プロローグ 俺は一人で生きていくんだ!
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ライトが十歳のとき、
それは運命の出会いだった。
春の日。
村の広場に一台の荷馬車が止まっていた。
新しく越してきた家族らしい。
子供たちが遠巻きに眺めている中、
ライトもその輪の中にいた。
そして見た。
長い耳。
柔らかな金髪。
穏やかな笑顔。
とても、とても可愛らしい女の子だった。
その瞬間、ライトの心は決まった。
「綺麗だ……」
十歳。
それは、初恋だった。
◇
その日の夜、ライトは眠れなかった。
あの笑顔が頭から離れない。
寝返りを打つ。
また寝返りを打つ。
さらに寝返りを打つ。
父親がうるさそうに言った。
「寝ろ」
「無理」
「なんでだ」
「色々」
「十歳が色々言うな」
◇
翌日。
ライトは偶然を装って村を歩いた。
もちろん偶然ではない。
完全に探していた。
あの子を。
そして見つけた。
井戸の近く。
女の子が水を汲んでいる。
心臓が跳ねた。
今だと思った。
自分にとって人生で一番大事な瞬間だと思った。
ライトは走った。
全力で。
女の子が振り返る。
「あら?」
ライトは立ち止まり、
深呼吸した。
そして人生初の告白をした。
「好きです!」
女性が固まる。
ライトは続けた。
勢いは止まらない。
「結婚してください!」
村が静まり返った。
鳥の鳴き声まで止まった気がした。
女性は目をぱちぱちさせる。
「えっと……」
そして。
後ろから男が現れた。
「どうした?愛しの妻よ」
女性の隣に立つ。
自然だった。
夫だった。
ライトの頭が真っ白になる。
さらに。
女の子のお母親だと思っていた女性まで出てきた。
「おかあさん?」
娘だった。
女の子だと思っていた。
違った。
女性だった。
しかも既婚者だった。
夫もいた。
娘もいた。
全部いた。
完璧だった。
完璧に負けた。
女の子だと思っていた
困ったように笑った。
「ごめんなさいね」
優しかった。
本当に優しかった。
だから余計につらかった。
何かを言おうとして。
咄嗟に出たのは。
「あの……背が」
女性は悲しそうに顔を伏せる。
「私、ハーフエルフで中々大きくなれないの」
いたたまれなかった。
ライトは無言で帰宅した。
◇
夕飯。
いつもならよく喋る。
だが今日は違った。
静かだった。
恐ろしいほど静かだった。
父親が箸を止める。
「どうした?」
「別に」
母親も聞いてきた。
「何かあった?」
「別に」
二人は顔を見合わせた。
何かあった。
間違いなくあった。
◇
翌日。
噂はすでに村中を駆け巡っていた。
村は狭い。
情報が早い。
早すぎる。
畑仕事をしていた父親のもとに隣のおじさんが来た。
「聞いたぞ」
父親は嫌な予感がした。
「何をだ」
「お前の息子」
嫌な予感が強くなった。
「越してきた奥さんに求婚したらしいな」
父親は天を仰いだ。
「しかも旦那さんと娘さんの前で」
さらに天を仰いだ。
「男だな」
「やめてくれ」
父親は真顔で言った。
◇
帰宅後。
父親はライトを呼んだ。
「ちょっと来い」
ライトが来た。
「昨日、何した」
「別に」
「嘘をつくな」
「別に」
母親が横から聞いた。
「好きな人に振られた?」
ライトが固まった。
完全に固まった。
父親が母親を見る。
母親が父親を見る。
そして同時に言った。
「図星だ」
そこからが地獄だった。
「その……なんだ」
「……」
「次がある」
「終わった」
「終わってない」
「終わった」
「まだ十歳だぞ」
「関係ない」
「そうかなぁ!?」
母親が隣に座った。
「ライト」
「……」
「失恋くらいで人生終わらないわよ」
「終わる」
「終わらない」
「終わる」
「終わらない」
「終わる」
「面倒くさいわねこの子」
父親が助け船を出そうとする。
「父親も昔は」
母親が即座に遮った。
「あなた振られたことないでしょ
「ない」
「黙ってて」
「はい」
家の空気がいたたまれなかった。
父親も。
母親も。
どう慰めればいいのか分からない。
十歳の初恋。
十歳の失恋。
思った以上に重症だった。
◇
夜。
父親が小声で言った。
「見張った方がいいか?」
母親も小声で返す。
「さすがに家出まではしないでしょ」
「でも目が死んでたぞ」
「死んでたわね……」
「初恋だったんだな」
「初恋だったのね……」
二人は少しだけ息子に同情した。
◇
翌朝。
ライトはいなかった。
机の上に紙が一枚。
母親が拾う。
読んだ。
固まった。
父親に渡した。
父親も読んだ。
固まった。
紙にはこう書かれていた。
~~~~~~~~
旅に出ます
ライト
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十秒。
二十秒。
三十秒。
沈黙。
そして。
父親が叫んだ。
「バカヤロー!!!!!」
村中に響いた。
母親も叫ぶ。
「だから目が死んでたのよ!!」
「失恋で家出するか普通!?」
「したじゃない!」
「したな!!」
後の祭りである。
◇
ライトは村の外を歩いていた。
朝日が眩しかった。
少しだけ泣きそうだった。
でも泣かなかった。
男だから。
十歳だが。
後ろを振り返る。
生まれ育った村が見える。
胸が少し痛んだ。
けれど足は止まらない。
その時。
パチッ。
何かが弾けるような音がした。
その瞬間。
胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「ん?」
ライトは後ろを振り返る。
しかし何もない。
「なんだ?」
首を傾げる。
だが変わった様子はない。
「まぁ、いいか」
ライトは再び歩き出した。
もう帰れない。
失恋したからではない。
求婚した翌日に家族総出で慰められたからだ。
あの空気には耐えられなかった。
ライトは歩き出した。
旅たちの理由。
それはライトにとって。
大失恋だった。
「ぐすっ……俺は一人で生きていくんだ!」
魂から叫び。
ライトは一人。
世界へ旅立つのであった。
お読み頂き、ありがとうございます。




