第24話 冒険③
ブラックファングが俺たちを睨んでいる。その巨体は、普通のフォレストウルフとは比べ物にならない。体長は3m近くあるだろうか。黒い毛並みに覆われた身体からは、明らかに危険な雰囲気が漂っていた。
「Aランクの魔物ってどれくらい強いんだ?」
「普通の冒険者なら、1人では勝てないくらい。少なくともCランクの依頼で出てくる魔物じゃない」
リゼットが杖を構える。
「でも、逃げないんでしょ?」
俺は3人を見る。エレナは既に剣を抜いている。フィオナはブラックファングから目を離さない。
「無理だと思ったら逃げる」
フィオナが言う。
「いい?」
「わかった」
俺は頷く。
「でも」
俺はブラックファングを見る。
「まだ無理だとは思ってない」
「そう」
ブラックファングが地面を蹴った。
「速い!」
巨体からは想像できない速度だった。
「散れ!」
俺の声と同時に、全員が左右へ飛ぶ。
——ドゴォン!
さっきまで俺たちがいた場所に、ブラックファングが突っ込んだ。地面が大きく抉れる。
「何だよあれ……」
俺は距離を取りながら呟く。まともに食らったら終わりだ。
「カイム!」
リゼットが叫ぶ。
「ああ!」
俺は3人へ手を向ける。
「【強化】!」
淡い光が3人を包む。
「もう1回!」
「早いな!」
「今は急いで!」
「わかったよ!」
もう一度。
「【強化】!」
3人の身体を再び光が包む。
「よし!」
フィオナが地面を蹴った。ブラックファングの横へ回り込む。
「はっ!」
剣を振る。
——ガキィン!
「な!?」
フィオナの剣が弾かれた。
「硬い!」
ブラックファングの黒い毛並みは、鎧のように硬い。
「なら!」
エレナが後ろから飛び出す。
「【ウィンドブレード】!」
風の刃がブラックファングへ飛ぶ。
——ザシュッ!
今度は傷がついた。その間にフィオナが再び距離を詰める。
「今度は!」
剣を大きく振り上げる。
「【剣技・斬鉄】!」
——ズバァン!
ブラックファングの身体に深い傷がついた。
「グルァァァ!」
ブラックファングが咆哮を上げる。
「みんな下がって!」
リゼットが杖を前へ向ける。
「【フレイムランス】!」
炎の槍が飛ぶ。
——ズドォン!
ブラックファングへ命中し、爆発が起きる。
「やったか?」
「それ言うな!」
「え?」
「え? じゃないよ。フラグだよ!」
煙の中から影が飛び出した。
「うわっ!」
ブラックファングがリゼットへ向かって突っ込む。
「リゼット!」
「っ!」
避けようとするが、間に合わない。
「【強化】!」
俺はとっさにリゼットへバフをかける。リゼットの体が軽くなった。ギリギリで横へ飛ぶ。ブラックファングの爪が地面を抉った。
「危なっ……」
ブラックファングは止まらない。そのままリゼットへ振り返る。
「もう1回来る!」
「リゼット!」
フィオナが駆ける。しかし、距離がある。
「間に合わない!」
俺は周囲を見る。リゼット、ブラックファング。距離は近い。フィオナたちでは間に合わない。
「……」
俺は拳を握る。考える前に身体が動いていた。
「【強化】!」
自分へバフをかけると、体の奥から力が溢れてきた。
「【強化】!」
もう1回。
——ドクンッ!
体が軽い。いや、軽すぎる。
「カイム!?」
リゼットの声が聞こえる。俺は地面を蹴った。
——ドンッ!
「え?」
一瞬だった。気づいたときには、ブラックファングの前にいた。
「おおおっ!」
俺は拳を振り上げる。ブラックファングが俺を見る。その目がわずかに驚いたように見えた。
「こっちだ!」
拳を振る。
——ドゴォン!
「グルァッ!?」
ブラックファングの頭が大きく揺れる。だが。
「……硬っ!」
俺の拳が痛い。ブラックファングは数歩後ろへ下がっただけだった。
「やっぱり俺が殴るには硬すぎるな」
「何で普通に殴ってるのよ! 馬鹿なの!? 素手で何とかなる相手じゃないのよ!?」
フィオナが叫ぶ。
「バフをかけたから!」
「本当に馬鹿ね!」
ブラックファングが俺を睨む。完全に標的が俺になったらしい。
「グルルルル……」
「怒らせたか?」
「当たり前でしょ!」
ブラックファングが飛びかかってくる。
「カイム!」
俺は地面を蹴る。さっきまでなら避けられなかっただろう。
「遅い!」
横へ回り込む。ブラックファングの攻撃を避ける。
「おお……」
自分でも驚いた。
「これなら!」
俺は再び拳を握る。
「カイム!」
フィオナが叫ぶ。
「殴るより、こっちを狙って!」
フィオナがブラックファングの前足を指差す。
「右前足!」
「そこが弱いのか?」
「さっき傷をつけた!」
「よし、わかった!」
ブラックファングが再び俺へ向かってくる。
「来い!」
巨大な爪が振り下ろされる。俺はギリギリで避ける。右前足へ拳を向けた。
「【強化】!」
さらに。
「【強化】!」
「まだ重ねるの!?」
「試してみる!」
身体の中の力がさらに膨れ上がる。拳に力を込める。
「うおおっ!」
——ドゴォォン!
拳がブラックファングの右前足へ命中した。
「グルァァァァ!」
ブラックファングが大きく体勢を崩す。
「今!」
エレナが叫ぶ。
「リゼット!」
「任せて!」
リゼットの杖に炎が集まる。
「【フレイムランス】!」
炎の槍がブラックファングへ向かい、フィオナが走る。ブラックファングの背後へ回り込み、炎の槍が命中する。
——ズドォォン!
その煙の中へフィオナが飛び込んだ。
「【剣技・斬鉄】!」
——ズバァァン!
「グルァ……!」
ブラックファングの動きが止まり、その巨体がゆっくりと倒れた。
——ズドォン!
「…………」
森に静寂が戻る。俺たちはしばらくその場に立っていた。
「倒した?」
「動いていない」
「じゃあ倒したな」
俺はその場に座り込んだ。
「カイム!」
リゼットが駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「大丈夫」
「本当に?」
「多分」
「多分じゃなくて!」
「痛いところはない」
俺は自分の身体を見る。確かに疲れている。でも怪我はしていない。
「それより」
俺は3人を見る。
「みんな大丈夫か?」
「私は平気だ」
エレナが答える。
「私もー」
リゼットが手を上げる。フィオナも頷いた。
「問題ないわ」
「ならよかった」
俺は大きく息を吐いた。Aランク魔物——正直、かなり危なかった。
「勝ったな」
「勝ったね」
リゼットが笑う。
「凄かったよ、カイム!」
「いや、一番活躍したのはフィオナじゃないか?」
「そんなことないわ」
フィオナが近づいてくる。
「最後の一撃を作ったのはカイムでしょ」
「俺は足を殴っただけだぞ」
フィオナが俺を見る。
「普通、Aランク魔物の攻撃を避けながら戦えない」
「バフのおかげだ」
「そのバフもカイムの力」
そう言われると、何も言い返せないな。
「それにカイムが前に出るなんて思わなかった」
「俺も思ってなかった。気づいたら走ってた」
フィオナは少し驚いた後、笑った。
「変な人」
「お互い様だろ」
「何でよ」
「Aランク魔物を見て嬉しそうにする奴に言われたくない」
「してないわ」
「してたぞ」
「してない」
「してた」
「してない!」
リゼットが笑う。
「2人とも仲良しだねー」
「仲良くない!」
「仲良くない!」
俺とフィオナの声が重なった。
「ほら」
「「だから違う!」」
何だこれ。
「とりあえず依頼達成だな」
フォレストウルフは12体。そして、予定外のAランク魔物まで倒した。
「ギルドに戻るか」
「待って」
フィオナが言う。
「どうした?」
「ブラックファングの魔石」
「ああ」
「Aランク魔物の魔石はかなり高く売れるわ。知らないの?」
「知らん」
フィオナが呆れたように俺を見る。
「本当に冒険者?」
「冒険者だよ」
俺たちはブラックファングから魔石を回収する。
エレナが何かに気づいたようだ。
「どうした?」
「誰かいる」
「え?」
森の中——木々の奥から、誰かがこちらを見ている。
「誰だ?」
声をかけるが、返事はない。少しして1人の男が姿を現した。冒険者のような格好をしている。
「……何だ?」
男は倒れているブラックファングを見る。そして、俺たちを見る。
「お前たちが倒したのか?」
「そうだけど」
俺が答える。
「何か問題でも?」
「いや」
男は小さく笑った。
「問題はない」
その目は笑っていなかった。
「面白いものを見せてもらった」
「……?」
「Aランクの魔物を倒すほどの力」
男は俺を見る。
「しかも、お前のバフ」
「俺の?」
「珍しいな」
俺の背中に嫌な感覚が走る。最近視線を感じていた。草原で魔法の実験をしていたときも。あれは気のせいじゃなかったのか?
「誰だ?」
男は少しだけ笑う。
「ただの冒険者だ」
男の姿が木々の奥へ消える。
「待て!」
俺は追いかけようとする。
「カイム」
エレナに止められた。
「行かない方がいい」
「でも」
「相手が誰かわからない」
俺は男が消えた方向を見る。ただの冒険者? そんなわけない。俺たちの戦いを見ていた。しかも、俺のバフについて知っているような口ぶりだった。
「何だったんだろうね」
リゼットが不安そうに言う。
「何だったのかしら」
フィオナも表情を曇らせていた。
「でも、あまり関わらない方がいいと思う」
「そうだな」
俺たちは森を出ることにした。依頼を達成したし、Aランク魔物も倒した。本来なら喜ぶべきことのはずだ。しかし、俺はさっきの男のことが気になっていた。




