23_ORI
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「で、ボクも一個持ってきたんやけど」
話が一旦落ち着いた頃合いを見計らったように、満島が言った。
言いながら、ジャケットの内側から薄い樹脂のカードを一枚取り出して、机の上に置いた。
半透明の樹脂。
表面に、小さな刻印。
ORI、というアルファベットのロゴ、その三文字の下に、少し小さくぽつりぽつりと刻まれた英字が見えた。
《Obsolete Robotics Interface》
「これは……?」
「アブセリート・ロボティクス・インターフェイス、知ってる?」
「いえ。初めて見ますが、文字通りなら——」
「そ。サポート切れの古ぅい型のヒューマノイドを修理する人らの、技術交流サークル」
「いえ、そうじゃなくて、ORIって、如月さんの言っていた…」
小津の反応に、満島はほくそ笑んだような表情になる。
「昨日周防さんから上げられてきた報告で、その人のメッセージを見た。多分やけど、これが「檻」、やなぁ」
満島の口の端が、ほんの少しだけ上がる。
「招待制でね。一般には名簿どころか、開催場所も公開されへん。表で活動してる限りは違法でも何でもないけど、最近どうもキナ臭いことがわかった」
「キナ臭い、ですか」
「うん。たとえばボクのとこに上がってきた話やと——」
満島は指を一本立てた。
「仮想空間上の技術系の勉強会で、ある時期から急に『フリーシードの思想は再評価されるべきや』いう論調が増えてる、らしい」
「確証じゃないんですね」
小津の質問に、満島は「そうや」とあっさり認めた。
「でもまぁ、ソフィアがそう言うんやから、そうなんやろうな、くらい」
「ちょっ、満島さん!」
細目の検察官がソフィアの名前を言った途端、藤堂が慌てたように遮る。
小津は訝しそうな顔をして首を傾げた。
「ソフィア…?、ですか。検察庁で使われているシステムかAIでしょうか?」
「あれぇ?知らんのや」
拍子抜けした声色を出しながらも、満島の表情は薄く笑みを残しながら面白そうに小津を眺めているようだった。
「満島さん!」
藤堂ががさらに大きな声で止めに入る。
「…いやぁ、ごめんごめん。ボクとしたことが。小津君、今の発言は忘れてや」
「はぁ。わかりました」
小津は言われた通りあっさりと承諾する。
周防は「まったく…」と言いながら頭を抱えているようだった。
「すまん、小津君。俺からもお願いだ。今の名前は誰にも言わず、忘れてくれ」
「えぇ、大丈夫です」
笑顔で頷いて返事をするが実は、というかもちろん、小津はソフィアのことを知っている。
——知りたかったわけじゃない。彼女からコンタクトがあったのだから。
警視庁のデータベースにほぼフルアクセスが可能で、捜査方針に提言を行うこともできるような、おそらく現代でトップクラスの超強力AI。
しばしば、そのような存在は「神託の如きAI」と呼ばれることもある。
そして、藤堂のヒヤヒヤした表情を見るに、ソフィアという名前は警察としては極秘扱いなのだろう、と言うことがわかる。
隠している理由が警察の威信や体裁と言った理由によるものか、他に理由があるのかは知らないが。
(満島さんがソフィアの名前を出したのはわざとだろうな。ソフィアが僕にコンタクトを取ったことを知っているのか、はたまた怪しんでいるか)
しかし小津としても、正直あまり関わりたくはない。
知らずにやり過ごせるならそれに越したことはないので、証拠がなければ知らぬ存ぜぬでやり過ごすつもりだ。
「仕切り直しで」
と言って満島はパン、と一度手を叩いた。
「今や警視庁や検察庁もAIにはお世話になっとる。当然事件の捜査支援AIくらいはある。だから可能性は一つずつ潰していきたい」
「で、でも…」
と言って藤堂が手を挙げる。
「ピエロの自爆は間違いなくテロと呼べる劣悪なものですが、ヘルパーヒューマノイドに関しては結果的に誤作動の域を出ません。そして昨夜の仁科の件…規模や手段が一貫していないですね…本当に同一犯なんでしょうか」
「あぁ、それ間違いや」
満島はあっけらかんと言い放つ。
「キミ、今「同一犯」って言ったやろ。これは一人の仕業やない。ボクらが相手してるのは最低でもグループ。もっと巨大な組織である可能性もある」
はっきりと指摘された藤堂は「あっ」と小さな声をあげた。
「そ、そうですよね。すみません」
「いんや、気にせんといて。それにまずは「誰が」を探すのも重要や」
「しかし成熟した組織の犯行とも思えませんね」
赤井が穏やかな声でそういうと、満島も「そうや」と言って同意した。
「多分やけど今はまだ、ラムダを神と崇める人間がバラバラに行動しとる。連携なんか皆無や。でも油断はできん。そこでや」
と言って満島はその視線を小津に向けた。
「小津君、キミにORIの潜入捜査をお願いしたいんやけど、引き受けてくれんか?」
小津は突然の投げかけに、思わず「へ?」と気の抜けた返事をしてしまった。
「僕が…ですか?いやいやそのORIって招待制なんですよね?そんな知り合いいないですし」
「ライセンスは心配せんでええよ。招待枠はこっちで何とかするから。ただ先入捜査するにしても、警察関係の人間は素性を隠したところで嗅ぎ回ったら不自然に思われてバレる可能性がある。でも「あの」小津トウマの孫やったらむしろORIの幹部からも声が掛かるかもしれへんなぁ」
「満島検事」
静かに、しかしはっきりと、その声は割って入った。
赤井だった。
いつもの丸い声色のまま、しかし、温度がない。
「その話は、ここまでにしましょう」
満島は、振り返って赤井を見た。
その顔は、まだ笑っている。
「おや。赤井さん、何か気に障りましたか」
「えぇ」
赤井は、即答した。
その即答に、小津は少しだけ驚いた。赤井がこういう場面で、ここまで明確に「えぇ」と言うのは珍しい。
「小津君を、その檻の中に、一人で入れるつもりですか」
「一人で、とは言うてへんよ」
「言わずとも、潜入とはそういうものでしょう」
赤井は、ゆっくりと足を組み替えた。
「潜入というのは、周囲に味方がいないという状況そのものに意味がある。だからこそ、内側の本音が見える。しかし満島検事は、失敗した時のことをお考えでないようだ」
——その瞬間。
——暗雲がかかるような。
なぜかそんな形容がしっくりくるように、赤井の表情、声色が変わる。
小津を含めたその場にいる全員が、身体の奥底から這い上がってくるような何かを感じながら、固唾を呑んで赤井を見る他なかった。
「私の社員を粗末に扱うとどうなるか、前もって体験させても良いのですよ」
発せられた言葉は満島に向けられたものだった。
ALAは発動させていない。
だが、鬼人と呼ばれる赤井の威圧が常人のそれと同一であろうはずもない。
部屋の温度が一気に五度下がった——、そう錯覚させるほど漏れ出た殺気。
満島は、両手をあげて降参のポーズを取った。
「すみません。もちろん無理強いはさせないです」
狐目の検事は、変わらず薄い笑みを湛えているものの、一筋の冷や汗を見せている。
「当然です」
「撤回させてください。小津君に潜入捜査の依頼はしません」
「わかりました」
そう言うと、ふっと雲が消えたように部屋の明かりが感じられた。
圧が解かれた瞬間。
満島は椅子の背もたれに全体重をかけるほど「ぐでー」っと後ろに仰け反り、天を仰ぎ見た。
「あかん。危うく殺されるとこやったわ」
「赤井さん、こんなところで能力使わないでくださいよ」
「周防君、私がこんなところで使うわけないでしょう」
「いやぁ…どうだか」
周防は頭痛を抑えるように頭を抱える。
藤堂は、まだ身体を硬くして目を見開いたままだ。
「あ」
と声を出して、小津は時計を見る。
「午後の予約が入っているので、そろそろ出ても良いでしょうか」
「あぁ、もうそんな時間ですか。では満島さん、我々はこれで」
赤井がそう言うと、すっと立ち上がり、音もなく歩き出した。
「えぇ……、えぇ、ご足労いただき本当にありがとうございました」
その後、小津は ロディとユウリのスリープを解除し、警視庁の地下駐車場まで戻った。
満島、周防と藤堂は入り口まで小津たちを案内した。
そして赤井が車に乗り込むために車の反対側に移動した時。
「小津君」
満島の声がした。
「はい?」
小津が振り返ると、満島は小津の横に滑り込むように顔を近づけ、耳打ちをした。
「——西宮カオルには気ぃつけや」




