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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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木の器

視点:木の器

いつかおにいさんがやっていた方法を思い出して内側を彫ることに成功する。

わたしはお椀の外側を削り出した。そう、わたしが削ったのだ。とっても頑張った。

ツルツルに丸くなった木の塊は、いまも丸棒ににがっちりと繋がれたままだ。


わたしは内側も削ってやろうと刃物を握りお椀になる木の前に来た。それはもう今すぐにでも始めたい。

おにいさんはどうしようか考えているようだ。いつものさあやろうというにやけ顔ではなかったから、わたしも一度考えることにした。

外側は出っ張ったところをちょこっと削る、それを繰り返してなめらかな丸になった。内側はどうなるだろうか?出っ張ったところはどこにあるのか。


「おにいさん、内側ってこれで削れないね」


「よくわかったな。まだ一度も試してないのに」


おにいさんはできない事自体はどうでもよさそうだけど、わたしが気づいたことを本当に驚いていた。

そこまで驚くことはないと思う。木の外側を削るのと木に穴をあけるのは随分と違うのは生活の中でよくわかっている。


「けどやってみるか。もしかしたらベルタならきれいに薄く削って中ぐりできるかもしれないな」


するするとおにいさんがコマを勢いよく回すと、お椀の木が滑らかな円を描いて回り始める。

わたしは息を呑み、回転する木の端のその真ん中のあたりへ、刃先を触れるか触れないかくらいそぉっと押し当てた。


――パキンッ!


「ああっ!?」


甲高い乾いた音が響いて、手に痺れるような衝撃が走った。

わたしが慌てて手元を引き戻すと、先端についていたはずの透明感のある燧石の刃が、跡形もなく粉々に砕け散っていた。


「ほんのちょっと触っただけなのに!外側と全然違う」


おにいさんは腕組みをして、うーんと唸った。

わたしもうーんと唸った。もうこれは試さない。外側は薄く薄く当てたら削れる予感があるけど、内側は全くそんな気がしない。外側は削るのだとしたら内側は彫るとしか言いようがない。

わたしはお椀になりかけの木の塊を、じーっと見つめた。

木の内側を彫る、内側を彫る。


「……あ。焼けばいいのか」


わたしは思わず声を上げた。


「おにいさん、前に大きい木をくり抜いて『木臼』を作ってたとき、真ん中に炭を乗せて、フーフー火を吹いて焼き焦がしてから彫っていたからそうすればいいんだ」


おにいさんは目を見開いた。


「炭火を使った火入れか」


「そう! あのとき、焦げて真っ黒になったところを、ガリガリ削ったら、すごく簡単に深くなったじゃない! 最初から削ろうとするから割れるんだよ。一度これを取り外して、中を火で焼いて焦がしてから削ればいいんじゃないかな」


わたしが身振り手振りを交えて叫ぶと、おにいさんはひどく感心した顔になり、にやけることなくわたしを褒めてきた。


「素晴らしい。自分でボトルネックを見つけて対案まで出すとは」


まただ、最近おにいさんが話すとき魔法の言葉が混じるようになってきた。もしかしておにいさんがもともといた場所の言葉だろうか。けど今はそれを考える時じゃない。


おにいさんはすぐに丸棒の先から木の塊を取り外してくれた。

その後、かまどから真っ赤な小さめの炭を棒でつまみ出すと、木の塊の真ん中にチョンと乗せてくれた。


「さあベルタ、ニワトコの火吹き棒を使って、炭に息を吹きかけてみよう。お椀のフチまで燃えると穴があるから、真ん中だけやろう」


「うんっ! まかせて!」


わたしは細いニワトコの火吹き棒を口にくわえ、真ん中の赤い炭に向かって『フーッ、フーッ』と丁寧に息を吹きかけた。

シュウウ……と白い煙が立ち上り、香ばしい木の焦げる匂いが部屋の中に広がっていく。

炭の熱で、お椀の内側がじわじわと真っ黒に焦げていくのが見えた。お椀のフチの残したい部分には、おにいさんが濡らした布を巻いてくれたので、余計なところまで燃える心配はない。


十分に真ん中が真っ黒に焦げて凹んだところで、おにいさんは炭を取り除き、冷たい水を少し垂らして火を消した。

焦げた部分は、すっかりスカスカの真っ黒な炭になっている。


「これをもう一度回してみよう」


おにいさんが手際よくお椀を丸棒の先につけて、楔を叩き込んで固定してくれた。

するすると、コマを回してくれる。


わたしは新しく刃物を握り、おそるおそる黒く焦げた内側の中心へと刃先を当てた。


シュルシュル……ガリガリガリッ!


「あっ……削れる! 割れないよ!」


今度は「パキン」という嫌な音はしなかった!

火で焼かれてスカスカになった炭の層は、燧石の脆い刃先でも、まるで乾いた土を崩すみたいに、面白いくらいガリガリと削れて飛び散っていく!

黒い粉末と焦げた木くずが、ぼろぼろと飛び散る。


「焼いて削ってを数回繰り返せばできそうだな」


「うんっ! どんどんやろう!」


それからわたしとおにいさんは、息の合った連携作業を続けた。

丸棒から一度取り外して、炭を乗せて火吹き棒で『フーッ』と焼く。

焦げたら丸棒につけて、で黒い部分を『ガリガリ』と削り落とす。

焦げた部分を削り切ると、また硬い生の木肌が出てきて刃物が引っかかりそうになるけれど、そこで無理をしないで、すぐに外して再び炭で焼く。


一回で削れる深さはほんの少しずつだったけれど、焼いてと削ってを四回も繰り返すと、お椀の真ん中には、きれいな半球型の深い穴があいていた。


「ふう……! おにいさん、だいぶ深くなったよ! もう炭で焼かなくても大丈夫かな?」


「よく頑張ったな。 最後に仕上げの磨き作業をしよう」


おにいさんはそう言うと、削り屑を水で濡らしていた。


「えっ? これを使うの?」


仕上げは同じ木の粉でやるといいみたいだけど、よくわからないので実際にやってみることにした。確かに炭も混じっているから磨ける気がしてくる。

おにいさんに教わった通り、わたしは湿らせた削り屑を布でキュッと丸め、回転する木肌にぐっと押し当てた。

キュキュキュキュ……!

心地よい摩擦音と一緒に、木の表面がみるみるうちに滑らかになっていく。これはとてもいい。耳でも指先でも滑らかになっていくのがわかるんだから。


おにいさんがコマを止めて楔を抜いてわたしのお椀を渡してくれた。どこからどう見ても、完璧な形をした木の器だった。


「できた……! できたよ、おにいさん! わたしのお椀だ!」


わたしは完成した木の器を両手で包み込むように掲げた。

外側は滑らかな丸みをおびていて、内側はつるんと綺麗にくぼんでいる。手で触ってみると、湿らせた削り粉で磨いたおかげで、まるで赤ちゃんのほっぺみたいにすべすべしていた。


おにいさんは目を細めて、わたしのアタマを撫でてくれた。


わたしは自分自身の手で作り上げた温かい木の器を、胸にぎゅっと抱きしめた。

春から今までいろいろあったけど、ちょっとずつできることが増えている。


「そうだ、おにいさんの分のお椀も作ってあげるね」


「是非」


わたしはこのヘンテコなおにいさんと一緒に頑張っているのだと感じた。

次回、酸化重合 11/1更新予定


【作中技術解説】

燧石バイトによる内径切削の限界と脆性破壊:回転する工作物の外径を削る「外形削り」に比べ、工作物の端面から内部へと掘り進める「内径切削(中ぐり)」は、刃先が年輪に対して垂直・直角に衝突するため、極めて大きな切削抵抗が発生します。鉄や超硬合金のような靭性を持たない燧石のバイトは、この直角方向への曲げ応力に極めて弱く、刃先を当てた瞬間に一発で脆性破壊を起こして粉々に砕け散ります。


焼き彫り・火入れによる削り代の脆化処理:金属工具が乏しかった先史時代から中世初期にかけて、丸木舟や木臼、深鉢などの大型木製品をくり抜く際に汎用された伝統技術です。掘削したい部分に炭火を置き、息や火吹き棒で局所的に加熱することで、セルロースやリグニンといった木の構造組織を熱分解(炭化)させます。炭化した部分は著しく剪断強度が低下するため、脆い石器や薄いフリントバイトであっても容易に掻き出すことが可能となります。「加熱炭化→炭の除去→再加熱」を繰り返すことで、工具の損耗を最小限に抑えつつ深い中ぐり加工を実現します。


木粉と水による自己研磨仕上げ:旋盤加工の最終工程において、切削時に生じた微細な木粉に少量の水を含ませ、回転する工作物に強く押し当てる研磨手法です。濡れた木粉の微細なセルロース繊維が適度な摩擦材・研磨材として作用し、刃物の削り跡の微小な凹凸を滑らかに潰して平滑化させます。

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