第三章 織田奇巧
前回のあらすじ
三成は、織田奇巧と斎藤玄巧という二人の謎の男を知った。
奇巧には織田家の血を思わせる噂があり、三成は彼の正体を追い始める。
一方、玄巧は誰からも注目されていなかった。
三成が奇巧と初めて会ったのは、夕暮れ時だった。
寺の境内。
人の少ない場所だった。
奇巧は一本の木の下に立っていた。
「織田奇巧」
三成が声をかける。
男は振り返った。
若い。
だが、その目だけは妙に古かった。
「石田三成殿ですね」
「私を知っているのか」
「有名ですから」
「お前のほうが有名になりそうだ」
奇巧が笑う。
「なぜです?」
「織田という姓を名乗っている」
「織田の名など、今では珍しくもないでしょう」
「そうかな」
三成は一歩近づいた。
「信長公に会ったことはあるか?」
その瞬間。
奇巧の表情が、ほんのわずかに変わった。
だが、それだけだった。
「死んだ人間に会ったかどうかなど、証明できません」
「答えになっていない」
「だから面白いのです」
「何が?」
奇巧は三成を見た。
「歴史ですよ」
風が吹いた。
木の葉が一枚、二人の間に落ちる。
「死んだ人間は、自分が何者だったのか説明できない」
三成は黙った。
「だから、生きている人間が勝手に物語を作る」
奇巧は続けた。
「英雄だった。悪人だった。忠臣だった。裏切り者だった」
「お前は何を言っている?」
「あなたは、記録を信じすぎている」
三成の目が鋭くなる。
「では、記録以外に何を信じろという?」
奇巧は答えなかった。
ただ、意味ありげに笑った。
その瞬間、三成の中で一つの疑念が生まれた。
――この男は、信長を知っている。
いや。
それだけではない。
――信長の血を引いているのではないか。
三成はその日から、奇巧を調べ始めた。
家系。
出生。
幼少期。
関係者。
しかし、調べれば調べるほど奇妙だった。
記録がない。
まるで誰かが意図的に消したように。
三成は知らなかった。
自分が追っているその男こそ――
「追わせるために置かれた駒」かもしれないということを。
そしてその頃。
三成が奇巧の背中を追っている間に。
斎藤玄巧は、別の男を見ていた。
小早川秀秋。
その心の中にある、ほんの小さな迷いを。
玄巧は、それを見逃さなかった。




