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22_どちらかが嘘

 ***

「なぁんで連れてくるんですかね」


 警視庁第九系特異犯捜査一課が間借りしている小会議室、周防はロディとユウリの姿を見るなり、うんざりした顔でそう言った。


「すみません。午後の案件の都合で」


 小津は「ははは」、と笑いながら応えたものの、周防の反応はもっともなので申し訳ないとは思っていた。


(だって赤井さんがいいって言うから)


 口には出さないが、心の中で言い訳をする。


「まぁまぁ、いいじゃありませんか」

「良いじゃありませんかって…赤井さん、そんなわけないでしょう。これから世間話をしようってんじゃないんですから」


 周防は顔を顰めて説得するように赤井の顔を覗き込む。

 これから昨日の火災、事件に関することを話すのだ。ヒューマノイドが音声録音や映像記録を残してしまったらそれだけリスクが増えてしまう。


「スリープモードにすれば問題ありませんよ」

「そう言う問題じゃなくって」

「そういう問題ですよ」


 周防は涼しげな顔で応答する赤井を恨めしそうに二秒くらい睨んだ後、深いため息を吐いた。諦めたのだろう。

 そのやりとりを小津は愛想笑いを浮かべながら眺めている。


 赤井は、小津から見てもなんというか、決めたら頑固なのだ。


「え、えっと。と言うわけで二人とも、ちょっとの間向こうでお昼寝しててくれるかなぁ?」

「はーい!」

「わかったー!小津、頑張ってねー!」


 二人とも返事をすると部屋の壁際に移動し、そのまま目を閉じてスリープモードに入った。


「すみません、もちろん録音とかはしていませんので…」


「いや、小津君が悪いわけじゃないんだが…。はぁ。まぁ良いや。昨日の火事の件でお二人にも共有しておきたいことがあります」


「それ、ボクも混ぜて欲しいなぁ」


 いささか湿度を感じる独特の声がしたと思って入り口を見ると、満島が立っていた。


 狐目の検察官は小津の方をみて「やぁ」と右手を上げて挨拶をしてきたので、「どうも」と言いながら軽く会釈をした。満島と会うのはこれが二度目なので全く関係性はないのだが、向こうは飲み仲間を見つけたような馴れ馴れしさだ。


 周防は満島を一瞥した後、前髪を掻き上げた。

「あんたが入ってくると、こっちが楽な顔できなくなるんですよ」


「そんなんやめてや。ボク、楽しい検事やから。まぁ立ち話もなんですから、皆さん座りましょ」


 満島は細い目を弓のようにしならせて、小津の隣の席に勝手に腰を下ろす。狐目で常に笑っているような表情を保ったまま、視線だけは部屋を一周した。藤堂の佇まい、赤井のジャケットの皺、小津の鞄、机の上の紙のフォルダ。すべてに一瞬ずつ目を留め、すぐに離していく。


 満島のことは、ナギサも「切れ者だ」という評価をしていた。確かにそうなのだろう、と小津も思う。

 観察対象からぶっちぎりの速度で思考を拡張させ飲み込むような如月と違い。満島の視線は、見たもの全てに自分の意識というガムを貼り付けているようだった。


「で、どこまで話進んだの?」

「これからですよ」


 周防は短く答えてから視線を会議室の奥にあるスクリーンに移すと、自動でプロジェクタが起動した。

「昨日の火災について、まずは整理する。仁科リョウ、城北メカサービスの保守点検員。今朝の段階で、研究室の入り口付近から本人の遺体が発見された。歯型もDNAも合致してる。火炎瓶の破片からは仁科の指紋。鞄の中には予備の瓶も残っていた」


「自分で持ち込んで、自分で焼いた——というわけかいな」


 満島は頬杖をついたまま聞いている。


「そう見えるといえば見える」

「そう見える、なぁ」


 周防の言い回しを、満島はわざわざ繰り返した。


「歯切れ悪う」

「歯切れの悪い件しか回ってこないんですよ、うちには」

「あぁ、それは確かに」


 ケタケタ、と満島は笑う。

 その笑いはまったく場に馴染まないのに、誰もそれを咎めない。咎めようとした瞬間に「冗談ですよ」とすり抜ける種類の声色だからだ。


「で、続きどうぞ」

「続けます」


 周防は短く息を吐いてから、フォルダの中の一枚を投影した。

 仁科リョウ、と紙の端に明朝体で印字された生前の写真。

 城北メカサービスの作業服。

 胸ポケットの上に縫い付けられた白いネームプレート。

 その写真を、周防は画面上に表示する。

 小津は——息が一拍止まった。


「……周防さん」

「なんだい」

「これ、仁科リョウ、なんですよね」

「あぁ、本人で間違いない」

「そうですか」


 短く受け答えをして、小津はもう一度写真を見た。

 念のため、瞬きを挟んでから視た。

 結論は変わらなかった。


「うーんやっぱり違います。これ、僕がモーリィの記憶の中で見た仁科じゃありません」


 周防の片眉が、わずかに上がった。

 藤堂は明らかに表情を変え、半歩、机に近づいた。

 満島だけが——

 笑顔の角度をまったく変えなかった。

 ただ、頬杖を組み直した。


「……どういうことや、それ」


「えっと、ちょっと待ってください」


 小津は鞄の中から薄い半透明のカードを取り出した。

 昨日、介護施設で如月から受け取ったストレージチップだ。あの時如月は、小津がALAで復元したモーリィの記憶映像を全て保存して、このカードに収めた。


「これ、繋いで良いですか」

「あぁ、ここの卓上端末に挿してくれ」


 小津はカードを机の中央にある共用端末のスロットに差し込む、認証操作は周防が行なう。

 すぐに、机の天板の中央に薄い投影面が浮かび上がった。

 如月が用意したインターフェースは、無駄なメニューが一切ない。ファイルの一覧と、再生用のシンプルなコントロールパネルだけが並んでいる。

 小津は、目的のファイルを選び、再生を始めた。

 映像は、モーリィの視点で再生される。

 介護施設の暗い廊下。

 月明かりに照らされた狩野老人の居室。

 車椅子に座る老人。

 そして、その前に立つ男。

 腕まくりされた制服。

 息の荒さ。

 杖を持ち上げる動作。

 老人の腕を、その杖で叩く瞬間。

 部屋の中で、誰も声を出さなかった。

 藤堂の喉が、ひとつ鳴った。


「……これ」


 周防が低く呟いた。


「ええ、これが、モーリィの中で僕が視た男です」


 小津は映像を一時停止させ、男の顔の部分が一番はっきり映っているコマを表示させた。

 男の胸元のネームプレートが、わずかに歪んで写っている。

 刻印は、確かに——「仁科」と読める。

 しかし、顔は違う。

 写真の仁科リョウは痩せ型で、目元が伏せがちで、どこか自分に向かって怒っているような顔をしていた。

 映像の男は——

 もっと肉付きが良くて、目つきに重さがあり、口元の歪み方に下卑た愉しさが混ざっていた。


「……別人だ」


 藤堂がぽつりと言った。

 声は小さいのに、はっきりと、部屋の中に通った。


「えぇ、別人です」


 小津は静かに肯定した。


「ネームプレートだけが、仁科でした」


 周防の指が、机の上で一回だけ、トントン、と鳴った。


「やぁやぁ」


 最初に声を上げたのは、満島だった。


「これは、難儀やなぁ」


 満島は両手を頭の後ろに回し、椅子を少しだけ後ろに傾けた。


「仁科リョウは、火炎瓶を持って研究室に行って、焼かれた。せやけど、モーリィの記憶の中で『仁科』ゆうネームプレートをつけて入居者を虐げていたんは、別人。——て、ことはやで?」


 満島は楽しそうに、しかし眉だけは下げて続ける。


「この『仁科プレートをつけてた男』、誰や?」


 部屋の中で、誰も即答できなかった。

 答えが分からないからではない。


 ()()()()()()()()()()()()からだ。


 仁科リョウが、火炎瓶を持って一人で如月の研究室に向かったとして、それなら——モーリィの記憶の中で、わざわざ仁科のネームプレートをつけて狩野老人を虐げていた男は誰なのか。同僚か、上司か、それとも全く関係のない第三者か。


 いずれにせよ、その男は、自分の行為の責任が「仁科」というネームプレートの持ち主に被されるよう、意図的に動いていたことになる。


「赤井さん」


 小津は隣の上司に声をかけた。

 赤井は腕を組んでじっと映像の停止画を見ていたが、呼ばれて静かに小津の方を向いた。


「この男の表情を、どう見ますか」

「……そうですね」


 赤井はすぐに答えなかった。

 数秒、目を細めて、映像の中の男を観察する。


「怒気はある。しかし、()()()()()()()()ですね」


「と言うと」


「叩く前と、叩いた後の顔つきが、ほとんど変わっていない。怒りが高まって叩いたわけでも、叩いたことで怒りが収まったわけでもないんですよ。これは……」


 赤井はそこで言葉を選んだ。

 いつもの丸い声色のまま、しかし内側にある芯はやや硬かった。


「日常的に、そうしている人間の顔でしょう」

「日常的に……」

「殴ることも、叩くことも、本人にとっては特別な行為ではない。むしろ、好ましい行為に近い」


 藤堂が、思わず椅子の背を握り直した。

 その指の力に、青年刑事の感情がよく出ていた。


「ふぅん」


 満島が、ようやく頬杖を解いた。


「そこまで読めるんですか、赤井さん」

「このくらいは読めるでしょう」


 赤井はそれだけ言って、口を閉じた。

 間借りしていた頃、というのが満島の興味を引いたらしい。狐目の検事は何か言いたげに口の端を動かしたが、その話題には踏み込まずに視線を周防へ移した。


「周防さん。仁科の同僚、洗い直しが必要やね」

「もちろんそのつもりですよ。藤堂」

「はい!」

「お前、午後から介護施設を当たれ」

「了解です」


 周防は、物理的なフォルダから紙を抜き、藤堂の方へ滑らせた。


「モーリィのいる施設の最近三ヶ月の出入り業者と、その担当者リスト。城北メカサービスからは仁科以外に誰が出入りしてたか、施設長の岩岡から直接聞き取れ」

「分かりました」

「それから、仁科の勤務記録と、施設の出入り記録の突き合わせ。仁科が()()()()()()()()()に、誰かが仁科のネームプレートをつけて施設に入ってる可能性がある。当日の施設の監視カメラ映像も全部押さえて、この映像の男の顔と照合してくれ」


 周防は机の中央の停止画を顎で指した。


「了解です」


 藤堂は端末を取り出し、メモを取り始める。


「小津君」

「はい」

「この映像、ここからもしばらく借りて良いかな?」

「もちろんです。コピーを取って構いません」

「助かります」


 周防は短く頭を下げて、ストレージチップの複製作業を端末に指示した。

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