第28話 故郷
「で、カイムの故郷ってどこなの?」
王都の市場を歩きながら、リゼットが聞いてくる。
「王都から西の方にある、小さな村だ」
「名前は?」
「ベルナ村」
「聞いたことない」
「だろうな」
俺自身、王都へ来てから故郷の名前を聞いたことはほとんどない。それくらい小さな村だった。特別な名産があるわけでもない。有名な観光地があるわけでもない。ただ、山と森に囲まれた普通の村だ。
「そこに伝説の賢者が住んでたの?」
フィオナが聞く。
「そうみたいだな」
「何だか想像できないわね」
「それにしても、じいちゃんが伝説の賢者だったなんて……まだあまり実感がないな」
リゼットたちから名前を聞くまで、俺は何も知らなかった。オルディス・レイヴン——伝説の賢者。100年以上前から存在が確認されている大魔法使い。そんな人物が、俺の祖父だとは。
「でもさー」
リゼットが俺を見る。
「カイムはおじいちゃんから何か聞いてないの? 冒険の話とかさ」
「聞いたけど、昔話ばっかりだったぞ。魔王を追いかけたとか、王様の城を半分壊したとか」
リゼットが止まる。
「それ全部、本当の話なんじゃない?」
「まさか。じいちゃん酒飲みながら話してたからさ。結構酔っ払ってたし」
「伝説の賢者が竜と戦った話は、実際に記録が残ってるよ! 魔王を追いかけたって話も! 王城を壊した話も!」
「マジか」
俺は今まで、祖父の昔話をほとんど信じていなかった。子供の頃は面白い話だと思って聞いていた。だが、大人になるにつれて、どうせ適当な話だろうと思っていた。
「じいちゃん……」
とんでもないことしてるじゃないか。
「何で黙ってたんだ」
「カイムが知らなかっただけでしょ」
フィオナがからかうように笑う。
「あなたのお祖父さんも、面白い人だったみたいね」
「変なじいちゃんだったぞ」
俺たちは市場で必要なものを買っていた。食料、水、野営用の道具。
王都からベルナ村までは、馬車を使っても数日はかかる。途中からは山道になるため、最後は徒歩になる。
「これで全部か?」
俺は荷物を確認する。
「ええ、食料は5日分」
「5日も必要なのか?」
「何かあったときのため」
「カイムー!」
少し離れた場所からリゼットが手を振る。
「こっち来てー!」
「何だ?」
俺たちはリゼットのところへ向かった。リゼットは露店の前に立っていた。
「これ見て!」
手に持っていたのは小さな地図だった。
「地図?」
「西の地方の地図!」
「買ったのか?」
「買ったよー」
リゼットが地図を広げる。
「ここが王都」
指差す。
「で、こっちがベルナ村」
「結構遠いな」
「だからさ」
リゼットが地図を見ながら言う。
「途中でいくつか街を通るんだけど、賢者について聞き込みできるかも」
「聞き込み?」
「オルディス・レイヴンは100年以上生きてるんでしょ? だったら、誰かが見てる可能性がある」
「なるほど」
いきなり故郷へ行って何もなかったら困る。途中の街で情報を集めるのも悪くない。
「でも」
フィオナが地図を見る。
「この辺りは昔から魔物が多いわ」
「危険なのか?」
「最近は特に」
「何かあったのか?」
「わからない。でも、ギルドの依頼が増えてる」
俺は地図を見る。王都から西——ベルナ村へ向かう途中には、大きな森がある。
「まあ」
俺は荷物を背負う。
「魔物が出ても、倒せばいいだけだろ」
「カイムが言うと怖いなぁ」
リゼットが呟く。
「何で?」
「最近、Aランク魔物を殴り飛ばした人だから」
「倒したのは俺だけじゃない」
「でも殴ったよね?」
「……殴った」
「ほら」
俺たちは市場を出た。出発は明日の朝。今日は準備だけで終わる予定だった。
「カイム」
不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには見覚えのない老人が立っていた。白い髪、長い髭、そして杖を持っている。一瞬祖父かと思った。
「誰だ?」
「お前がカイムか?」
「そうだけど」
老人は俺をじっと見る。その目には、妙な鋭さがあった。
「オルディス・レイヴン——伝説の賢者の孫」
俺たちの空気が変わる。
「何でそれを?」
「聞いたからだ」
「誰に」
「噂というものは広がる」
昨日。俺たちはギルドでブラックファングを討伐した。そのとき、ギルドマスターもいた。そして今日、祖父の話をしていた。とはいえ。
「早すぎないか?」
老人は少し笑った。
「そうとも言える」
怪しい。フィオナもエレナも、自然に俺の近くへ移動していた。
「何の用だ?」
老人は杖を地面につく。
「探しているのだろう?」
「何を」
「祖父を」
俺は目を細める。
「知ってるのか?」
「オルディスの居場所を」
老人はしばらく黙る。
「昔は知っていた。今はわからん」
老人は俺を見る。
「だが、手がかりならある」
「どうする?」
俺は3人を見る。リゼットは完全に興味津々だった。フィオナは警戒している。エレナは老人から目を離していない。
「聞かせてくれ」
俺は答えた。
「じいちゃんの手がかりを」
老人は頷く。
「なら、ついて来い」
「どこへ?」
「少し離れた場所だ」
「ここで話せないのか?」
「話せる」
怪しい。明らかに怪しい。だが、祖父の名前を知っている。俺が孫だということも知っている。
「どうする?」
フィオナが小声で聞く。
「行くの?」
「行こう。ただし」
俺は老人に言う。
「変な場所だったらすぐ帰るからな」
「安心しろ。もっと変な場所だ」
リゼットが笑う。
「面白そうじゃん!」
「お前は何でも面白がるな」
「だって冒険だよ?」
「違う。知らない老人について行くだけだ」
「それを冒険って言うんだよ」
「言わない」
俺たちは老人の後を追った。市場を抜け、人通りの少ない道へ入る。
「なあ」
俺は老人に聞く。
「名前くらい教えてくれないか?」
老人は振り返る。
「ワイズだ」
「本名か?」
「そういうことにしておけ」
「絶対違うな」
老人――ワイズは笑った。しばらく歩く。やがて、王都の外れにある古い建物の前へ着いた。
「ここだ」
看板を見ると、文字は消えかかっている。
「古本屋?」
「正確には違う。魔道具屋だった」
「だった?」
「今は誰も使っていない」
ワイズが扉を開ける。中は薄暗い。棚には大量の本や古い魔道具が並んでいた。
「何だここ」
リゼットが目を輝かせる。
「凄い……!」
「触るな」
ワイズが言う。
「爆発するものがある」
「えっ!」
リゼットが手を引っ込めた。
「爆発するの!?」
「昔、オルディスが作ったものもある」
「じいちゃんが? 何でそんなものがここに?」
「昔、ここを使っていたからだ。正確には、研究仲間と一緒にな」
知らなかった。祖父がこんな場所を持っていたことも、研究仲間がいたことも。
「これだ」
ワイズが棚の奥から、1冊の古い本を取り出した。
「オルディスが残した記録」
「じいちゃんの? 何が書いてあるんだ?」
「それを確認するために、お前を呼んだ」
ワイズは本を俺へ差し出す。
「その本には封印がかかっている。オルディス本人か、その血を引く者にしか開けられない」
俺は本を受け取った。古い本だ。表紙には何も書かれていない。
「俺に開けられるのか?」
「試せ」
俺は本を開こうとするが、開かない。
「駄目じゃないか」
「まだだ。魔力を流せ」
俺は本へ手を置き、魔力を流す。
——カチッ。
本の中央から、小さな音がした。次の瞬間、表紙に文字が浮かび上がる。
【我が孫へ】
「じいちゃん……?」
間違いない。この文字は子供の頃に見た祖父の文字と同じだった。
俺はゆっくりページを開く。最初のページには祖父からの言葉が書かれていた。
【カイムへ。もしお前がこれを読んでいるなら、おそらくお前は自分の力について疑問を持ち始めているのだろう】
「……!」
手が止まる。
【安心しろ。お前は間違っていない。そして、お前の力はまだ始まったばかりだ】
リゼットたちも、後ろから本を覗き込んでいる。
【もし全てを知りたいのなら、私を探せ。最初の手がかりはお前が生まれ育った場所にある。ベルナ村へ行け】
俺たちは顔を見合わせた。
「最初から、カイムが来ることを予想してた?」
「そんなわけ……」
言いかけて本を見る。祖父ならあり得る気がした。
「じいちゃん」
俺は思わず笑う。
「本当に何考えてるかわからないな」
俺たちは店を出る。明日、王都を出発する。目的地はベルナ村。俺が生まれ育った場所だ。そして、伝説の賢者が最後に俺へ残した手がかりがある場所でもある。




