第29話 出発
翌朝、俺たちは王都の西門前に集まっていた。
「忘れ物はない?」
フィオナが荷物を確認する。
「大丈夫だと思う」
「食料もある」
エレナが背負っている荷物を見る。
「水も十分」
「地図もあるよ!」
リゼットが地図を掲げる。
「準備万端だね」
「出発するか」
俺がそう言うと、3人が頷いた。王都の門を抜ける。これから向かうのは、俺の故郷――ベルナ村。子供の頃から18歳になるまで住んでいた場所だ。
王都から西へ進み、いくつかの街を通る。馬車を使えば早いが、途中で聞き込みもしたい。俺たちは徒歩で向かうことにした。
「カイムの故郷って、どんなところ?」
歩きながらリゼットが聞いてくる。
「普通の村だぞ」
「それじゃわからないよ」
「山と森があって、畑があって、家がある」
「本当に普通だね」
ベルナ村は小さな村だった。子供の頃は狭いと思っていたが、王都へ出てから考えると、本当に何もない場所だったと思う。冒険者ギルドもない。大きな店もない。村の外へ出るには、馬車が来る日を待つ必要がある。そんな場所だ。
「伝説の賢者が住んでいた村なのよね。何でそんな場所を選んだのかしら」
「俺に聞かれても」
祖父は昔から、村の外へあまり出なかった。たまに何日も帰ってこないことはあったが、戻ってくると何事もなかったように畑をいじっていた。今思えば、伝説の賢者が畑仕事をしていたのも変な話だ。
「じいちゃん、よく畑を耕してたな」
リゼットが振り返る。
「伝説の賢者が? 何を育ててたの?」
「野菜」
「普通だ……」
「だから普通のじいちゃんだったんだよ」
「そこだけ聞くとね」
昼を過ぎる頃には、王都の姿は完全に見えなくなっていた。道の両側には草原が広がっている。遠くには山。空は青く、雲がゆっくり流れていた。
「平和だな」
「魔物が出なければね」
フィオナが周囲を見る。
「最近はこの辺りにも出るらしい」
「依頼が増えてるって話か」
「ええ」
「警戒しながら進もう」
俺たちは歩みを止めずに進んだ。しばらくして。
「そういえば」
エレナが俺を見る。
「ん?」
「伝説の賢者についてどれくらい覚えている」
「急だな」
「気になった」
俺は少し考える。
「色々あるけど……」
祖父との記憶は多い。一緒に暮らしていたのだから当然だ。魔法を教えてもらったこと。村の近くの森へ連れていかれたこと。夜になるまで魔力の練習をさせられたこと。
「厳しかったな。魔法の練習になると特に」
当時の俺は、祖父が凄い魔法使いだとは知らなかった。ただ、魔法を教えるのが上手い老人だと思っていた。
「【強化】も、おじいちゃんが教えたんだよね」
リゼットが聞く。
「ああ」
「最初から?」
「いや」
俺は首を横に振る。
「最初は普通の魔法を教えてもらってた。でも俺は攻撃魔法が上手く使えなかった」
「それで【強化】を?」
「そう」
あの日のことは覚えている。何度魔法を使っても、火は小さくなる。魔力を込めれば、逆に暴発する。俺は悔しくて泣いた。そんな俺を見て祖父は笑っていた。
『泣くな。もっと他の魔法を試せばいい』
そして初めて【強化】を教えてくれた。
「今思うと」
俺は呟く。
「じいちゃんは最初から何か知ってたのかもしれない」
自分でも、何となくそう思っただけだ。祖父は俺が攻撃魔法を使えないことに驚かなかった。それどころかまるで最初からわかっていたような反応だった。
「早く会いたいね」
リゼットが言う。
「俺のバフについて聞きたい」
「それだけ?」
「え?」
「伝説の賢者だよ? 古代魔法とか、魔法の研究所とかさ」
「あるなら見たい」
「あと隠し財宝とかも!」
「急に欲望が出てきたな」
そのとき。
——ガサッ。
「止まって」
フィオナが小さな声で言った。俺たちは足を止める。道の横にある草むら——何かが動いた。フィオナが剣に手をかける。エレナも剣を構えた。
「出てこないな」
「待て」
エレナが目を閉じる。
「……1匹じゃない」
「何匹?」
「3」
次の瞬間、草むらから魔物が飛び出した。
「ウルフ!」
灰色の毛を持つ狼型の魔物。以前俺が倒した1匹とは違う。3匹同時だ。
「私がやるわ」
フィオナが前へ出る。
「リゼット、援護を」
「了解!」
「エレナは後ろを」
「わかった」
俺も手を前へ向ける。
「【強化】」
淡い光が3人を包む。フィオナが地面を蹴る。
——ズバッ!
1匹目のウルフを斬り裂く。
「【ファイアボール】!」
リゼットの炎が残りの1匹へ飛ぶ。
——ドンッ!
「あと1匹!」
横からウルフが飛びかかってくる。
「任せて」
リゼットが杖を振る。
「【ウインドカッター】」
風の刃がウルフを切り裂いた。戦闘は一瞬で終わった。
「早いな」
俺は周囲を見る。
「バフがあるから」
フィオナが剣をしまう。
「それだけじゃないだろ」
「でも、かなり動きやすい」
戦闘を終えた俺たちは、再び歩き始める。少し進んだところで、フィオナが足を止めた。
「どうした?」
「変ね、さっきのウルフ。普通のウルフにしては魔力が強かった。それに、この辺りはウルフが群れる場所じゃない」
「何かから逃げてきたとか?」
俺たちは少しだけ警戒を強めた。
夕方。
「今日はここまでにしよう」
俺は周囲を見る。街道から少し離れた場所。野営には悪くない場所だった。
「もうすぐ次の街?」
「明日の昼頃には着くと思う」
フィオナが地図を見る。俺たちは簡単な野営の準備を始めた。火を起こすし、食料を出す。エレナは周囲を確認する。リゼットは――。
「何してるんだ?」
「研究」
地面に魔法陣のようなものを書いていた。
「野営中に?」
「思いついたら忘れるから」
「何の研究?」
「カイムのバフ」
リゼットは楽しそうに笑う。
「わからないことだらけだもん」
夜になると、周囲は静かになった。焚き火の音だけが聞こえる。
「カイム」
見張りをしていた俺に、エレナが近づいてきた。
「寝なくていいのか?」
「まだ眠くない」
「そうか」
エレナは俺の隣に座る。しばらく2人で焚き火を見ていた。
「見つかると思うか?」
「わからないけど探すしかないだろ」
祖父が生きている保証はない。どこにいるのかもわからない。それでもあの本には確かに書かれていた。
【私を探せ】
だったら俺は探す。
「カイム」
「何だ?」
「もし、何かあっても」
エレナが俺を見る。
「1人で行くな」
「何かって?」
エレナは少しだけ目を伏せた。
「何となく嫌な感じがする」
そのとき。
——バキッ。
遠くで木が折れる音がした。俺とエレナが同時に立ち上がる。
「何だ?」
森の奥は暗くて見えない。しかし、何かがいる。
「カイム」
エレナが小さな声で言う。
「さっきより大きいぞ」
——ドスン。
地面が揺れた。俺は焚き火の向こうを見る。森の奥から巨大な影が、ゆっくりこちらへ近づいていた。




