第1話 出会い
── まだ、何も始まっていない。
だが、
何も起きていないわけではない。
音が、
わずかに遅れる。
イレーネは、
それに気づいていない。
風が通る。
葉が揺れる。
動きと音が、
重ならない。
一拍。
遅れて届く。
小さい。
だが、
揃っていない。
それでも、
自然に見える。
違和は、
まだ形を持たない。
イレーネは歩く。
足音は小さい。
踏んでいる。
だが、
残らない。
残っていない。
ただ、
そうなっている。
その状態が、
続いている。
森は静かだ。
鳥の声。
枝の音。
どちらもある。
だが、
ここには届いていない。
一枚、
ずれている。
重なっていない。
イレーネは立ち止まる。
理由はない。
必要もない。
だが、
止まる。
違和感がある。
だが、
まだ確定していない。
視線を上げる。
前方。
木々の隙間。
人がいる。
動いていない。
立っている。
風に、
揺れない。
距離はある。
遠くはない。
声は届く。
だが、
出さない。
理由がない。
相手も動かない。
向いている。
それだけが分かる。
敵意はない。
警戒もない。
そこにあるのは、
判断の前。
イレーネは、
一歩進む。
距離が縮まる。
空気は変わらない。
乱れない。
相手は動かない。
固定されている。
そう見える。
そう見えている。
イレーネは、
もう一歩進む。
輪郭がはっきりする。
剣を持っている。
刃は、地面に触れている。
構えていない。
握っているだけだ。
力は入っていない。
だが、
離れない。
離れる気配がない。
「……」
言葉は出ない。
まだ、
何も始まっていない。
相手の呼吸は、
見えない。
だが、
止まっていない。
乱れていない。
整っている。
それだけが分かる。
それだけしか、
分からない。
イレーネは止まる。
これ以上は近づかない。
その距離が、
この場を決める。
境になる。
やがて、
相手がわずかに動く。
重心が、
移る。
それだけ。
だが、
十分だった。
認識した。
それが確定する。
「……通る」
言葉が、
少しだけ遅れて届く。
届いたあとで、
意味になる。
それは、
すぐには固定されない。
わずかに遅れて、
形を持つ。
相手は、
すぐには答えない。
一拍。
わずかに遅れて、
口を開く。
「問題はない」
低い声。
揺れはない。
意味だけが残る。
それで十分だった。
それ以上は、
必要とされていない。
イレーネは踏み出す。
横を通る。
距離が最も近くなる。
触れない。
その瞬間。
一度だけ、
足の裏から感触が消える。
踏んでいるはずの地面が、
一瞬だけ、
そこに存在しない。
次の瞬間には戻る。
だが、
戻ったことだけが分かり、
何が失われたのかは分からない。
分からないまま、
進んでいる。
それは、
確定しない。
認識だけが、
残る。
イレーネは振り返らない。
そのまま進む。
森の奥へ。
後ろの気配は、
変わらない。
ただ、
そこにある。
そこにあり続けている。
変化はない。
だが、
消えてもいない。
イレーネは止まらない。
理由はない。
だが、
戻る必要がない。
それだけが、
確定している。
風は揺れる。
同じように。
同じ強さで。
だが、
わずかに、
引っかかる。
引っかかったまま、
流れている。
完全には、
戻っていない。
森は静かだ。
変わらない。
だが、
何かが始まっている。
まだ、
形はない。
それでも、
確かに。
消えない。
消えていない。
続いている。




