第2話 残るもの
── 消えたはずのものが、消えない。
イレーネは、
それを振り返らない。
だが、
消えていないことだけが、
残っている。
森を抜ける。
風が変わる。
流れる。
引っかかりはない。
葉が揺れる。
音も揃う。
遅れはない。
ずれもない。
すべてが、
同じ順序で、
同時に成立している。
イレーネは歩く。
歩幅は同じ。
呼吸も同じ。
乱れない。
崩れない。
変わらない。
そう見える。
そうなっている。
だが、
一つだけ残る。
あの位置。
あの距離。
動かなかった存在。
思い出そうとする。
像を結ぼうとする。
だが、
定まらない。
顔も、
輪郭も、
結ばれない。
保持できない。
崩れる。
だが、
姿勢だけが残る。
向いていた方向。
動かなかったこと。
それだけが、
消えない。
イレーネは歩き続ける。
振り返らない。
振り返る理由がない。
確認する必要がない。
もう、
そこにはいない。
そうなっている。
だが、
消えているはずのものが、
消えていない。
足の裏から、
一度だけ消えた感触。
残っている。
残ったまま、
消えている。
その差だけが、
残る。
一致しない。
一致しないまま、
続く。
視界が開ける。
森の縁。
石の壁。
整えられた道。
人の領域。
空気が整う。
均される。
乱れがない。
すべてが、
正しい位置にある。
風も、
音も、
距離も。
揃っている。
遅れがない。
順序が崩れない。
反応に差がない。
完全に重なる。
イレーネは足を止める。
一瞬。
その場に置く。
測る。
問題はない。
均衡は保たれている。
異常はない。
そう成立している。
だが――
揃いすぎている。
途切れがない。
間がない。
すべてが、
同時に繋がり続けている。
呼吸も、
風も、
音も、
切れない。
続く。
続きすぎている。
その状態。
森の中で触れたものと、
同じ。
同じで、
同じではない。
揃っている。
だが、
揃っていない。
「……」
言葉にはしない。
まだ、
確定していない。
イレーネは歩き出す。
石畳の上を進む。
音は出ない。
出ても残らない。
残っていない。
人々は気づかない。
誰も逸脱しない。
乱れもない。
揃っている。
だから、
残らない。
だが、
残っている。
森の中。
あの位置。
あの存在。
ここにはない。
存在しない。
一致しない。
だから、
消えない。
イレーネは止まらない。
理解しない。
決めない。
そのまま、
進む。
理由はない。
だが、
確定している。
消えていない。
それだけが、
残る。
空は高い。
風は整う。
流れは一定。
世界は動いている。
そのまま。
その中で、
わずかに、
呼吸がずれる。
吸う前に、
止まる。
一拍。
遅れる。
戻る。
揃う。
だが、
消えない。
同じだった。
森の中と。
同じ位置で、
同じ形で、
現れる。
イレーネは歩く。
止まらない。
確かめない。
だが、
外さない。
原因は、
まだ、
ここにある。
消えていない。
離れていない。
動いていない。
位置だけが残る。
変わらない。
そのまま、
続いている。
終わっていない。




