第15話 廃村
宿へ戻ると、食堂にはまだ明かりがついていた。
「あっ!」
俺が入った瞬間、リゼットが立ち上がる。
「遅いよ!」
「まだそんなに時間経ってないだろ」
「待ってる方は長く感じるの!」
「そういうものか?」
「そういうものです」
何故か偉そうだ。エレナは椅子に座ったまま、こちらを見る。
「何の要件だった」
「ギルドマスターに依頼を受けた」
リゼットが首を傾げる。
「こんな時間に?」
俺は2人の前に座る。
「異常な魔物の調査」
エレナの表情が変わった。
「場所は?」
「王都の北にある廃村だ。そこに近づいた冒険者が何人か戻ってきてないらしい」
さっきまで元気だったリゼットが少し黙る。
「それって結構危なくない? 何で受けたの?」
「どうせ断ってもお前ら行くだろ」
するとリゼットは真顔になり。
「そりゃ行くけど」
「だろうな」
「だって異常な魔物が関係してるかもしれないんでしょ? だったら調べなきゃ」
エレナも頷いた。
「私も行く」
聞くまでもなかった。
「いつ出発する」
エレナが聞く。
「そうだな、明日の朝にしようか」
「了解した」
「はーい」
その日は早めに休むことになった。
翌朝。
「カイムー!」
「うるさい」
「まだ何も言ってないよ!?」
「声が大きい」
「理不尽!」
朝から騒がしい。俺たちは準備を済ませ、宿を出た。
「忘れ物はない?」
リゼットが聞く。
「大丈夫」
「エレナは?」
「問題ない」
「よし!」
リゼットが拳を上げる。
「廃村調査隊、出発!」
「うちのパーティ、そんな名前じゃないけど。よそと間違えてないか」
俺たちは王都を出て、北へ向かった。廃村までは歩いて半日ほど。街道を進み、途中から森の中へ入る。
リゼットが歩きながら地図を見る。
「何で廃村になっちゃったんだろうね」
「何でだろうな」
俺はよく知らない。
「エレナは何か知らない?」
「資料では、20年ほど前から人がいなくなったらしい」
「理由は?」
「不明だ」
エレナは続ける。
「村人が徐々に減り、最後には誰もいなくなったと」
「何それ」
リゼットが少し嫌そうな顔をする。
「怖くない?」
エレナが足を止めた。
「どうかした?」
「静かすぎる」
俺たちも立ち止まる。
「確かに」
森の中なのに、何も聞こえない。鳥の鳴き声も。虫の音も。風の音すら、ほとんどしない。
「何かいる?」
リゼットが小声で尋ねる。
「それはわからない」
エレナが剣に手をかける。
「警戒しろ」
俺たちは周囲を警戒しながらしばらく進んだ。木々の隙間から、建物が見える。
「あれが廃村か」
そこには、小さな村があった。古い家、崩れかけた柵、草に覆われた道。
「誰もいないのか」
「そうみたい」
リゼットが周囲を見る。確かに人の気配はない。でも。
「何か変だ」
ただの廃村にしては妙に綺麗だった。
「20年も誰も住んでないんだよな?」
「そのはずだ」
エレナが答える。
「なのに建物があまり壊れてない」
普通なら、もっと崩れていてもおかしくない。
「誰かが管理してるのかな?」
リゼットが言う。
「その可能性はある」
「でも誰もいないよ?」
「だから調べる」
俺たちは村の中へ入った。足元の草を踏む。
——ザッ。
その音だけが、やけに大きく聞こえる。
「気をつけろ」
エレナが先頭を歩く。
「私から離れるな」
俺は地面を見る。
「どうした」
「これ」
地面に何かが落ちている。それを拾い上げる。
「剣の鞘?」
「いいや」
エレナがそれを見る。
「冒険者ギルドの装備品だ」
鞘には、ギルドの印が刻まれていた。
「戻ってこなかった冒険者のものか」
「じゃあ、この近くにいるってこと?」
「……」
緊張感が高まった。
——ガタン。
近くの家から音がした。
「今の何?」
エレナが剣を抜く。
「中に何かいる」
「行くのか?」
「調査する」
俺も拳を構える。リゼットは杖を取り出した。
「私も準備オッケー」
俺たちはゆっくり家へ近づく。古い扉は少しだけ開いている。
「俺が開ける」
「待て」
エレナが俺を止める。
「不用意に近づくな。私が確認する」
エレナが扉へ近づく。
——ギィィィ。
ゆっくり扉を開いた。
「何かいる?」
エレナは答えない。
「エレナ?」
「中を見ろ」
俺とリゼットも中を見る。
「何これ」
部屋の中には大量の荷物が置かれていた。
「冒険者の荷物かな」
剣や防具、鞄が見える。
「最近この場所に来た冒険者たちの装備だろう」
「本人たちは?」
「見当たらないな」
嫌な予感がする。部屋の奥を見ると、奥の壁に黒い何かが付いていた。
「黒い……魔力」
エレナの声が低くなる。壁から黒い煙のようなものが溢れている。
「触るな」
——ドクン。
「……?」
突然、俺の胸の奥が反応した。
「カイム?」
リゼットが俺を見る。
「どうかしたの?」
「いや……」
胸が熱い。まるで。何かに引っ張られているような感覚。
「勝手に……」
俺の身体から、淡い光が溢れ始めた。
「何だ!?」
俺は自分の手を見る。発動していない。
「カイム!」
リゼットが叫ぶ。その瞬間。淡い光が壁の黒い魔力に触れた。
——バチィィッ!
「うわっ!?」
黒い魔力が大きく揺れる。
「離れろ!」
エレナが俺たちの前に出る。だが。
——ドクン。
黒い魔力が脈打つ。
「まずい」
エレナが眉をひそめる。
「これは魔力の塊じゃない」
黒い壁がゆっくりと動き始める。
「生きている」
次の瞬間、壁が大きく膨れ上がった。
——ズズズズズ……。
「下がれ!」
エレナが叫ぶ。黒い何かが、壁から剥がれる。そして俺たちの前に現れたそれは——人の形をしていた。だが、全身が黒い。顔も見えない。
リゼットが杖を握る。エレナは剣を構えた。
「魔物ではないな」
黒い人影が。ゆっくりとこちらを見る。
——ニヤリ。
顔がないはずなのに、そいつは確かに笑った。
「見つけた」
低い声が響く。
「ようやく」
黒い人影が俺を指差した。
「探していたぞ」
「俺を?」
何で俺なんだ。その疑問を口にする前に。黒い人影は、もう一度笑った。




