第35話 足跡
既にリゼットが朝食を食べていた。
「あ、おはよー。早く食べて出発しよ」
「そんなに急がなくても」
「急ぐよ」
リゼットはパンを口に入れる。
「古代遺跡なんだよ?」
「それ目的になってないか?」
「半分くらいはね」
「正直だな」
俺も席に座る。
今日から西の森へ向かう。祖父が100年以上前に訪れた場所。そして最近、異常な魔物が現れている場所。
「そういえばさ」
リゼットが聞いてくる。
「昨日のペンダント」
俺はポケットから取り出した。銀色のペンダント。表面には見たことのない紋章が刻まれている。
「もう1回光った?」
「いや」
「声は?」
「聞こえない」
「そっか」
昨日確かに聞こえた。
『西へ』
あれは何だったのか。祖父の声なのか。それとも、ただの気の所為だったのか。
「まあ」
俺はペンダントをしまう。
「行けばわかるだろ」
「そだね」
朝食を済ませると、俺たちは村を出た。西の森までは半日ほど。街道を外れ、徐々に人の気配がなくなっていく。
「静かだな」
リゼットも周囲を見ている。鳥の声すらほとんど聞こえない。
「普通の森じゃない?」
「少なくとも」
リゼットが杖を握る。
「魔力は濃い」
「わかるのか?」
「うん」
「俺には全然わからない」
森の中へ入ると、木々が密集している。太陽の光もほとんど入らない。
「……」
歩き始めてしばらく。
俺は地面を見つけた。
「足跡だ」
「人間?」
「ああ」
数人いる。
昨日、村長の家から逃げた男たちだろう。
「追いかける?」
「行くしかないだろ」
俺たちは足跡を追った。
しばらく進む。
すると。
「……ん?」
地面に何かが落ちている。
「これ」
俺は拾う。
剣だった。
「盗賊の人たちの?」
「多分」
だが。
剣には黒い汚れがついている。
「血?」
「違う」
リゼットが近づく。
「魔力だ」
「魔力が剣につくのか?」
「普通はつかない」
嫌な予感がする。
さらに奥へ進む。
すると。
「カイム」
リゼットが止まった。
「どうした?」
「あれ」
指差した先。
木の根元に。
人が倒れていた。
「!」
俺たちは走る。
「おい!」
近づく。
男だった。
昨日逃げた男の1人。
「生きてるか?」
俺が声をかける。
「……」
返事はない。
俺は身体を確認する。
息はある。
「気を失ってるだけだ」
「よかった」
「いや」
俺は男の周囲を見る。
「何があったんだ?」
争った跡がある。
木には深い傷。
地面も大きく抉れている。
「魔物?」
「わからない」
そのとき。
「……う」
男が目を開けた。
「おい」
「……っ!?」
男が飛び起きる。
「来るな!」
「落ち着け!」
「嫌だ!」
男は後ろへ下がる。
「来るな……!」
「俺たちはお前を襲わない」
「……」
男は俺たちを見る。
しばらくして。
「お前たち」
「昨日の村長の家にいたな」
「ああ」
「冒険者か?」
「そうだ」
男は震えていた。
「何があった?」
「……」
「遺跡へ行ったんだろ?」
男の顔色が変わる。
「何を見た?」
「見たんじゃない」
男が呟く。
「出てきたんだ」
「何が?」
「中から」
男は森の奥を見る。
「黒い霧が」
「……」
「仲間が」
男の声が震える。
「みんな、霧に飲まれた」
「それで?」
「わからない」
「わからない?」
「悲鳴が聞こえた」
男は頭を抱える。
「逃げた」
「他の奴らは?」
「知らない」
黒い霧。
昨日。
遺跡から溢れ出していたもの。
「その霧は何だった?」
「わからない」
「魔物は?」
「見てない」
男は首を振る。
「ただ」
「?」
「声がした」
「声?」
「ああ」
男は震えながら言う。
「誰かが」
俺たちは息を飲む。
「何て言った?」
「……帰れ」
俺は固まる。
昨日。
ペンダントから聞こえた声。
『西へ』
偶然じゃない。
「他には?」
「わからない」
男は立ち上がろうとする。
「俺はもう行かない」
「待て」
「嫌だ!」
男は森の外へ走っていった。
「……」
「カイム」
「ああ」
俺も同じことを考えている。
「声だ」
「うん」
「誰かが遺跡の中にいる?」
「かもしれない」
祖父。
まさか。
100年以上。
あの場所にいるなんてことは。
「行こう」
リゼットが言った。
「ああ」
俺たちはさらに森の奥へ進む。
しばらくすると。
巨大な石壁が見えてきた。
「これが」
「遺跡……?」
木々に囲まれた場所。
そこだけ人工的な建造物が残っている。
地面には石畳。
崩れた柱。
そして。
巨大な扉。
「村長が言ってた場所だな」
「うん」
扉は開いていた。
昨日。
盗賊たちが開けたのだろう。
「……」
中から冷たい風が吹いてくる。
「入る?」
「もちろん」
俺が一歩踏み出そうとした瞬間。
ポケットの中で。
ペンダントが光った。
——ピカッ。
「まただ」
「カイム?」
俺は取り出す。
銀色のペンダント。
そして。
頭の中に声が聞こえた。
『……戻れ』
「……っ!」
「どうしたの!?」
「声だ」
「何て?」
「戻れって」
「戻れ?」
リゼットが遺跡を見る。
「警告?」
「わからない」
俺はペンダントを握る。
昨日は西へ。
今度は戻れ。
「誰なんだ」
祖父なのか。
別の誰かなのか。
「カイム」
リゼットが真剣な顔をする。
「危ないなら戻る?」
「……」
普通なら。
そうするべきなのかもしれない。
だが。
ここまで来た。
祖父の手がかりもある。
そして。
このまま放っておけば、村にも被害が出るかもしれない。
「いや」
俺は首を横に振る。
「行く」
「そっか」
リゼットが笑う。
「じゃあ私も」
「本当にいいのか?」
「何言ってるの」
リゼットが杖を握る。
「パーティでしょ?」
「……」
「1人で行かせるわけないじゃん」
俺は少し笑った。
「そうだったな」
「そうだよ」
俺たちは遺跡の中へ入った。
中は暗い。
壁には古い文字が刻まれている。
「読めるか?」
「少し待って」
リゼットが壁へ近づく。
「これ、古代文字かも」
「読める?」
「全部は無理」
「役に立たないな」
「うるさい!」
リゼットが壁を睨む。
「……でも」
「?」
「これは読める」
リゼットが指差す。
「『封印』」
「封印?」
「ああ」
その下にも文字がある。
「『災いを眠らせる』」
「……」
嫌な予感しかしない。
「他には?」
「少し掠れてる」
リゼットが目を細める。
「えっと……」
「急がなくていい」
「『扉を開く者へ』」
「……」
俺たちは壁を見る。
その文字の下に。
さらに1行。
刻まれていた。
「『決して、地下へ降りるな』」
「…………」
俺とリゼットは黙る。
「帰る?」
「ここまで来て?」
「うん」
「帰らない」
「だよねー」
「聞く意味あった?」
「一応」
そのとき。
遺跡の奥から。
——ガタン。
何かが動く音がした。
俺たちは同時に振り返る。
「……」
「……」
静かになる。
「今の」
「ああ」
聞こえた。
人の足音ではない。
「行くぞ」
「うん」
俺たちは慎重に奥へ進んだ。
通路を抜ける。
そして。
広い部屋へ出た。
「……何だ、これ」
部屋の中央。
そこには。
巨大な穴があった。
地下へ続く階段。
「これが」
「地下への入口だね」
リゼットが呟く。
階段の奥は真っ暗だ。
何も見えない。
そして。
階段の前には。
1人の男が倒れていた。
「!」
昨日の盗賊の仲間。
「生きてる?」
俺たちは近づく。
だが。
男は動かない。
「……死んでる?」
「待て」
俺が手を伸ばした瞬間。
男の身体が。
——ピクッ。
「……っ!?」
突然。
男が顔を上げた。
だが。
目が違う。
真っ黒だった。
「グルルル……」
「……人間じゃない?」
男の口から。
人間とは思えない声が漏れる。
そして。
身体から黒い霧が溢れ始めた。
「カイム!」
「ああ!」
俺はすぐに【強化】を発動する。
「【強化】!」
その瞬間、男だったものがこちらへ飛びかかってきた。




