14_連続する断片
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「触るな!帰る!」
近くで、誰かが怒鳴る声がする。
「狩野さん!落ち着きましょう!大丈夫ですから!」
今度は太めの男性の声。
小津は声のする方へ顔を向けようとする。事実首は動いたのだが、思った速度と角度が少し違うことに気持ち悪さを感じた。
(そうか、これはモーリィが見た映像…)
自分が夢の中にいることを自覚した時のような感覚。小津は今、モーリィの視点で見た記憶を再生させているのだ。
さっき見た施設の廊下。モーリィは今、食べ終わった後の食器の入った台車を引いているようだ。見える範囲に窓はないものの、食べ残しの食材やソースの後を見て夕食後だろうとあたりをつけた。
その台車を廊下の脇に置き、モーリィは躊躇のない歩幅で歩き出す。
角を曲がったところで、寝巻きを来た小柄な老人の後ろ姿と、向かい合っている男の職員が見えた。
「火事だ!そこをどけ!」
老人の口調はものすごい剣幕だが、足腰が弱っているのか、杖をついて尚もたついているのがわかる。
「火事なんて――」
対応している職員の男が言いかけたところで目があう。こちらに気づいたらしい。
「火事は、もうおさまりましたから大丈夫ですよ」
男は、狩野と目を合わせるように少し屈むと、今度は否定せず合わせるように言い直した。しかし老人は一歩も引く様子がない。
「いや、まだ消えてない!はやく行かんと母さんが!」
「母さん?あぁ、ミユキさんはもう――」
「狩野さん、ミユキさんは無事です」
老人に近づき、モーリィが落ち着いた口調で話しかけた。
すると狩野と呼ばれた老人は驚いた表情でこちらを見た。
「ほ、本当か?!本当に無事なのか?」
「はい、先ほど連絡がありました。私はそれを伝えに来ました」
「そ、そうか、良かった…」
安堵したのか、狩野はその場でへたり込んだ。
「部屋で帰りを待ちましょう」
そう言ってモーリィが狩野の肩を持って起こそうとした時、男が制した。
「あぁ、いぃいぃ。あとは俺がやるから」
右手の甲をこちらに向けて、二回振り払ってから狩野を抱えるように起こし、歩き出した。
その手の甲に火傷の跡が見えた。
狩野は安堵からか先ほどとは打って変わり無抵抗でおとなしくなっている。
「私も手伝います」
モーリィから提案するが、男は険しい顔で睨む。
「いいって言ってんだろ。持ち場に戻れ」
一言そういうと、軽い舌打ちをしてからモーリィとは反対方向の廊下を進み出した。
***
――ザッ…
一瞬ホワイトノイズが聞こえたと思ったら、突然違う映像に切り替わった。
相変わらずモーリィの視点のはずだが、左右の視界が何かに遮られているように異様に狭い。
(他の記憶に飛んだか…うーん、部屋の中を扉の隙間から覗いている…のか?しっかし暗いな)
モーリィが覗いているのは狩野の居室なのだろう。部屋の窓から注がれる月明かりによって辛うじて車椅子に座っている狩野の姿が見えた。しかし背中は丸くなり、表情は先ほどと変わって弱々しく怯えているようでもある。
(これはまさか…)
岩岡は職員の一人が入居者に手をあげていたと言っていた。
扉の隙間から見える範囲は狭いし暗い。だがなんとか状況は分かる。
狩野は車椅子に座っているがフットレストに足がきちんと乗っていないようだ。寝巻きの襟元が乱れ片足の踵が少し浮いている。
狩野の前に、さっきの男の職員が立っていた。
腕まくりをしている。制服の袖の折り目が乱れている。息が少し荒い。
その男は、屈んで狩野の顔を下から覗き込むように見ているがその表情におよそ優しさはなさそうなのは雰囲気で伝わってくる。
「手間ばっかりかけやがって、ボケ老人が」
男の声は大きくない。怒鳴ってはいない。だが抑え込むような低い声で、相手の反応を封じる種類の話し方だった。
狩野は視線を泳がせ、唇を震わせていた。言葉を返そうとしているのに、頭の中で繋がらないようだった。
「でも……」
「うるせぇって言ってんだろ」
すると男は、狩野が使っていた杖で、狩野の腕を叩いた。狩野は反射的に腕を押さえ、口の端から短い悲鳴が漏れる。
***
――ザッ…
再びホワイトノイズと共に映像が切り替わる。
今度は目の前に職員の男がいる。部屋の電気も付けられているところを見ると、モーリィが抑止に入ったようだ。
(まぁさすがに止めに入るよな)
青白い顔色、悪びれる様子を見せるどころか敵意を剥き出したその表情は、なぜかモーリィだけでなく世界に苛ついているようにも見えた。
「うるせぇな、たかが機械が人間に指図するんなよ」
「指図ではなく警告です。あなたの行動は身体的虐待に該当します。施設長に報告し、あなたに対する注意、および処分の進言をします」
「処分?この鉄くずが――」
「私に対する暴力行為を行った場合、三原則の第三条を適用し、オンラインによる警察への通報を独断で施行します」
その言葉で一瞬、男の体が硬直する。モーリィの言葉が効いたようだ。
しかし次の瞬間。
なぜだか、その男はニヤリと笑った。
小津はその表情をみて、冷えた油をねっとりと自分の顔に塗られたような嫌悪感を抱いた。
***
――ザッ…
記憶は突然途切れた。
目の前にはモーリィの記憶が詰まった立方体、小津はその扉の前に立っていた。
小津は自分の両手を確認する。まだALAは解除されていないので言ってみれば意識体のようなものだが、自分の体を型取っていることに少しの安堵を感じる。
「でもどうして…まだ続きがありそうだったのに――」
そう言ったところで小津は突如、気配を感じて振り返った。
「だれだ!」




