一削り
視点:ベルタ
旋盤初挑戦!何度もバイトを砕くが集中力を発揮してやり切る。
「さあベルタ! いよいよは、これを使って実際に木を削り出してみよう!」
そう言って、ご機嫌なおにいさんは楽しそうに説明しながら、丸棒についた大きなコマを回し始めた。
特に音をたてることもなくコマが回り始めると、丸棒の先の木片もいっしょに勢いよく回転し始めた。
最初は、手斧で大雑把に整えただけの形をしているから、回るたびにゆらゆらして目が回りそうになる。
おにいさんは空いている手で、棒と燧石を組んだ手持ちの刃をしっかりと握り締め、ぐらぐらまわる木片へとそっと近づけた。
ガリッ! ガリッ!
小さな削り音と一緒に、小さな木の屑がパラパラと飛んできた。
「うわっ」
おにいさんは腕にぐっと力を込めて、燧石の刃先を慎重に木に押し当てていく。
ガリガリ、ガリガリ、と削るたびに、飛び散る木の粉が部屋の中に香ばしい木の匂いを広げた。
最初はゴトゴトと暴れていた木肌の出っ張りが、少しずつ削り落とされていく。削れば削るほど、手元に伝わってくるガタガタという振動が小さくなって、回転する木がだんだんと綺麗な丸い形に近づいていった。
「あんなにごつごつしていた木が、丸くなってきた!」
「うーん、素晴らしい!」
おにいさんはにやにやしながらコマを回し続け、嬉しそうに胸を張った。
一通り形が整って綺麗な丸みが見えてくると、おにいさんはコマをゆっくりと止めた。
「さあ、次はベルタの番だ。俺がコマを回すからな。ベルタはこれを持って、実際に木を削ってみよう」
「えっ、わたしがやるの?」
わたしはびっくりして目を丸くした。
こんなに勢いよく回っている木に刃物を当てるなんて、なんだかちょっと怖そうだ。
「大丈夫です。刃物を支えるために、この刃物台を台座代わりに使うからな!これで安心して刃を当てられるな」
おにいさんは、わたしに刃物のついた棒を手渡してくれた。くるくる回っている木に刃物を当てることが怖いんだけどな。私ならこれで上手くできると信じ切っているのはなんでなんだ?
わたしはゴクリと唾を飲み込んで、刃物を両手でぎゅっと握り締めた。
台座の上に刃物を載せると、おにいさんがコマを勢いよく回し始める。
するするすると、特に音を立てずに回っている。
「いっけー!」
わたしは意を決して、回る木に向かって刃先を「えいっ」と押し当てた。
パキンッ!
「キャッ!?」
甲高い乾いた音が響いて、手に嫌な衝撃が抜けた。
わたしが驚いて手を引くと、バイトの先端についていたはずのフリントチップが、跡形もなく砕け散っていた。
足元を見ると、細かく割れた燧石の欠片がコロコロと転がっている。
「う、うわあぁぁっ! ごめん、おにいさん! 壊しちゃった!」
わたしは青くなって慌てふためいた。
おにいさんが作ってくれた大事な道具を、わたしが一瞬で壊してしまったのだと思ったからだ。
「いや、壊れるものだから仕方ないんだよ」
けれど、おにいさんは全然気にせずに新しい刃物を渡してくれた。
「燧石は硬いけど、すごく脆いからな。こうやってパキンと割れるのは仕方ない」
そう言って、おにいさんは足元に置いてあった小さな木箱の蓋を開けて見せた。
その箱の中には、研がれた燧石の刃や、それを固定した替えの刃物が、何本もずらりと並べられていた。
「壊れるのが当たり前の素材だから。予備をたくさん作ってあるからどんどんやろう」
わたしはホッと胸を撫でおろして、へたり込みそうになった。おにいさんは最初から割れることを見越して、たくさん準備してくれていたのだ。
「刃先を軽く滑らせてうすーく削ってくれ。さあ、もう一度」
新しい刃物を受け取ったわたしは、深呼吸を一つした。
壊れるのが当たり前なら、怖がる必要はない。
今度は木を叩くのではなく、そっと撫でるように……。
おにいさんが再びコマを回す。
わたしは台座に腕をしっかり固定して、そーっと、本当に優しく刃先を木肌に触れさせた。
シュルシュルシュル……!
「あ……っ!」
今度はパキンと割れずに、くるくると丸まった薄い木くずが、刃先から軽やかに舞い上がった。
手のひらに伝わってくるのは、木が削れていく心地よい振動と、柔らかな抵抗感だけだ。
おにいさんの声が耳に入ってきたけれど、わたしは返事をするのも忘れて、削り出されていく木肌に目を奪われた。
手元のほんのわずかな角度の違いで、削れる厚みが変わる。
削りすぎると刃が引っかかりそうになるし、弱すぎると削れない。
わたしは夢中になって刃先を見つめ、集中した。
シュルシュル……ガリッ……シュルシュル……。
気がつくと、部屋の中はおにいさんがコマを回す音と、わたしが木を削る音だけになっていた。
刃物は、途中でまた「パキン」と二回ほど割れてしまったけれど、わたしはもう慌てなかった。おにいさんから代わりを受け取ると、すぐに集中を取り戻して木に向き合った。
「ふう……っ!」
どのくらい時間が経っただろう。
おにいさんがコマを回す手を止めて私が削った木を見せてくれた。
そこに現れたのは、手斧で削った荒々しい木肌ではなく、丸く、滑らかな『木の椀の外側』の形だった。
手で触ってみると、まるで滑らかな革を触っているみたいにツルツルしている。
「できた……! おにいさん、見て! すごくきれいなお椀のかたちになったよ!」
わたしの手が木くずだらけになっているのも気にせず、叫ぶように喜んだ。
おにいさんは満足そうに頷いていた。
刃が割れたときはどうなるかと思ったけれど、諦めずに最後までやって本当によかった。
自分自身の手で丸い形を削り出した達成感で、わたしはずっとこの木の器の元を撫でまわしていた。
次回、木の器
【作中技術解説】
燧石チップバイトの切削特性と脆性破壊:金属製バイトが存在しない環境下では、超硬度を持つ燧石の石刃を刃物として利用します。燧石は木材を容易に削る高い摩耗耐性を誇りますが、靭性が皆無なため、回転するワークからの不均一な衝撃や過度な切削抵抗によって容易に脆性破壊を起こします。そのため、使い捨て前提の替え刃化と、衝撃を逃す浅い切り込み操作が必須となります。
手持ちバイトとツールレスト:刃物台で固定できない刃物を用いる木工旋盤において、回転するワークのすぐ近くに設置するガイド用の台座をつかいます。作業者はツールレストにバイトの軸を強く押し付け、支点として利用することで、人間の腕のビビリを抑え込み、手持ちでありながら安定して削り出すことが可能になります。
外形削りにおける慣性力と振動:手斧やナイフで粗く削っただけの不均一な木材は、回転軸の芯がずれているため、回転時に大きな遠心力と激しい偏心振動を発生させます。この段階でははずみ車の慣性力で回転を安定させつつ、刃先を接触・離脱させながら少しずつ突起部を削り落とす「断面真円化」のプロセスが必要であり、外形が丸くなるにつれて切削振動が激減し、円滑な連続切削へと移行します。




