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クロの物語  作者: 大和
第一部:Black Story:
24/45

第六章 ボガートⅡ

「……………」

 ただし、へし折られたというのは物理的にというわけではない。

 それは、彼の心だった。

 

 今の今まで彼自身を支え続けてきた、その根幹たる感情が。

 この一撃で、見事にへし折られた。


『絶対に晴馬の仇をとる』


 ただその一心で痛みや苦しみに耐えてきた。

 必死に戦ってきた。


「……………」

 竜馬はただ黙っているだけだ。

 実は今、竜馬は最初に入って来た入り口の近くにいた。

 またその手には黄金の剣が握られている。

 

 逃げることも戦うことも出来る。

 心の端ではそう考えていた竜馬だが…


 結局彼は動かなかった。



(逃げられるけど……戦えるけど……)

 追い詰めれれた竜馬。

 一応選択肢は残されていた。

 そんな彼の選択は…諦めることだった。


(もういいや…)


(…これ以上痛いのは嫌だ…。これ以上苦しいのも嫌だ…。)


(これがもし続くなら―)



『続くのならどうなんだ?』

「―え?」

 

 突然響く声。

 ふと竜馬が顔を上げると、周囲の全てが一変していた。

「ここは…?」

 先ほどまでいた廃工場の景色や、こちらを眺める化け物たちはいない。

 そこは純白の世界。

 竜馬を取り巻く全てが、純白の(もや)に包まれているような場所だった。


(歩いて…みようかな…)

 竜馬はしゃがみ込んだ状態から、何の躊躇も抵抗もなく立ち上がった。

 痛みはなかった。何故かそれも当たり前のように感じられた。

 ぐるりと周りを見回してみるが、目に入る全ては白色。

 進むべき指針も何も見えない。


 それでも竜馬は落ち着いていた。

 それは二度目だったから。

 竜馬は前にこの世界に来たことがあった。

(…これ、あの時の場所だよなぁ…)

 竜馬が先日、目覚めた時に迷い込んだ場所。

 結局夢だったと思い込んでいたあの場所に、今竜馬はいた。

 

(確かあの時は黄金の光を見つけて、それに触れた後に戻れたはず…)

 だったら…

(やっぱり歩くしかないかな…)


 ここから出るためには。

 そして―


「―あの声の主に会うためには」




「…………長い」

 竜馬は小さく呟いた。

「どんだけ歩けばいいんだ‼」

 そして、聞いたり答えたりしてくれる相手がいない状況で、ただ叫んでみる。

 本当はまだ歩き始めてから五分と経っていないのだが、一人で周りの風景が全く変わらない中歩き続けるのは、かなり辛い。


「ふぅ………」

 それでもまだ五分だ。

 竜馬はとりあえず、また歩いてみることにした。



 …が。

「……………」

 更に歩くこと十分ほど。

 周りの景色はやはり変わらない。

 相も変わらずの白一色だった。

「くっそ…」

 いい加減歩くのにも疲れてきた竜馬。

「こうなったら…」

 とりあえずダメもとで叫んでみることにした。


「おいっ!どこにいる⁉早く帰してくれよ‼」

(まぁ…返事があるわけ―)



『帰ってどうする?』


「……………」

(―あるんかい…)



『…聞いているのか?』

「…あ、あぁ。聞いてる…」

『そうか。で、どうするんだ?』

「えっと………」

(帰ってどうするのか…ってことだったな。どうする……?)


「……………」

 考える竜馬。

 普段なら何なりと答えが出てきそうな質問だが、今の竜馬は中々考えがまとまらなかった。

 それでも兆しはあった。

 先ほどまではやけになったように全てを諦めてしまっていた竜馬。

 しかし、ここまで歩いて来たその時間が、そんな彼に落ち着きを取り戻させていたのだ。

 

(帰って…またあいつらと戦うのか…?)

「でも…………」

『…………なぁ…』



『お前は一体何のために戦っていたんだ?』



 口ごもる竜馬に対する何気ない質問。

 だがそれは、彼が心の奥深くに隠しこんで、忘れてしまっていたことを思いださせた。

 

「……………」

(そうだ…。俺は晴馬の仇をとるために戦っていたんだ…)

「なのに俺は…簡単に諦めて…」

『…ふぅ…』

 息を吐くような音が聞こえる。

 それは、安堵が漏れ出てきたようだった。



『お前はまだ死んでいない。ここから帰れば再びあの化け物と戦うことになるだろう……。それでも大丈夫だな?』

「ああ…もう大丈夫だ!」

 竜馬の声が強さを持った。

 もちろん声だけでなく、その動作や感情にさえエネルギーが溢れ出ているようだ。

 そのエネルギーが伝播したように、彼の周りの靄が輝きだす。

 純白のそれが吹き飛ばされて、黄金の光が満ちる。

 ふわりという、体が宙に浮くような感覚。

 その果てに、竜馬は現実に引き戻された。



「……ん」

 目を覚ます竜馬。

 寝ていたというよりは、別の世界からこちらに帰って来たように感じられて、目の前に見える現実をあまり理解できていない。

 その現実とは―


「…え?」

「竜馬!」

「大丈夫か⁉」


 ―ここにいるはずもない親友二人の顔だった。




 時を遡ること十数分。

 竜馬は宙を舞い、地に伏せた。


「おイ…」

「動かなイぞ?」

「死ンだか?」

 三体の化け物が歩み寄る。

 工場内が先ほどまでよりも明るくなってきた。

 雨が止み始め、空が明るさを持ち始めてきたのだ。


 うつ伏せに倒れている竜馬はピクリとも動かない。

 化け物たちは竜馬を円形に取り囲む。

 その位置は意図せず、竜馬がこの工場に入って来た時と同じに戻っていた。

 

「何ダ…」

「この程ドか…」

「口ほどにもナい…ん?」


 倒れている竜馬に近づいた時、黄色い目の化け物が何かに気付いた。

「お前ら、そいつ生きテるぞ!」

「何ッ⁉」

「………気がつかなかっタな…」


 竜馬はボソボソと何かを呟いていた。

 その声はごく小さいもので、内容などは全く聞き取れない。

 だがしかし、その口は確実に言葉を発していた。


「……………」

「……………」

「……………」


 普通に考えておかしい。

 こんな状況なら、何かを話すことよりも先にまず逃げようとするはずだ。

 気を失っているならまだしも、言葉を発しているのでそうではない。


 そう。

 通常時ならおかしいのだ。


「まあ、気でも狂ったんだロ?」

「気の毒だが…我々の使命を果たすたメだ」

「これが戦いなンだよ」


 だが、戦場ではそうはいかない。

 戦いという極限の中で戦士たちは…。

 時に狂い、時に壊れ。


 ()はそんな世界を知っていた。



「よし…とどめを差そうカ」

 青い目の化け物の手が迫る。

 と、ほぼほぼ同時に二つの手が竜馬に触れかけた。

「……………」

「……………」

「……………」

 三体の化け物は互いに目を見合わせた。

 一瞬で状況を判断し、また一瞬で行動を開始させた化け物たちは、竜馬を捨て置き、三体が向かい合った。


「……………」

「……………」

「……………」


 黙り込むこと数秒。

 三体が同時に動いた。


 キィンという金属音がいくつも重なる。

 交わった剣の数は三本。

 しかし、重なった音の数はそれ以上だった。

 つまり交差するその一瞬で、何度も剣が振るわれていたのだ。


 突然味方同士で戦い始めた化け物たち。

 状況から考えて、誰が竜馬に止めを差すのかを決めているのだろうか。

 そちらに夢中なのか、化け物たちの意識は完全に竜馬から切り離されていた。

 

 

さらに剣をぶつけあう化け物たち。

 竜馬に対しては殺さず痛めつけるために振るわれなかった剣が、縦横無尽に振るわれる。

 そして、その度に甲高い金属音が鳴り響く。

 最早、その廃工場内に静寂はない。

 聞きようによっては、大戦中の今だに工場が稼働していた頃と相違ないほどの大音量がこだましていた。

 

 …が。


 そんな中でも竜馬は目を覚まさなかった。




「ぐッ…」

 先ほどまでの鋭い音とは違う三つの鈍い音がして、三体の化け物の右手の剣が砕けた。


 何度も何度もぶつかり合った三本の剣。

 それらは互いに削りあい、消耗し合い…そして同時に限界を迎えた。

 何度目かの衝突で三本の剣は、程度は違えど全て壊れてしまったのだ。

「くソっ!」

「まさか砕けルとは…」

 苛立ちや驚きの声をあげる化け物たち。

 とは言っても、やはりその言葉はどこか薄っぺらい。

 感情がほとんど感じられない言葉だった。


「流石にそろそろ目を覚ますダろ…ん?」

 一番耳が良いのか、またまた黄色い目の化け物が何かを聞いた。

「何だ………この音ハ?」

「誰かの足音…ダろ?」


 

 そう、足音。

 誰かがこの工場の敷地内へと入って来ていた。

 その足音は二つ。

 ゆっくりと慎重に進むものと、乱暴にただひたすら前進するもの。

 確かなそれが近づいて来ていた。


「いや、そんなはずはなイ…」

「この馬鹿な子供一人はまだシも…」

「こんな場所にわざわざやって来る人間がいルのか?」

 打ち合わせでもしたように、三体の化け物の声が連なる。

 その三体が見つめる先。

 工場の入り口である、立て付けの悪い扉がゆっくりと開き、


 二人の少年が姿を現した。



「「っ………⁉」」

 工場内に入って来た二人の少年は、入り口付近で倒れている竜馬の姿を見つけると、すぐさま駆け寄った。

 その時、

「……ん?」

 地面に倒れこんでいた竜馬の目がうっすらと開いた。

「…え?」

「竜馬!」

「大丈夫か⁉」

 瞬間的に目が合った三人。

 夢から現に引き戻されたような竜馬が真っ先に抱いたのは、驚きの感情だった。

「ちょ⁉拓摩、航輔!何でここにいるんだよ⁉」

「何でって…お前を助けに来たんだよ」

 うんうんと、航輔もまた拓摩の言葉に同意する。

「いや、さすがに危ないって…」

「大丈夫。あの怪しすぎる黒い人に、色々教えてもらったからな」

 そう言うと拓摩は立ち上がり、先に一歩前に出ていた航輔の横に並んだ。

「それって…」

 怪しすぎる黒い人と言ったら、竜馬にはもうあの黒いローブの男しか思い浮かばなかった。


「航輔」

「おう!」

 二人は目配せをするとそのまま瞳を閉じた。


 突然風が巻き起こる。

 見えない何かが拓摩、そして航輔の周囲を回る。

 それらは全て彼らの手に集まり…


「「おおっ‼」」

 武器になった。




 拓摩は二本の短剣だった。

 白銀の刀身に、祭祀用のような色とりどりの飾り付けがされている。

 だがそれは見た目だけ。

 剣を振るうのに邪魔にならないようになっているし、鋭く光る刃は実に切れ味鋭そうだ。

 

 航輔は逆に巨大な一本の大剣であった。

 まるで大地の力強さでも表すかのような赤銅色。

 持ち手の部分には鎖が巻かれたような作りになっている。

 こちらは刃の鋭さというよりは、剣本体の重さで叩き斬るような感じだろうか。


「凄い…本当に出来た…」

「めっちゃかっこいいな‼」

 二人は突然現れ出た自らの武器を、様々な角度から眺めていた。

 更に後ろを二人同時に振り向くと、

「竜馬!これでお前と同じ場所に立てたぞ!」

「もう足手まといにはならないぜっ!」


 そう、満面の笑みを見せながら言った。



 竜馬はゆっくりと立ち上がる。

 文句だとか何だとか、言いたいことは色々あったが。

 聞きたいことだって色々あったが。

  

 今はとりあえず戦おう。

 目の前に立ちふさがるものと。

 一人では無理だったが、三人でなら。


「ふぅ……」

 息を軽く吐いて、集中し直す。

 一度は消えていた黄金の剣を、再び現す。


 

 化け物たちは先ほどからずっと沈黙を保っていた。

 今も同じ。

 ただ僅かに体重が前に傾いて来ている。


 それを敏感に感じ取った竜馬達は、足に力を込めた。


 そしてそれらが限界を迎えた、その瞬間…



ドンッ‼


 三人と三体は強く地面を蹴った。 


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