第33話 異常
拳を振り抜いた瞬間、オーガの身体から溢れていた黒い魔力とぶつかった。今までの魔物とは違う。拳に重い感触が伝わってくる。
「硬っ……!」
俺は後方へ飛び退いた。普通のオーガなら、今の一撃で多少は怯むはずなのだが。
「グルルルル……」
オーガはほとんど動いていない。黒い魔力が全身を覆っている。
「カイム!」
リゼットが叫ぶ。
「大丈夫!?」
「問題ない!」
俺は拳を見る。痛みはない。
「明らかにおかしい。普通のオーガじゃない!」
リゼットが杖を構える。
「魔力の質が変!」
「質?」
「上手く説明できない!」
「説明してくれ!」
「とにかく気持ち悪い魔力なの!」
「雑!」
オーガが咆哮した。
「グオオオオオッ!」
周囲の空気が震え、村人たちが悲鳴を上げる。
「早く倒さないと!」
俺は手を前へ向ける。
「【強化】!」
自分の身体に力が流れ込む。
「【強化】!」
もう一度かける。身体が軽くなる。オーガが俺へ向かって走り出した。
——ドドドドドッ!
「来た!」
巨大な腕が振り下ろされる。
——ブンッ!
俺は横へ飛ぶ。地面が大きく抉れた。
「おいおい」
今の攻撃をまともに受けていたら危なかった。
「リゼット!」
「任せて!」
リゼットの杖に炎が集まる。
「【フレイムランス】!」
巨大な炎の槍がオーガへ向かって飛んだ。
——ズドォォン!
炎がオーガを包む。
「やった?」
「まだだ!」
炎の中からオーガが飛び出してきた。
「マジかよ!」
俺へ向かって拳を振る。俺も拳を握る。
——ドゴォン!
拳と拳がぶつかった。衝撃が全身を走る。
「ぐっ……!」
俺は歯を食いしばる。力は互角……いや、少し押されている。
「カイム!」
「大丈夫だ!」
俺はオーガの拳を押し返す。
「【強化】!」
さらに自分へバフを重ねる。
「グオッ!?」
「おおおっ!」
力を込める。オーガの腕を弾き飛ばした。
「今だ!」
俺は一気に距離を詰め、拳を握る。腹へ向かって全力で拳を叩き込む。
——ドゴォン!
「グオオオッ!?」
オーガの巨体が後方へ吹き飛び、地面を転がる。
「よし!」
俺は距離を取る。
「カイム!」
「まだだ!」
オーガはゆっくり立ち上がった。しかし、様子がおかしい。体から黒い魔力がさらに溢れ始めた。
「グルル……」
オーガが苦しそうに頭を押さえる。
「何だ?」
「待って」
リゼットがオーガを見る。
「魔力が暴走してる」
「暴走?」
「自分で制御できてない!」
黒い魔力が地面へ流れていく。まるでオーガ自身から出ているわけではないようだった。
「外から何かが入ってる?」
リゼットが頷く。
「この魔物、何かの影響を受けてる」
祖父が残した言葉。
『もし西の森に異変が起きたら、地下を探せ』
偶然とは思えない。
「一気に決める」
俺は手を向ける。
「【強化】!」
リゼットの身体を光が包む。
「うおー」
リゼットが自分の身体を見る。
「これ、かなり来てるよ」
「いけるか?」
「勿論!」
リゼットが杖を両手で握る。今までよりも遥かに多くの魔力が集まり始めた。
「ちょっと離れて」
「どれくらい?」
「できるだけ」
リゼットの周囲に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「【フレイムバースト】!」
杖の先から巨大な炎が放たれた。
——ズガァァァン!
「うおっ!?」
爆発音が村中に響く。熱風が俺のところまで届いた。思わず腕で顔を覆う。
「熱っ!」
「大丈夫!?」
炎が消えたその先にオーガは立っていた。オーガの体から黒い魔力が消えている。
——ドスン。
オーガが膝をついた。
「グ……」
最後に小さく唸る。そのまま地面へ倒れ込んだ。
「倒したのか……?」
俺たちは慎重に近づく。オーガは完全に動かなくなっていた。黒い魔力も消えている。
「死んだ?」
「うん」
リゼットが魔力を確認する。
「もう魔力は感じない」
「そうか」
俺は大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「私はまだいけるよ?」
「嘘だろ」
「本当」
リゼットは元気そうだった。俺のバフ、重ね掛け——魔力の消費まで軽くなっているのだろうか。まだまだ調べることは多そうだ。
「おーい!」
後ろから声が聞こえた。振り返ると、さっきの老人が近づいてきた。
「大丈夫か?」
「はい」
「怪我は?」
「ありません」
老人は倒れたオーガを見る。
「しかし」
表情が険しくなる。
「最近、魔物が増えているとは聞いていたが」
「最近からなんですか?」
老人は頷く。
「ここ数ヶ月だ。西の森から魔物が出るようになった。昔はこんなことはなかった」
老人は村の西を見る。
「森の奥は危険だから近づくなと昔から言われていたが、魔物が村まで来ることなどなかった」
「なのに今は?」
「少しずつ増えている」
「爺ちゃんは何を知ってたんだ?」
「行くしかないんじゃない?」
俺たちは老人を見る。
「西の森について、詳しく教えてもらえませんか?」
「行くつもりか?」
「はい」
「やめておけ」
老人は首を横に振る。
「あそこは昔から危険な場所だ」
「でも」
俺は言う。
「俺の祖父が関係してるかもしれない。放っておいたら、この村も危ないかもしれない」
老人は黙り込んだが、しばらくして。
「わかった」
老人が頷く。
「なら、村長に会え。西の森について知っていることがある。昔からこの村を守ってきた家系だからな」
俺とリゼットは顔を見合わせる。
「決まりだな」
その日の夜、俺たちは村長の家へ向かった。ベルナ村の中央に他の家より少し大きな建物があった。
「ここか」
俺が扉を叩こうとしたとき、中から大きな音が聞こえた。
——ガタンッ!
「お前たちは何者だ!?」
知らない男の声。
「誰かいるね」
扉を開けた瞬間。
「動くな!」
「え?」
目の前に剣を持った男が立っていた。
「何なんだこれ」
部屋の中には数人の男。そして床に倒れている老人。
「村長さん?」
俺が呟いた瞬間、男たちが俺たちを見る。
「新しい奴が来たぞ」
「捕まえろ」
「は?」
男たちが一斉に動いた。
「リゼット!」
「うん!」
どうやら面倒なことが起きたらしい。




