第4話 損失
朝からギルドに来ていた。昨日受けたウルフ討伐の報酬を受け取るためだ。受付で報酬を受け取り、そのまま次の依頼を探す。
「今日は何にしようか」
依頼掲示板には、昨日と同じように大量の依頼書が貼られている。薬草採取、荷物運び、魔物の討伐。どれも、今までならアルトたちと一緒に選んでいたものだ。
「1人って意外と暇だな」
昨日はウルフを倒して終わりだった。思ったより簡単だったし、報酬も悪くない。この調子なら、1人でも冒険者を続けていけそうだ。
「おい! 誰か治癒魔法を使える奴はいないか!」
ギルドの入口から、慌てた声が聞こえてきた。
「どうしたんだ?」
「【星の剣】が北の森で魔物に襲われたらしいぞ!」
その名前を聞いた瞬間、手が止まった。【星の剣】——昨日まで俺がいたパーティ。
「一体何が……」
気になって入口を見る。そこには数人の冒険者に囲まれた3人の姿があった。
「…………!」
俺は言葉を失った。
アルトの鎧はボロボロになっている。リーナは杖を失っていて、服もところどころ破れていた。セシルも顔色が悪く、誰かに肩を借りている。昨日、俺を追放した3人とは思えない姿だった。
「おい、治癒師を呼んでくれ!」
「早くベッドを!」
ギルドの職員たちが慌ただしく動き始める。俺はその場から動けなかった。
「何があったんだ?」
思わず口から言葉が出た。すると、アルトがこちらを向いた。
「カイム……」
「アルト……」
目が合う。アルトは何か言おうとした。だが、その前にリーナが口を開いた。
「Aランクの魔物に遭遇したの」
「Aランク?」
「そう」
リーナは苦しそうに答える。
「北の森で遭遇したの」
「それで……この怪我?」
リーナは答えなかった。俺は3人を見る。Aランクの魔物は確かに強い。でも――。
「お前たちならそこまで苦戦しないだろ?」
誰も答えない。俺は少し違和感を覚えた。
「何があったんだよ」
アルトが俯く。
「俺たちは……Aランクの魔物に勝てなかった」
勝てなかった? あのアルトが?
「まさか、撤退したのか?」
「ああ」
アルトが答える。
「命からがら逃げてきた」
昨日までなら、そんな話を聞いたら驚いていたと思う。でも今は、別のことが頭に浮かんでいた。俺がいなくなった。そして、急に弱くなった。
「なあ」
俺はアルトを見る。
「昨日までと何か違わないか?」
「何がだ?」
「お前たちの力だよ」
アルトが黙る。
「昨日まで、こんなことなかっただろ?」
「そ、それは……っ」
「俺がいた頃は、Aランクの魔物だって何度も倒してきたじゃないか」
3人は何も答えない。その沈黙で、なんとなくわかった。
「もしかして……」
俺は自分の手を見る。昨日、自分に使った【強化】。あの異常な力。ウルフを簡単に倒せた。岩だって砕けた。もしかすると――。
「俺のバフがなくなったからか?」
「!」
アルトが顔を上げた。その反応を見て、俺は確信した。
「やっぱりそうなのか?」
「黙れ……!」
アルトは苛立たしげに吐き捨てた。
「でも、昨日から明らかにおかしいんだ」
「おかしいって、どんな風に?」
「攻撃力が落ちてる。リーナの魔法も、セシルの回復もだ」
アルトが拳を握る。
「何度やっても前みたいな力が出ない」
俺は黙って3人を見る。そこで、ようやく気づいた。俺のバフは、3人を強くしていた。ずっと最初から。俺たちがFランクだった頃も。Dランクになったときも。Aランクになったときも。そして――Sランクになったときも。俺はずっと3人にバフをかけていた。
「俺たちが強くなったんじゃなかった」
「俺が強くしてたのか」
その言葉を口にすると、妙に納得できた。今まで俺は、自分を弱いと思っていた。だからこそ、アルトたちが強くなっていくのを見て嬉しかった。俺の力が役に立っている。それだけで十分だった。でも――。
「まさか、ここまでとはな」
俺は苦笑してしまった。
「カイム」
アルトが俺の名前を呼ぶ。
「何だ?」
「頼みがある」
アルトが頭を下げた。
「もう一度、俺たちにバフをかけてくれ」
その瞬間、昨日のことを思い出した。
――お前は使えねーんだよ。
――雑魚は邪魔だ。
――もう、お前のバフは必要ない。
「…………」
俺は黙ってアルトを見る。昨日まで、俺の力なんて必要ないと言っていた。なのに今は、俺に頭を下げている。
「悪かった」
アルトが続ける。
「昨日は言いすぎた。俺たちには、お前の力が必要だった」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ痛んだ。嬉しいわけじゃない。むしろ腹が立つ。昨日まで必要ないと言っていたくせに。俺がいなくなって初めて気づいた。それが少しだけ悔しかった。
「カイム……」
リーナも俺を見る。
「お願い。もう一度だけでいいから……!」
「…………」
セシルは何も言わない。ただ、俺を見ている。俺は3人を見つめる。昨日まで一緒だった幼馴染。何度も一緒に戦った仲間。それでも――。
「断る」
「…………は?」
アルトが顔を上げる。
「な、何でだ……?」
「昨日、お前らが言っただろ」
俺はアルトを見る。
「俺のバフは、もう必要ないって」
「それは……!」
「だからもう使わない」
アルトが何か言おうとする。だが、俺はそれを遮った。
「俺も、もうお前らに頼らない」
俺はギルドを出た。外へ出ると、昨日と同じように空は晴れていた。俺は空を見上げる。昨日までは、何もわからなかった。自分が弱いと思っていた。自分には、誰かを支えることしかできないと思っていた。でも違った。俺のバフは、俺自身にも使える。そして――。
「俺1人でも、戦える」
だったら。もう、あいつらの後ろを歩く必要はない。俺は自分の力で、もっと上を目指せる。
「せっかくだ」
俺はギルドの掲示板を見る。さっきはウルフ討伐を選んだ。でも、もう少し上の依頼でもいいかもしれない。
「これにするか」
俺が手に取ったのは、ある依頼書だった。討伐対象――ゴブリン。ただのゴブリンではない。ゴブリンの群れを率いる、上位種。報酬も、昨日のウルフとは比べものにならない。
「面白くなりそうだ」
俺は依頼書をしっかりと握りしめた。




