第32話 旅路
フィオナと別れてから3日。俺とリゼットは西へ向かう街道を歩いていた。
「暇だねー」
「さっきからそればっかりだな」
「だって暇なんだもん」
「歩いてるだけだからな」
「カイムは暇じゃないの?」
「暇だよ」
「じゃあ何か話そうよ」
リゼットは少し考える。
「じゃあ質問。カイムのおじいちゃんって、どんな人だった?」
急に難しい質問が来た。
「どんな人って言われてもなぁ」
「伝説の賢者なんでしょ?」
「俺も最近まで知らなかったんだよ」
「でも一緒に暮らしてたんだよね?」
俺は少しだけ昔のことを思い出す。
「普通のじいちゃんだったよ」
「絶対普通じゃないよ」
「俺からしたら普通だった」
「どんな?」
「うーん……」
少し考える。
「朝は早かったな。よく庭で薬草を育ててた。あと料理が上手かった」
「賢者関係ないね」
「だから普通のじいちゃんだったんだよ」
祖父は昔から、自分のことをほとんど話さなかった。村ではただの老人。少し物知りで、薬草に詳しい爺さん。俺にとってはそれだけだった。
「でも昔から変なことは多かったかもな」
「変なこと?」
「俺が子供の頃、熱を出したことがあってさ。次の日には治ってた。医者には高熱で3日くらい寝込むって言われてたらしい。あと、村の近くに魔物が出たとき。次の日には消えてた」
「おじいちゃんが倒したんじゃない?」
「当時はそう思わなかった」
リゼットが笑う。
「絶対何か隠してたよ」
「その賢者がどこにいるのかわからないんだけどな」
「だから探してるんでしょ」
「そうだけどさ」
俺は前を見る。街道の先。遠くに、小さな村が見えてきた。
「あれじゃない?」
リゼットが指差す。
「ベルナ村」
俺は地図を取り出す。間違いない。
「着いたな」
「やっと!」
リゼットが走り出す。
「おい!」
「早く行こうよー!」
「また走ってる……」
やれやれ。
俺はため息をついて後を追った。
ベルナ村は小さかった。家は30軒ほど。中央には小さな広場があり、子供たちが遊んでいる。畑も多い。
「何か落ち着くね」
リゼットが周囲を見ながら言う。村の中を歩く。まずは祖父について聞かなければならない。
「誰に聞く?」
「村長とか?」
「いればいいけど」
俺たちは近くにいた老人へ声をかけた。
「すみません」
畑仕事をしていた老人が顔を上げる。
「少し聞きたいことがあるんですが」
「何だ?」
「オルディス・レイヴンという人を知りませんか?」
その瞬間、老人の表情が変わった。
「オルディス?」
「知ってるんですか?」
老人は俺を見る。
「探しておるのか」
「俺の祖父です」
「は? オルディス・レイヴンが?」
「はい」
老人はしばらく俺の顔を見ていた。
「ちょっと待ってろ」
「え?」
老人は畑仕事を放り出し、家の中へ入っていく。しばらくして、老人が1枚の紙を持って戻ってきた。
「これを見ろ」
俺は紙を受け取る。古い紙だった。そこには1人の老人が描かれていた。長い髭、杖、見覚えのある顔。
「爺ちゃんだ」
「やっぱりか」
「何なんですか、これ?」
老人は紙を見る。
「この村に昔から伝わる絵だ」
「昔から?」
老人は頷く。
「100年以上前からな」
「100……」
「年以上?」
俺とリゼットが同時に聞き返す。
「そうだ」
「いやいや。俺の祖父ですよ?」
「だから何だ?」
「俺、普通に一緒に暮らしてましたけど」
老人が俺を見る。
「お前、何歳だ?」
「18です」
「なら、オルディスは少なくとも100年以上生きていることになるな」
俺とリゼットは黙る。
「長寿?」
リゼットが呟く。
「いや、長すぎるだろ」
「魔法かも」
「そんな魔法が?」
俺はもう一度絵を見る。間違いない、祖父だ。少し若く見える気もするが、どう見ても祖父だった。
「この村にいたんですか?」
「昔、この村を救った」
「救った?」
「魔物の大群だ」
老人は遠くを見る。
「今から100年以上前。この村の近くに大量の魔物が現れた。村人だけではどうにもならなかった。そのとき、オルディス・レイヴンが現れた。そして、たった1人で魔物を追い払った」
リゼットが目を輝かせる。
「やっぱり伝説の賢者じゃん!」
何だよ。本当に伝説の賢者だったのか。いや、そこは疑っていたわけじゃないけど。
「それから、この村に少しだけ滞在した。そして、村を出る前に言ったらしい。『もし西の森に異変が起きたら、地下を探せ』と」
「西の森ってこの近くですか?」
「村から半日ほど西へ行った場所に森がある」
最近、俺たちは何度も魔物の異常に遭遇している。異常に強いウルフやブラックベア。西へ進むほど魔物がおかしくなっている。
「偶然か?」
「どうかな」
リゼットが真剣な顔になる。
「カイムのおじいちゃんは何か知ってたんじゃないかな」
祖父がこの村に何かを残している可能性がある。
そのとき。
——ガァァァン!
突然、村の奥から大きな音が響いた。
「何だ!?」
村人たちが騒ぎ始める。悲鳴が聞こえる。
「魔物だ!」
誰かの叫び声が聞こえた。
「魔物!?」
俺とリゼットは顔を見合わせる。
「カイム!」
「ああ!」
俺たちは音がした方向へ走った。村の外れに巨大な魔物が立っていた。黒い身体、鋭い牙、全身から溢れる、異常な魔力。見たことのない魔物だった。いや、姿だけなら知っている。
「オーガ……?」
リゼットが呟く。
「でもおかしい。魔力が多すぎる」
普通のオーガとは明らかに違う。身体の周囲に黒い魔力が纏わりついている。オーガが村を見回す。そして俺たちの方を見た。
「グルルル……」
リゼットが杖を握る。
「どうするの?」
答えは決まっている。
「村に入らせるわけにはいかない」
「だよね」
俺は手を前へ向ける。
「【強化】」
リゼットの身体を淡い光が包む。
「おー! 今、凄く強くなった気がする」
「気がするじゃなくて強くなってる」
リゼットが杖をオーガへ向ける。
「じゃ、やっちゃおうか」
オーガが地面を蹴った。巨大な身体が俺たちへ向かって走り出す。
——ドドドドドッ!
「【ファイアボール】!」
リゼットの魔法が放たれるが、オーガは止まらない。
「嘘!?」
「俺がやる!」
俺は自分へ【強化】を使う。
「【強化】!」
身体に力が流れ込む。オーガとの距離が縮まる。俺は地面を蹴った。迫ってくる巨大な魔物へ向かって拳を握る。だがその瞬間、オーガの身体から黒い魔力が溢れ出した。
今までの魔物とは違う。嫌な予感がする。
俺は拳を振り上げた。
——ドゴォン!
拳と黒い魔力が激しくぶつかった。




