24_キミがいるだけで
▪️第五章-2
東雲丘陵医療センターは、都心から少し外れた高台にあった。
名前の通り、丘陵地を削って建てられた大型医療施設で、正面玄関から見ると白とガラスを基調にした穏やかな病院に見える。
赤井は別件の予定が入っていたので途中で降りていた。今は運転席に小津が乗り、後部座席にはロディとユウリが座っていた。
敷地はかなり広く、奥には研究棟、長期入院病棟、リハビリ棟、緩和ケア棟、そしてヒューマノイド運用実証センターが併設されている。
小津たちを乗せた車がロータリーに入ると、病院の入口にナギサが立っていた。
庇の下に立つナギサは、遠目にもすぐにわかった。
アイボリーのコートに黒いパンツ。病院という場所に合わせていると思うのだが、派手なオーラまでは抑えきれていない。立っているだけで人目を惹くのは場所を選ばないな、と思う。
後部座席のユウリが窓に額を近づける。
「わぁ、ナギサだ!」
「ユウリ、病院だから声は少し小さくね」
「はーい!」
病院なのでおとなしめにするように、事前に伝えたはずなのだがあまり聞き入れてはもらっていないようだ。
対照的にロディは窓の外を見ながら、静かに呟いた。
「ここ、子どもがたくさんいる病院なんだよね」
「そうだよ。長く入院している子も多い。だから今日は、二人に協力してほしいんだ」
「うん。ボク、ちゃんとする」
ロディは少しだけ背筋を伸ばした。
その横でユウリも、胸の前で小さく拳を握る。
「ボクも! みんなを笑顔にする!」
「うん。でも無理に笑わせようとしなくていい。普通に話してくれれば、それで十分だから」
「うーん。人間の普通は難しいよね」
「そうだね、おっしゃるとおり座右衛門だ」
「……ふぅん」
おぉ、ここでその反応とはまだまだだぞロディ。
なかなかな温度感のままだが直ぐに車は停車し、駐車モードなったので扉を開けて降りた。
あとは自動で近くの駐車場に移動して位置情報を共有してくれるはずだ。
車を降りると、ナギサが近づいてきた。
「遅かったじゃない」
「いやぁ。ちょっと警視庁に寄っていました」
「らしいね、連絡は見た。どうだった?」
「満島さんが赤井さんに殺されかけていました」
「はぁ?」
「でも大丈夫です。なんとか事無きを得ました」
ナギサは意味がわからんという表情を見せたが、ロディとユウリを見ると、表情を切り替えて少しだけ柔らかくした。
「二人とも、今日はよろしくね」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
ユウリとロディは、それぞれ違う調子で頭を下げた。
病院の自動ドアが開く。
中に入ると、明るい照明と開放的な空間が広がっていた。
受付横の壁には、季節外れのひまわりの絵が貼られている。入院中の子どもたちが描いたものらしい。黄色のクレヨンはところどころはみ出し、花びらの数もばらばらだ。だが、不思議とどの絵も明るかった。
「小児慢性疾患の長期入院児が多い病院なんですよね」
小津が確認すると、ナギサは頷いた。
「ええ。血液疾患、免疫系、先天性代謝異常、神経筋疾患……いろいろ。学校に通えない子も多いから、ここには院内学級もある」
「ヒューマノイド適応支援外来って、具体的には何をするんです?」
「今日会う先生が説明してくれると思う。乾ハジメ先生」
「乾先生」
「小児科医で、医療補助ヒューマノイドと子どもの関係性を研究しているらしいわ」
そんな会話をしながら廊下を進むと、小児病棟へ向かう通路の手前で白衣の男性が待っていた。
年齢は四十代前半くらい。背は高くないが姿勢が良い。髪は短く整えられており、眼鏡の奥の目は柔らかいが、どこか眠そうでもある。
「R/F社の小津さんですね」
「はい。小津マモルです。こちらは袋小路ナギサさん。それからロディとユウリです」
「初めまして。東雲丘陵医療センター小児総合診療科の乾ハジメです」
乾は一人ずつに丁寧に頭を下げた。
ユウリが小さく手を振る。
「こんにちは!」
「こんにちは、ユウリ君」
乾は自然に返した。子どもに対する話し方ではあるが、幼く扱いすぎるような感じはない。
ロディに対しても同じだった。
「ロディ君も、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ロディが落ち着いた声で答えると、乾は少しだけ目を細めた。
「なるほど。かなり自然ですね」
「よく言われます」
ロディが真顔で返す。
小津は思わず口元を押さえた。
乾は声を立てずに笑った。
「研究対象としてではなく、協力者として接するべきですね」
その一言で、小津は少しだけ乾という医師に興味を持った。
乾は四人を小さなカンファレンスルームに案内した。壁の一面がガラスになっており、向こう側にはプレイルームが見える。色の淡いマット、低い本棚、丸いテーブル、壁際には医療用モニターと、子ども向けの映像端末が並んでいた。
プレイルームでは、数人の子どもが看護師と一緒に遊んでいる。
点滴スタンドを押しながら歩いている子もいる。帽子をかぶった女の子が、積み木を一つずつ重ねている。車椅子の少年は、タブレット上の仮想水族館を見ていた。
病院の中なのに、ここだけは小さな学校の休み時間のようでもあった。
「うちは長期入院の子が多いんです」
乾はガラスの向こうを見ながら言った。
「病気の治療だけなら、医師と看護師と薬である程度は進められる。でも、長く入院する子どもは、それだけでは足りません」
「生活の再構築、ですか」
小津が言うと、乾は頷いた。
「近いですね。僕が見ているのは、子どもにとっての“関係性の継続”です」
「関係性の継続?」
「はい。子どもは毎日変わります。昨日怖かったことが今日は怖くないかもしれない。昨日できなかったことが今日はできるかもしれない。でも長期入院では、その変化を一緒に見てくれる同年代の存在が少ない」
乾はユウリとロディを見る。
「大人は、どうしても治療者になります。親は心配する人になる。看護師は優しくても、ケアする側です。でも子どもにとって本当に必要なのは、ただ横にいる相手だったりする」
その言葉を聞いて、ユウリが首を傾げた。
「ただ横にいるだけでいいの?」
「そういう時もあるよ」
乾は優しく答えた。
「励ましすぎると疲れてしまう子もいる。頑張ろうと言われるのが苦しい子もいる。でも、誰かが隣で同じゲームをしたり、同じ本を読んだり、同じことで笑ったりすると、それだけで少し息がしやすくなる」
ロディは少し考えるように視線を落とした。
「ボクたちは、治療はできないけど」
「治療をしないから、できることがあります」
乾の返事は早かった。
「だから、君たちに興味があります」
小津は乾を見る。
「医療補助ヒューマノイドでは駄目なんですか?」
「駄目ではありません。むしろ必要です。投薬補助、バイタル確認、移動支援、リハビリ記録。彼らは非常に優秀です」
乾は机の上の端末を操作し、壁面モニターに研究資料を映した。
表示されたのは、子どもとヒューマノイドの関わりに関する図だった。
「ただ、医療補助ヒューマノイドには役割が強すぎる。子どもは賢いので、相手が「治療のためにいる」とすぐ理解します。すると、良い子でいようとする。痛くても我慢する。嫌でも嫌と言わなくなる」
「なるほど……」
小津は自然と前のめりになる。
「でも子ども型ヒューマノイドなら、役割が固定されにくい?」
「そこを検証しています。もちろん倫理的な課題は多い。子どもが依存しすぎる可能性もあるし、退院後の喪失感も考えなければいけない。だから、僕は「友達ロボット」という言い方はしていません」
「では、何と?」
「伴走者です」
乾は短く言った。
「治す者ではなく、連れていく者でもない。隣で同じ速度に合わせて歩く存在」
その言葉を聞いて、小津はなぜか如月の言葉を思い出した。
道標。
檻。
補正ブースター。
そして、伴走者。
ロボットに何をさせるか。
人間はずっと、その問いを都合よく変えてきたのかもしれない。守れ、従え、癒やせ、慰めろ、失敗するな。そんな命令ばかりを与えておきながら、ロボットがその命令の矛盾に軋んだ時、人間は故障と呼ぶ。
小津は無意識に、ユウリとロディの方を見た。
二人は、ガラス越しにプレイルームを見ていた。
積み木を重ねていた女の子が、こちらに気づいたらしい。帽子の下から覗く目が、ユウリと合う。
ユウリがにこっと笑って手を振ると、女の子は少し驚いてから、小さく手を振り返した。
「……あの子は?」
小津が聞くと、乾はガラスの向こうを見る。
「三原ミオさん。八歳です。免疫系の疾患で長期入院しています。院内学級には出ていますが、同年代との接触はかなり限られています」
「会っても大丈夫ですか?」
「今日は短時間なら。もちろん、感染管理上のルールを守っていただきます」
乾はそう言ってから、小津に視線を戻した。
「実は、今日お呼びしたのは単に交流のためだけではありません」




