31話 決断
エレナと別れてから2日。俺たちは西へ向かう街道を進んでいた。現在のパーティは俺、リゼット、フィオナの3人。
「次の街まであと少しよ」
フィオナが地図を見ながら言う。
「今日は宿に泊まれそうだな」
「やったー!」
リゼットが両手を上げる。
「久しぶりのベッド!」
前方に街が見えてきた。王都ほど大きくはないが、それなりに人が多い。宿や店が並び、街道を行き交う冒険者の姿も見える。
「着いたー!」
リゼットが先に走っていく。
「おい、あまり離れるなよ!」
「大丈夫ー!」
「大丈夫じゃないやつの返事だな」
俺たちは街の中へ入った。まずは宿を探す。今日はここで休み、明日から祖父について情報を集める予定だった。
「今日は休みましょう」
フィオナが言う。
「聞き込みは明日でも遅くないわ」
「そうだな」
ここ数日は歩き続けていた。流石に少し疲れている。
「カイム!」
リゼットが宿の前で手を振る。
「ここ空いてるって!」
「早いな」
「行動力があるって言って」
俺たちは宿へ入った。部屋を借り、荷物を置く。
夕方、俺たちは宿の食堂に集まっていた。
「何食べる?」
リゼットがメニューを見る。
「肉」
「即答」
「腹減ってるからな」
「フィオナは?」
「私は何でもいいわ」
「珍しいな」
フィオナは普段より静かだった。
「どうした?」
「え?」
「何かあったか?」
「別に」
「そう?」
「ええ」
フィオナは笑った。
でも。
何となく違和感があった。
何かを考えているような。
そんな感じがする。
食事を終えたあと。
俺とリゼットは部屋へ戻ろうとした。
「カイム」
後ろからフィオナに呼ばれる。
「ん?」
「少し話があるの」
「今?」
「ええ」
俺はリゼットを見る。
「先に戻ってる?」
「私もいる」
リゼットが即答する。
「駄目?」
「別にいいけど」
俺たちは再び席へ座った。
食堂にはほとんど人がいない。
フィオナは少しだけ黙っていた。
「フィオナ?」
リゼットが聞く。
「何の話?」
「……私」
フィオナが口を開く。
「冒険者を辞めようと思ってる」
「…………」
一瞬。
意味がわからなかった。
「辞める?」
俺が聞き返す。
「ええ」
「冒険者を?」
「そう」
リゼットも驚いた顔をしている。
「何で?」
フィオナは自分の手を見る。
しばらくして。
「故郷に帰ろうと思う」
「故郷?」
「ええ」
俺はフィオナの話を待つ。
「私の故郷に、おばあちゃんがいるの」
「……」
「今は1人で暮らしてるわ」
フィオナは静かに続ける。
「両親はもういない」
「だから、おばあちゃんだけなの」
初めて聞いた。
フィオナにも。
そんな家族がいた。
「ずっと気になってた」
フィオナは言う。
「でも、冒険者になってからはあまり帰ってなかった」
冒険者になれば、仕事のために各地を移動する。
故郷へ帰る時間も減る。
「最近、手紙が届いたの」
「手紙?」
「近所の人から」
フィオナの表情が少し曇る。
「おばあちゃんが前より体調を崩すことが増えたって」
「……」
「大丈夫だとは書いてあった。でも」
フィオナは小さく笑った。
「心配になっちゃって」
俺は何も言わなかった。
「今までずっと」
フィオナが続ける。
「まだ大丈夫って、自分に言い聞かせてた」
「冒険者としてもっと強くなりたい」
「もっと色んな場所へ行きたい」
「そう思ってたから」
フィオナは顔を上げる。
「でも」
俺たちを見る。
「今、本当に大切なものは何だろうって考えたの」
「…………」
「そしたら」
フィオナは少しだけ笑った。
「おばあちゃんの顔が浮かんだ」
リゼットが黙って聞いている。
「私」
フィオナが言う。
「おばあちゃんのそばにいたい」
その言葉は。
迷いではなかった。
もう決めている。
「だから」
フィオナは続ける。
「故郷へ帰る」
「冒険者を辞めて?」
「ええ」
「本当に?」
「うん」
フィオナは頷いた。
「今は、それが一番したいことだから」
俺は少しだけ考える。
そして。
「わかった」
「……」
「止めない」
フィオナが俺を見る。
「いいの?」
「何が?」
「パーティを抜けるのよ?」
「それは寂しいけど」
俺は笑う。
「家族が心配なんだろ?」
「ええ」
「なら帰ればいい」
「カイム……」
「俺も祖父を探してるからな」
フィオナの気持ちは少しわかる。
大切な家族がいる。
会いたい。
そばにいたい。
だったら。
他のことを後回しにしてもいい。
「おばあちゃんのそばにいてやれよ」
「……うん」
フィオナの目が少し潤んだ。
「泣いてる?」
「泣いてない」
「泣いてるよね?」
「泣いてないわ」
「いや、泣いて――」
「泣いてない!」
「はい」
リゼットが口を開く。
「私も寂しい」
フィオナを見る。
「せっかく仲間になったのに」
「ごめんね」
「でも」
リゼットは少し笑う。
「おばあちゃんのところに帰るなら仕方ない」
「リゼット……」
「その代わり!」
リゼットが指を立てる。
「絶対また会おうね!」
「……え?」
「会うでしょ?」
「でも私は冒険者を辞めるのよ?」
「関係ないよ」
リゼットは笑う。
「冒険者じゃなくなっても、フィオナはフィオナじゃん」
「…………」
「だから、また会おう」
フィオナはしばらく黙っていた。
そして。
「……そうね」
笑った。
「また会いましょう」
「ああ」
俺も頷く。
「別にもう二度と会えないわけじゃない」
「そうね」
その夜。
俺たちは遅くまで話した。
これまでのこと。
初めてフィオナと出会った日のこと。
一緒に依頼を受けたこと。
魔物と戦ったこと。
リゼットが変な魔法を使ったこと。
「変な魔法って何?」
「色々」
「酷い!」
「事実だろ」
「カイムまで!」
そんな話をしながら。
気づけば夜になっていた。
翌朝。
俺たちは街の門までフィオナを見送りに来ていた。
「もう行くのか?」
「早く帰りたいから」
「そうか」
フィオナの故郷は、ここから南の方にあるらしい。
俺たちが向かうベルナ村とは逆方向。
ここで本当に別れることになる。
「これ」
フィオナが冒険者証を取り出した。
「昨日、ギルドに返してきたわ」
「……」
「これで正式に冒険者じゃなくなった」
「本当に辞めたんだな」
「ええ」
フィオナは頷く。
「少しだけ寂しいけど」
「後悔してる?」
「してない」
即答だった。
「おばあちゃんのところへ帰りたい」
「ならいいんじゃないか」
「そうね」
フィオナが笑う。
「カイムは」
俺を見る。
「おじいさんを探すのよね」
「ああ」
「見つけてね」
「もちろん」
「伝説の賢者なんだから」
「俺も早く会いたいよ」
色々聞きたいことがある。
俺の【強化】について。
なぜ祖父は姿を消したのか。
そして。
俺に何を残したのか。
「じゃあ」
フィオナが荷物を背負う。
「行くわ」
「気をつけろよ」
「カイムたちも」
リゼットがフィオナへ近づく。
「またね!」
「ええ」
「絶対だよ!」
「わかってるわ」
フィオナはリゼットの頭を軽く撫でた。
「……子供扱い!」
「してないわよ」
「した!」
「してない」
「したー!」
「元気だな」
俺は少し笑う。
フィオナは最後に俺を見る。
「カイム」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「一緒にいてくれて」
「……」
「楽しかったわ」
俺も笑う。
「俺もだ」
それだけでよかった。
「じゃあね」
「ああ」
フィオナは背を向ける。
そして。
故郷へ向かって歩き始めた。
その姿が少しずつ遠くなっていく。
「……行っちゃったね」
リゼットが呟く。
「ああ」
「また2人になった」
「そうだな」
エレナが別行動になり。
そしてフィオナもパーティを抜けた。
気づけば。
俺とリゼットだけになっている。
「寂しい?」
リゼットが聞く。
「まあな」
「私も」
リゼットは前を見る。
「でも、これでいいんだよね」
「ああ」
フィオナにはフィオナの人生がある。
俺たちとずっと一緒にいる必要なんてない。
家族のそばにいたいなら。
そこへ帰ればいい。
「俺たちも行くか」
俺は西を見る。
ベルナ村。
祖父が残した手がかり。
まだ旅は終わっていない。
「次の街へ向かおう」
「うん!」
俺とリゼットは歩き始めた。
これからは再び2人。
最初にパーティを組んだときと同じだ。
「カイム」
「ん?」
「これからもよろしくね」
「今さらだな」
「いいの!」
リゼットが笑う。
「よろしく!」
「ああ」
俺も笑った。
「よろしくな」




