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21_約束

 ▪️第五章

 火災の翌朝、雨は上がっていた。

 火は消えた。

 しかし終わった感じはまるでしない。今も木馬座のある地は規制線が張られているだろう。朝チェックしたニュースでは、ビル一棟が全焼する火災があった。火元や被害は調査中、という内容だった。


 小津は事務所に出社してからコーヒーを淹れる。


 午前中のアポイントを確認しようとしたところで、入り口の扉が開いた。


「あ、おはようございます。赤井さん」


「おはようございます。午前中は休んでもらって良かったのですよ」


「もうちょっと落ち着いた状態で休ませてもらいますよ」


「なるほど、それもそうですね」


 赤井は平時とまるで変わらない口調、音程、そして穏やかな表情だ。


「——如月さんは、見つかっていないんですね」


「そのようです。連絡もつきません」


「生きてるでしょうか」


「生きていると思いますよ。無事かどうかは別問題ですが」


 さらりと不穏なことを言うが、赤井が生きていると言うのなら何か根拠があるのだろう。

 そしてその根拠を考えた時、一つの可能性が頭をよぎる。


「その……気になってたんですが、如月さんも、ALAを使えたりして」

 

そう言って小津がちらりと見ると、上司は火災の現場に行く前、小津が如月の研究室の場所を伝えようとした時と同じように、穏やかな表情で人差し指を唇に軽く当ててこう言った。


「約束ですから」


 鎌をかけたわけではないのだが、小津はその所作からなるほど、と納得する。

 (如月さんはALAを使える。だけどその能力を使用するには、赤井さんやナギサさんと違って「発動条件」があるタイプ。昨日といい今日といい、赤井さんが黙って「約束だ」と言った。加えてユリからもらったトリセツにも、約束は死んでも守れと書いてあった。恐らくこれが発動条件…!、能力はわからないけど如月さんと交わした「約束」を守っている間は何らかの効果があるか、もしくは「約束」を破った場合に何らかのペナルティがくるのか…)


 後者だとしたらかなり厄介だし迷惑な話だが、如月はなんというか、『良い性格』なので油断はできない気がする。

 小津は一瞬顔を顰めると、その話題から撤退することに決めた。


「えっと、火事を起こしたのは仁科、という人ですよね」


「えぇ、そうです。昨日小津くんがモーリィというヘルパーヒューマノイドの記憶の中にもいたのですよね」


「はい、狩野というおじいさんを虐待していたようです。ネームプレートには仁科と書いてありました」


「その仁科がマキくんのところへ赴き、火炎瓶を使って自身もろとも燃やしてしまった」

 

 赤井の言葉に、小津は思わずコーヒーカップを持つ手を止めた。


「仁科自身が…」


「周防君から聞いた限りでは、そうみたいです」


「火炎瓶を持ち込んだのなら、部屋が燃えて、それに巻き込まれたという見方になりますよね」


「普通はそうでしょうね」


 赤井はそう言いながら、事務所奥のカーテンを少しだけ開けた。

 朝の光が細く入り、机の上に置かれた紙束の端を照らす。


「ですが、ちょっと普通ではないみたいです。さっき周防くんから呼び出しがあったのですが、小津君も来てもらえますか?」


「わかりました。えっと」


『今日は午前中のアポイントはありません。午後にナギサ様と同伴予定の案件が一件入っています』


 イヤーカフからフレイヤが教えてくれたので「午前中なら大丈夫です」と答えた。

 赤井はにこやかに頷くと


「龍樹院の最後を思い出します」と静かに言った。


「えぇ。僕もです」



 ——龍樹院リショウ。


 

 狂乱の教祖は、最後に煙を上げ、そして炎に包まれ、玉座のある舞台から落下して死んだ。

 あの時も、着火装置らしいものは見つからなかったと聞いている。


 だが直接的な死因は落下時の頭蓋と頸椎骨折。つまり頭と首の骨を折って死亡したのと、あの当時の特殊な状況から、人体発火の理由は不明であるものの、自殺として処理されたのだ。


「ただ、仁科が火炎瓶を持っていたなら、科捜研はやはり自殺、あるいは自爆に近い見立てを出すかもしれませんね」


「そうかもしれません。というより、そう判断せざるを得ない。でも周防君は違うと踏んでいるから、私たちを呼んだのでしょう…では、行きましょうか」


「あ」


「どうしました?」


「午後の案件なんですが……ユウリとロディを連れていく予定なんでした」


 それを聞いて赤井も「あぁ」と声をあげる


「そうでしたか。確か東雲丘陵医療センターのヒューマノイド適応支援外来ですね。子ども型ヒューマノイドを子どもと接触させて、患者の精神的ケアに役立つか、という実証協力でしたっけ」


「はい、医療補助ヒューマノイドはすでにいますが、カウンセリングやケア目的ではない、人間家庭で生活していてより自然な会話をする子ども型ヒューマノイドが必要と言われて」


「たしかに彼らは見た目も芸術品クラスのヒューマノイドですからね。良いでしょう。小津君の家に寄って、二人も連れて行きましょう」

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