第37話 賢者①
「オルディスの孫か」
黒いローブの男は、俺を見てそう言った。
「爺ちゃんを知ってるのか?」
男は答えない。ただ、俺が持っているペンダントを見ている。
「そのペンダント……やはり間違いない」
男はゆっくりとこちらへ歩いてくる。俺は自然と拳を握った。
「止まれ。これ以上近づくな」
男は足を止める。
「警戒するのも当然か」
「質問に答えろ」
「オルディス・レイヴン」
男が祖父の名前を口にする。
「100年以上前、この世界で最も名を知られた魔法使い」
「伝説の賢者」
リゼットが呟く。
「ああ」
男は頷いた。
「その通りだ」
「だったら何だ」
「その孫が生きているとは思わなかった」
「何?」
俺は眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「オルディスは姿を消した」
男は言う。
「そして、その血筋もまた消えたと聞いていた」
男は部屋の中央を見る。
「オルディスが残したものを探している」
「この本を?」
「ああ」
俺も本を見る。古びた本だが、ただの本には見えない。
男の声が低くなる。
「その本は渡してもらう」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで奪う」
わかりやすいな。
「どうする?」
「どうするも何も」
俺は前へ出る。
「渡す理由がない」
「そうか」
男がため息を吐く。
「残念だ」
次の瞬間、男の身体から黒い霧が溢れ出した。
リゼットが杖を構える。
「こいつ!」
黒い霧はさっき見たものとは明らかに違う。男の身体を覆い、まるで鎧のように形を変えていく。黒い霧の中から赤い目が光る。
「少し力を借りている」
「その力に操られてるんじゃないのか?」
「私は自分の意思で使っている」
男が手を前へ向けると、黒い霧が集まる。
「【ダークランス】」
「来るぞ!」
黒い槍が飛んできた。
「【強化】!」
俺は自分にバフをかけ、横へ飛ぶ。黒い槍が壁に突き刺さった。
「威力高っ!」
リゼットが杖を構える。
「【ファイアボール】!」
黒ローブの男は動かない。炎が当たる直前、黒い霧が前へ出た。
——ドンッ!
炎が弾かれる。
「防いだ!?」
「普通の魔法じゃ突破できないのかも!」
「じゃあどうする!?」
「強い魔法!」
「単純だな!」
「魔法は火力だよ!」
あの黒い霧はさっきの盗賊に取り憑いていたものと同じだろう。
「いけるか?」
「いつでも!」
リゼットが杖を構える。男もそれに気づいた。
「光魔法か」
黒ローブの男が呟く。
「面倒だな」
「【ホーリーライト】!」
白い光が放たれ、男は黒い霧を広げる。
「無駄だ」
——ズドォン!
「!?」
突然、男の背後の壁が崩れた。崩れた壁の奥から巨大な魔物が現れた。
「グオオオオオッ!」
「は!?」
黒ローブの男も振り返る。
「何だ、これは」
「お前の仲間じゃないのか!?」
「知らん!」
巨大な魔物。熊のような姿。全身から黒い霧が溢れている。魔物がこちらへ突進してくる。
「【強化】!」
俺は自分へバフを重ねる。
「【強化】!」
身体が軽くなり、魔物の前へ飛び出した。
「うおおっ!」
拳を振り抜く。
——ドゴォン!
「グオッ!?」
魔物の体が吹き飛ぶが、すぐに立ち上がった。
「硬いな!」
「カイム、避けて!」
リゼットが叫ぶ。
「【フレイムランス】!」
炎の槍が魔物へ飛ぶ。
——ズドォォン!
「グオオオオッ!」
黒い霧が炎を消していく。
「嘘だろ」
「カイム!」
黒ローブの男が叫ぶ。
「そいつの黒い霧を消せ!」
「何で協力してんだよ!」
「死にたくないからだ!」
プライドはないのか。
リゼットが杖を構える。
「【ホーリーライト】!」
白い光が魔物を包む。
「グオオオオッ!」
黒い霧が暴れ始めた。
「今だ!」
俺は地面を蹴る。
「【強化】!」
さらにバフを重ねる。魔物の懐へ入り込む。
「これで終わりだ!」
——ドゴォン!
拳が魔物の腹へ突き刺さる。
「グオオオッ!」
魔物の身体が後方へ飛び、壁に激突する。黒い霧が魔物の身体から引き剥がされていく。
「グルルルルッ!」
「ペンダント!」
リゼットが叫ぶ。
「カイム!」
「ああ!」
俺はペンダントを取り出す。
すると。
——ピカッ!
銀色の光が広がった。黒い霧を包み込む。
「ギィィィィッ!」
黒い霧が消えていく。魔物の体が地面へ倒れた。俺たちは警戒したまま待つ。魔物は動かない。
男は部屋の奥を見る。
「本よりも確認したいことができた。お前のペンダントだ。それはオルディス本人が作った魔道具だ」
「知ってるのか?」
「鍵だ。その先へ進むための」
男は地下の奥を見る。
「この遺跡にはまだ先がある。そして、おそらくオルディスが残したものもな」
「爺ちゃんの? この本も関係あるのか?」
「その可能性は高い」
男はゆっくり後ろへ下がり、背を向けた。
「次に会うときはその本を持っていることを願う」
「何でだよ」
「失えばお前は二度と祖父に辿り着けなくなる」
「……!」
次の瞬間、黒い霧が広がり、視界が黒く染まった。
「待て!」
霧が消えたとき、そこにはもう誰もいなかった。
「逃げやがったか」
俺は本へ近づく。古い表紙には文字が書かれていた。
「これも古代文字か?」
「いいや」
リゼットが覗き込む。
「何て書いてある?」
表紙には短い文字が刻まれていた。
【カイムへ】
祖父は俺がここへ来ることを知っていたのか?
「開けるぞ」
「うん」
俺はゆっくり本を開いた。最初のページにはたった1行だけ書かれていた。
『もし、この本を読んでいるなら――私はまだ生きている』
次のページを開く。そこにはさらに信じられないことが書かれていた。
『カイム。私を探すなら、北へ向かえ』
そして最後の1行に。
『ただし、決して1人で来るな』
俺は本を閉じた。
「……爺ちゃん」
1伝説の賢者——オルディス・レイヴン。どうやら本当に生きているらしい。




