」
「カイム」
リゼットが楽しそうに言う。
「こらしめよう」
「何でそんな悪い笑顔してるんだ」
「意地悪なトウモロコシには教育が必要」
「お前、絶対楽しんでるだろ」
「もちろん」
俺はトウモロコシの前に立つ。
「おい」
——ガサガサッ。
「これ以上、人を叩くな」
——バシッ!
「……」
顔を叩かれた。
「リゼット」
「何?」
「バフかける」
「自分に?」
「ああ」
「トウモロコシ相手に?」
「こいつを許せない」
「何か面白くなってきた」
俺は自分へ手を向ける。
「【強化】」
淡い光が身体を包む。するとトウモロコシたちが。
——ガサッ!
一斉に揺れた。
「……?」
「怖がってる?」
「まさか」
俺は近づく。
「反省したか?」
——シーン。
風もないのに静かになった。
「勝ったな」
「何に?」
「トウモロコシに」
「カイム」
「ん?」
「何か人として大切なものを失ってない?」
「気のせいだ」
俺は【強化】を解除する。
その瞬間。
——バシィィン!
「痛ぇ!?」
トウモロコシが俺の後頭部を叩いた。
「こいつ!」
「反省してない!」
リゼットが腹を抱えて笑う。
「カイム、負けてるよ!」
「うるさい!」
俺は振り返る。
「……」
トウモロコシ絶対に許さない。
「村長」
「何だ?」
「こいつら、どうすればいいんですか」
「収穫しろ」
「なるほど」
俺は頷く。
「リゼット」
「はい?」
「魔法」
「え?」
「焼くか」
「ダメだよ!?」
「何で?」
「トウモロコシが炭になる!」
「意地悪だからいいだろ」
「よくない!」
結局俺たちは普通に収穫することになった。
「おい!」
——バシッ!
「痛っ!」
「カイム!」
「何だ!」
「私も叩かれた!」
「仲間になったな」
「嬉しくない!」
トウモロコシたちは最後まで意地が悪かった。葉っぱで叩く。顔に虫を落とす。収穫しようとするとなぜか反対方向へ倒れる。
「何だこいつら!」
「凄いね!」
「褒めるな!」
夕方。ようやく収穫が終わった。
「疲れた……」
俺は地面に座り込む。
「私も……」
リゼットも隣に座る。
「魔物より疲れた」
「トウモロコシが魔物みたいに言うな」
「カイム、見て」
「ん?」
リゼットが1本のトウモロコシを持ち上げる。
「綺麗」
夕日を受けて黄金色の粒が輝いている。
「……まあな」
「今日の夕飯はトウモロコシだ」
村長が言う。 俺とリゼットは顔を見合わせる。
「食べる」
「食べよう」
意地の悪いトウモロコシは食べるとなれば話は別だ。
「バター醤油がいいな」
「カイム」
「何だ」
「トウモロコシに復讐する気?」
「違う」
「本当に?」
「美味しくいただくだけだ」
「悪い顔してるよ」
故郷に帰ってきて、靴を育て、トウモロコシと戦った。冒険者として正しい休日だったかはわからない。
「カイム」
「ん?」
「田舎って面白いね」
「ああ」
俺は空を見上げる。
「悪くないだろ」
「うん!」
こうして。
俺たちの帰省1日目は終わった。
ちなみに翌日。靴畑から片方だけの靴が大量に収穫されるという事件が起きた。
「何で片方だけなんだよ!」
「知らん!」
村長にもわからなかった。




