第21話 吉日②
王都へ戻った俺たちは、グラットベアの討伐についてギルドへ報告した。依頼とは別の魔物だったため、討伐報酬は少なかったが、それでも素材の買い取りと合わせれば悪くない金額になるらしい。
その後、俺たちは王都の外れにある冒険者用の訓練場へ向かった。
そこは魔法や剣の練習をするために作られた広い場所で、頑丈な壁や人形型の的が並んでいる。依頼を受けていない冒険者が自由に訓練できるため、昼間でも何人かの冒険者がいた。
「ここなら大丈夫だな。人も少ないし」
「よし」
フィオナが剣を抜いた。
「まずは普通に動いてみる」
「何をするんだ?」
「的を使う」
フィオナは少し離れた場所にある木製の的へ向かった。
「見てなさい」
そう言うと、剣を構える。
「はっ!」
フィオナの姿が一瞬消えたように見えた。気づいたときには、フィオナは的の前にいた。彼女が剣を振ると、木製の的が真っ二つになった。
「凄いな」
「でしょ?」
フィオナがこちらを見る。
「これくらいは普通よ」
「なかなかやるな」
フィオナとエレナは、少しだけお互いを意識しているようだった。同じ剣士だからだろうか。
「次はバフをかければいいんだよな?」
俺はフィオナへ近づく。
「準備はいいか?」
「いつでも」
フィオナは自信ありげに笑う。俺は手をフィオナへ向ける。
「【強化】」
淡い光がフィオナの身体を包んだ。
「どうだ?」
「これが……バフ」
フィオナは自分の手を見る。
「体が軽いわ。でもそれだけじゃない。力が溢れてくる」
フィオナは再び剣を構える。
「いくわよ」
地面を蹴る。
「!?」
俺は思わず目を見開いた。速い。さっきまでのフィオナとは明らかに違う速度だった。
「わっ!」
フィオナ自身も驚いたのか、勢いを止めきれずに前へ進んでいく。
「と、止まれない!」
フィオナは訓練場の壁にぶつかった。
「大丈夫か?」
「大丈夫……」
フィオナが壁から離れる。
「ちょっと予想以上だっただけ」
「顔からぶつかってたぞ」
「見てたの?」
「見た」
「忘れなさい!」
フィオナは少し顔を赤くしながら、再び剣を構える。
「もう1回」
フィオナはゆっくりと深呼吸する。
「いくわよ」
今度は最初から慎重に地面を蹴った。
「速い……!」
フィオナは訓練場を駆け抜ける。目にも止まらない速度で移動し、次々と木製の的を斬っていく。
「凄い……! 身体能力だけじゃない。剣を振る速度も上がってる」
「バフで身体能力を強化してるからな」
「それだけじゃないと思う」
リゼットが俺とフィオナを見る。
「フィオナの魔力も強くなってるよ。剣に流してる魔力まで強化されてるから」
フィオナの剣は、うっすらと光を纏っていた。
フィオナが戻ってくると、彼女の息はほとんど乱れていない。
「最高ね」
フィオナは笑った。
「今まで感じたことのないくらい、身体が動くわ。もう1回かけてくれない?」
俺はもう一度、フィオナへ手を向けた。再び淡い光がフィオナを包む。フィオナの目が見開かれる。
「さっきの強化が消えてない」
「普通は同じ強化魔法を使っても、効果は重ならないらしいけど」
「でも、カイムのは重なるんだよね。しかも、今のところ回数制限もわかってない」
フィオナは自分の手を見る。その表情が少しずつ変わっていく。
「もっと、もっと試してみたい。どこまで強くなれるのか」
俺はフィオナへ手を向ける。
「あと1回だけだ」
「どうして?」
「安全のため」
「そうだね」
リゼットが俺の意見に同意した。
「フィオナの体がどこまで耐えられるかわからないし」
「はぁ〜? 絶えられるに決まってるでしょ! 舐めないでよね」
「今回は折れてくれ」
フィオナは少しだけ不満そうだったが、やがて小さく頷いた。
「わかったわよ」
俺は3回目の【強化】を使う。
「【強化】」
フィオナの身体を包む光が、今までより強くなった。フィオナが目を閉じる。
「フィオナ?」
フィオナはゆっくりと目を開き、自分の剣を見る。
「今なら何でも斬れそう」
「気の所為じゃないか?」
「試してみればわかるわ」
フィオナは訓練場の奥へ向かう。
「何をする気だ?」
「まあ見てなさいよ」
「嫌な予感しかしないんだが」
フィオナは、訓練場の端にある大きな岩の前で止まった。高さ3mほどある巨大な岩。
「馬鹿なのか?」
俺の嫌な予感が当たった。
「斬るわよ」
「待て待て。その岩、訓練場の設備じゃないのか?」
「多分自然の岩でしょ」
「多分でやるな!」
「いくわよ」
フィオナが剣を構える。
「おい!」
止める暇もなかった。
「はああっ!」
フィオナが剣を振ると、巨大な岩はゆっくりとずれ、真っ二つになった。
「どう?」
フィオナが振り返る。
「斬れたわよ」
「見ればわかる」
「凄いでしょ?」
「凄いけど」
俺は真っ二つになった岩を見る。
「やりすぎ」
「何でよ!?」
「訓練場を壊すな」
「岩しか壊してないわよ!」
フィオナは不服そうに頬を膨らませる。すると、リゼットが真っ二つの岩を見ながら呟いた。
「やっぱり凄いや。カイムのバフ」
リゼットが俺を見る。
「リゼットやエレナだけじゃない。元々強い人に使えば、その人の力をさらに引き出せる」
フィオナも自分の剣を見る。
「この力があれば、私はもっと強くなれる。Sランクだって夢じゃない」
その言葉には、最初に会ったときとは違う重みがあった。フィオナは本気で強くなりたいと思っている。だからこそ俺のバフに興味を持ったのだろう。
「ねえ、カイム。私と組まない?」
「え?」
一瞬、意味がわからなかった。
「組むって」
「パーティに決まってるじゃないの」
フィオナは当たり前のように言う。
「私、今までソロだったけど」
俺たち3人を見る。
「悪くないかもって思った」
リゼットもエレナも特に反対している様子はない。
「どうする?」
俺が聞くと、エレナはすぐに答えた。
「好きにすればいい」
「同じく」
リゼットも頷く。
「あんたはどうなの?」
フィオナの問いに俺は考える。正直、まだフィオナのことをよく知らない。今日会ったばかりだ。ぶっちゃけ性格も少し面倒くさい。でも、強くなりたいという気持ちは本物だと思う。それに、1人で戦ってきた奴が自分から誰かと組みたいと言うのだ。
「すぐには決められない」
フィオナの表情が少しだけ曇る。だが、俺は続けた。
「でも、一緒に依頼を受けるくらいならいい。何回か一緒にやって、それから決めればいいだろ」
フィオナはしばらく俺を見ていた。
「ふふっ。それも悪くないわね」
少しずつ俺の周りには人が増えていた。それが悪いことだとは思わない。むしろこれから先が少しだけ楽しみになっていた。




