13_一発くらい殴っても
◾️第三章-2
ハイヒールを履いているのだが、なぜかのっしのっしという擬音が似合いそうな威圧感を漂わせながら、ナギサは一直線に歩いてくる。
「あ、あんたは一体…」
岩岡にとっては突然の乱入者なのだから当然の反応だ。困惑の表情になりながらナギサの元へ駆け寄る。
「すまないが今、この部屋で大事な話をしているんだ。出ていってくれ——」
言葉が終わる前にナギサが鋭い視線のまま岩岡の胸ぐらを掴んだ
「ひぃ!!な、なにを…」
ナギサの細くしなやかな腕が、中肉中背の男の身体をいとも簡単に持ち上げる。
「で、私はこの男を殴れば良いの?」
「いえ、だめです。この人は犯人じゃないですよ」
「あ、そうなの?」
ナギサはぱっと手を離し、小津の顔を見る。落ちた勢いで岩岡が尻餅をついた。
「登場していきなり何を言ってるんですか。岩岡さん大丈夫ですか?」
岩岡は動揺しながら激しく咳き込んでいる。すぐにカオルが駆け寄り、岩岡の肩を持って立ち上がらせた。
「とりあえず外出て落ち着きましょうか。ナギサちゃんちょっと待っててね」
カオルは手を振りながらそう言うと、岩岡と共に部屋の外へと出ていった。
「あなたが、袋小路さん」
如月はまるで何事もなかったかのように上品な微笑みをナギサに向ける。
「初めまして。袋小路ナギサと言います」
「えぇ、初めまして。あなたのことは赤井から聞いたことがある」
「え、赤井さんのこと知ってるんですか?」
驚くナギサに如月は「腐れ縁ね」と即答した。
「随分前のことよ。とっても強い子を見つけたって。早速見せてもらったわ」
「こんなもんじゃないですよ」
小津が横槍を入れるとナギサは「あんたねぇ」と言って睨んだ。
小津としてはそれよりも如月と赤井の関係が気になるところだが、ぐっと我慢する。
***
ナギサにこれまでの経緯を簡単に説明したところで、カオルが戻ってきた。
「お待たせ。もう始まってた?」
「いえ、ちょうどナギサさんにこれまでの経緯を話したところです」
「じゃ、早速私たちでやりましょうか」
如月はノート型の端末を開いて何やら操作をし始めた。
「えっと、やっぱり警察に通報した方が良くないですか?」
「何言ってるの。こんな面白そうなこと早い者勝ちに決まってるでしょ」
面白いとか言いやがった、と小津は心の中で呟くが、確かに昨日のピエロ自爆テロに通じるものがあるかもしれない。その可能性を感じるのは事実だ。
「僕がモーリィの記憶領域を視るってことですよね?」
如月はきっと小津やナギサのALAのこともある程度わかっているだろう。なら無駄な確認は少ない方が良い。
「そうよ。あ、でも一応本人から能力を聞いておこうかしら。ちなみに今この部屋に付けられている監視カメラはハッキングしてAIが作り出すダミー映像にすり替えたから安心して話していいわよ」
「何とんでもないことしてくれてるんですか」
「あら、このくらいの防御はエチケットよ」
小津は軽いため息を吐いてカオルの方に視線を送る。彼女にも意図は伝わったらしく
「大丈夫。誰にも言わない」と言って頷いた。
「僕の能力はロボットの記憶領域、人格や性格を司るOSや深層領域に入り込んで情報を読み取ることです。制限時間は三十分、例外はありますがシャットダウン状態では使えなくて、スリープの状態が理想です」
「セーフモードでは?」
「電源が入っていれば問題ありません」
「素晴らしい。でもセーフモードじゃ私が追跡できないわね。どのみち一度起動させないと」
「そう、ですが…」
といって小津はモーリィに視線を移す。
「起動したら、暴走しませんかね?」
さっき如月は、モーリィをシャットダウンしたまま起動させなかった岩岡に対し「そこだけは素晴らしい」と言った。それはきっと、起動したら暴走する可能性もあるからだろう。
起動していきなり爆発でもされたら、たまったものではない。
「大丈夫よ。なんとかするから」
「ナギサさんが言うとそれはそれで、モーリィの方を心配してしまいますね」
「あんたね…」
「嘘ですよ。頼りにしてます」
「じゃぁ、起動するわよ」
如月が言うと、モーリィの頸の下にあるカバーを取り外し、ジャックに遠隔操作用のプラグを差し込んでから起動ボタンを押した。
微かなモーター音と振動が響く。
《MORI Care Unit を 起動します》
静かで抑揚のない音声。
しかしすぐに異変は現れた。
「あれ……?」とカオルが呟く。
モーリィは前傾になりながら前に膝を曲げ、そのまま正面にいる小津に向かって両手を前に広げて跳躍してきたのだ。
「ナギサさん!」
「分かってる」
ナギサが右手を挙げて静かに振り下ろす。
するとモーリィの脚が床に吸いついたようにその場から動かなくなった。
《モビリティ異常を検知。機体下肢の重量が機動力の限界を超えています。緊急停止し、状況を分析します》
誰に報告するわけでもないのだろうが、モーリィがエラー音声を出す。
その間に如月は用意した端末操作を行う。
「ま、量産型だから基礎は単純ね。これをこうしてっと…うん。大人しくなったわよ」
如月はノート端末を操作しながらつぶやいた後、小津に向かってOKのサインを出す。
スリープモードに入ったモーリィを前に、小津は用意していた椅子に腰掛け意識を集中させた。
***
空調の音、人の呼吸、床の軋み。耳の奥で感じていたノイズが全てが薄膜の向こう側へ押しやられていく。
その過程はリアルな世界の時間で言えば三秒くらいなはずだが、やがて規則的な拍が聞こえてきて、小津はそれに耳を澄ませる。
心臓ではない。
電気的な脈動。ロボットの意識の底で刻まれる、演算のリズム。
捉えたリズムによって、世界の時間が上書きされ、補正されていくのを感じた。
(……視せてもらうよ)
意識だけが、別の座標へ滑り込む。
視界が暗転し、次に立ち上がったのは——光だった。
細い線が無数に走り、やがてそれは柵のない真っ白な道になる。
少しだけ霧がかった世界。見上げると、たくさんの白い立方体が雲のようにゆっくりと浮遊しているのが見えた。
自分の意識が、モーリィの意識領域の中、つまり電子世界に潜り込んだことを認識する。
白い立方体には扉が付いている。目を凝らすと鍵付きの扉もいくつかあるようだ。そしてその中にはモーリィの記憶が格納されているのだろう。
「まずは消された記憶の復元かな」
――施設入居者に手を上げた職員の目撃映像。
「何事もなければ良いけど」
小津が左手に意識を集中させると、すぐに光子が収束し光の玉が現れる。ALAによって電子世界に潜り込んだ小津は、いわゆる魔法に近い能力を使うことができる。
「記憶復元」
光の玉の輝度が高まる。それと同時に立方体の流れが変わる。
右に、左に、後ろに、前に。高低も変えながら、各々が来た道を戻るように時間を遡っていく。
やがて遠くにさっきまで無かった黒色の立方体が現れた。
「あれか」
周囲の白い立方体とは異質であることは明白だ。
小津はその黒い立方体に近づき、そして扉に手を触れた。
すると扉は音もなく開くと同時に、中からアメーバのようなどろりとした液体のようなものが小津に向かってきたのだ。
「粘着質だなぁ。見たくないけど…仕方ないね」
小津は目を細めながら、静かにその闇に飲み込まれた。




