第30話 任務
地面が揺れた。焚き火の向こうの森の奥から巨大な影が現れる。
「何だ、あれ」
月明かりに照らされ、その姿が見える。熊だった。ただし、普通の熊じゃない。立ち上がれば3メートル近くある。全身は黒い毛に覆われ、両腕には鋭い爪が生えていた。
「ブラックベア……」
ウルフより遥かに強い。
「何でこんなところにいるんだ?」
ブラックベアが俺たちを見る。その赤い目は明らかに普通じゃない。
——グルルルル……。
「カイム!」
後ろからフィオナの声が聞こえた。どうやら全員起きたらしい。
「うわ」
リゼットがブラックベアを見る。
「大きいね」
「感想それだけ?」
「他に何を言えばいいの?」
「危機感とか」
「あるよ?」
「あるように見えない」
ブラックベアが一歩前へ出る。
——ドスン!
「来るぞ!」
俺は手を前へ向けた。
「【強化】!」
淡い光が3人を包む。
「フィオナ!」
「任せて!」
フィオナが剣を抜くと、ブラックベアが地面を蹴った。
「速っ!?」
巨体からは想像できない速度でフィオナへ向かって突進する。
——ブンッ!
巨大な腕が振り下ろされた。フィオナが横へ飛ぶ。爪が地面を抉った。
「【ファイアボール】!」
リゼットの魔法がブラックベアへ命中する。
——ドンッ!
「やったか」
「まだ!」
炎の中からブラックベアが飛び出す。ほとんど効いていない。
「硬いな!」
「普通のブラックベアより強い」
エレナが剣を構える。
「【ウインドカッター】!」
風の刃が飛び、ブラックベアの腕を切り裂いた。
「グオオオオッ!」
魔物が咆哮する。
「傷はついた!」
「なら!」
フィオナが前へ出て剣を構える。
「【ブレードスラッシュ】!」
剣に魔力が集まり、フィオナが一気に距離を詰めた。
——ズバァッ!
「グオオッ!」
ブラックベアの身体に深い傷が入る。
「よし!」
「フィオナ!」
ブラックベアの腕が横から迫る。
「……っ!」
避けられない——そう思った。
「【ストーンウォール】!」
リゼットの魔法が発動する。フィオナの前に石の壁が出現した。
——ドゴォン!
ブラックベアの攻撃が壁を破壊する。しかし、その一瞬で十分だった。
「今だ!」
俺は自分へバフを使う。
「【強化】!」
身体に力が流れ込む。
「もう1回!」
俺は地面を蹴った。
「カイム!?」
ブラックベアへ向かって走る。魔物が俺を見る。
「悪いな」
拳を握る。
「寝てもらうぞ」
——ドゴォン!
「グオオオッ!?」
拳がブラックベアの腹に突き刺さる。巨大な身体が浮いた。そのまま数メートル後方へ吹き飛ぶ。
——ズドォン!
「…………」
ブラックベアが地面に倒れ、しばらく動かなかった。
「やったか」
俺は距離を取る。
「カイム」
リゼットが俺を見る。
「魔物を殴り飛ばすバッファーって何?」
少しして、ブラックベアが完全に動かなくなった。どうやら倒せたらしい。
「怪我は?」
俺は3人を見る。
「大丈夫」
フィオナが答える。
「エレナは?」
「問題ない」
「リゼット」
「無傷!」
「ならよかった」
俺たちはブラックベアを確認する。
「やっぱり魔力が強い」
エレナが魔物を見ながら言う。
「何かおかしいのか?」
「普通の個体じゃない」
「さっきのウルフもそうだったよな」
フィオナが周囲を見る。
「この辺りの魔物、何かに影響されている可能性があるわ」
「今は寝よう」
俺たちは再び野営の準備を整えた。今度は交代で見張りをすることにする。幸い、その後は何も起きなかった。
翌朝。
「うーん……」
俺は大きく伸びをする。
「寝づらかったな」
「野営だからね」
フィオナが答える。
「宿と比べないで」
「わかってる」
朝食を済ませ、出発の準備をする。エレナが何かを取り出した。
「どうした」
「連絡用の魔道具だ」
エレナの手の中に小さな石があった。昨日まで見たことがなかった。石が淡く光っている。
「王国騎士団からだ」
エレナが魔力を流す。すると、石の上に文字が浮かび上がった。
『至急帰還せよ』
エレナの表情が変わる。
「何かあったのか?」
「新しい任務のようだ」
「急だな」
「騎士団は急に命令が来ることもある」
エレナは文字を見つめていたが、しばらくして。
「すまない。一旦、王都へ戻らなければならない」
エレナは王国の騎士だ。冒険者とは違う。自由に行動できるわけではない。
「どんな任務なんだ?」
「詳しいことは戻らないとわからない」
「危険なのか?」
「さあな。しかし案ずることはない」
リゼットが少し寂しそうな顔をする。
「エレナ、戻っちゃうんだ。せっかく一緒にベルナ村へ行くと思ったのに」
「任務が終わったら、また合流する。だから先に行っててくれ」
「わかった。任務なら仕方ない。終わったら来いよ」
「約束する」
エレナは力強く頷いた。
俺たちは街道を少し戻った。途中にある分かれ道。西へ進めばベルナ村。東へ戻れば王都。ここでエレナとは別れる。
「世話になった」
エレナが荷物を背負う。
「また会おう」
「またな」
エレナは王都へ向かって歩き始め、少し進んだところで一度だけ振り返った。エレナの姿が見えなくなるまで俺たちはその場に立っていた。
「行っちゃったね」
リゼットが名残惜しそうに呟く。
「また会えるよ」
「そうだね」
「私たちも行きましょう」
俺たちは西へ向かう。




