第一話 働かないと
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
旅に出て三日目。
ライトは限界だった。
「お腹空いた……」
お腹が鳴った。
ぐううううううう。
とても大きな音だった。
周囲に誰もいなかったのが救いである。
ライトは空を見上げた。
「旅って、思ったよりお腹が空くんだな」
出発したときは違った。
失恋の勢いがあった。
家出直後の決意もあった。
俺は一人で生きていくんだ。
そんな覚悟もあった。
しかし。
腹は減る。
覚悟では腹は膨れない。
世の中は厳しかった。
◇
ライトは森を抜ける。
すると。
「おお……」
思わず声が漏れた。
遠くに町が見えた。
石の壁。
立派な門。
たくさんの人。
荷馬車。
商人。
冒険者らしい剣を持った人たち。
村しか知らないライトにとって、初めて見る本物の町だった。
「大きい……」
村の何十倍あるのだろう。
分からない。
とにかく大きかった。
ライトは少しだけ不安になった。
知らない場所。
知らない人。
知らない生活。
でも。
今さら帰れない。
帰ったら父親に怒られる。
母親に泣かれる。
そして村中に見られる。
『既婚者に求婚して家出した子』
終わりだった。
社会的に終わりだった。
「やっぱり帰れない」
ライトは真剣な顔で頷いた。
◇
門番は意外と優しかった。
「一人か?」
「はい」
「家族は?」
「います」
「一人で来たのか?」
「はい」
嘘はついてない。
家出だけど。
帰る気はない。
門番は少し困った顔をした。
「大丈夫か?」
「多分」
「多分か……」
信用できない返事だった。
だが止められなかった。
荷物も少ない。
武器もない。
見た目は普通の子供。
危険人物には見えない。
「変なことするなよ」
「しません」
「そうか」
門番は通してくれた。
ライトは人生初の町へ足を踏み入れる。
◇
町は凄かった。
本当に凄かった。
驚くものしかない。
「店だ……」
当たり前である。
店である。
しかし村に店は一軒しかなかった。
だから感動した。
「パン屋だ……」
パンのいい匂いがした。
お腹が鳴った。
「肉屋だ……」
肉の匂いがした。
お腹が鳴った。
「食堂だ……」
スープの匂いがした。
お腹が鳴った。
もうずっと鳴っていた。
ライトは財布を取り出した。
中身を見る。
銅貨三枚。
以上。
「……」
現実だった。
旅立つ前に貯めていたお小遣い。
これが全財産だった。
家から持ってきたパンは初日でなくなった。
お腹が空く。
思った以上に空く。
この三枚がなくなれば終わる。
「働かないと」
そう言った。
初めてだった。
家では手伝いをしていた。
畑仕事もした。
薪割りもした。
けれど。
自分が生きるために働くのは初めてだった。
◇
ライトは通りを歩く。
そして。
一人のおじさんを捕まえた。
「あの」
「ん?」
「働ける場所ってありますか?」
おじさんはライトを見た。
十歳くらい。
荷物少ない。
少し痩せている。
事情ありだな。
一瞬で察した。
「家出か?」
「違います」
「そうか」
家出である。
だがおじさんは深追いしなかった。
「働きたいなら冒険者ギルドだな」
「冒険者ギルド?」
「依頼を受けて金を稼ぐ場所だ」
依頼。
その言葉は分かる。
村でも頼まれ事はあった。
畑。
荷物運び。
草刈り。
「依頼をやると、お金がもらえるんですか?」
「そうだ」
「なるほど」
ライトは真面目に頷いた。
「ありがたい組織ですね」
「まあそうかもしれん」
おじさんは少し笑った。
◇
冒険者ギルドは大きな建物だった。
看板が出ている。
剣と盾の絵。
「ここか」
ライトは見上げた。
少し緊張した。
中から怒鳴り声が聞こえる。
笑い声も聞こえる。
酒の匂いもする。
怖そうな人もいる。
帰ろうかなと思った。
少しだけ。
本当に少しだけ。
だが。
お腹が鳴った。
ぐううううう。
「……」
帰れなかった。
食べないと生きられない。
生きるためには働くしかない。
「よし」
ライトは深呼吸した。
そして扉を押す。
重い扉が開いた。
賑やかな空気があふれ出す。
冒険者たち。
受付。
掲示板。
見たこともない世界。
ライトは一歩中へ入った。
その時、突然。
”《歩行 Lv1》を獲得しました”
頭の中に声が響いた。
「ん?なんだ?」
ライトは突然のことに、聞き逃した。
「なんかさっきより足が軽い気がする」
その程度だった。
「まぁ、いいか。それより依頼だ」
ライトの頭の中では完全に依頼だった。
そして少年は。
冒険者ギルドの受付へ向かう。
生きるための最初の一歩を踏み出すために。
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