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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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刃物台

視点:ベルタ

定盤にマスターバーを設置して刃物台を置くおにいさん。送りネジがないけどくるくる回して刃物台ごっこをする。

「ピヨピヨ……ピヨッ!」


藁の巣箱の中から、元気いっぱいの小さな声が合唱みたいに響いていた。


わたしはロケットマスヒーターの煙道が通る一番温かい特等席にしゃがみ込んで、巣箱の中を覗き込んだ。

そこには、黄色くてふわふわな毛玉たちが十匹、ひしめき合うようにして「ピヨピヨ」と動き回っている。


「ふふ、ついに全部生まれたね。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……よし、ちゃんと十匹いる!」


わたしは数を数えながら、指先で一匹ずつ順番に撫でてあげた。

一番最初に殻を破って出てきた「エインス」や「ツヴェ」に続いて、一昨日までに残りの卵も全部無事に孵化したのだ。


冬の前に生まれたひよこは寒さで死んじゃうことが多いけれど、この巣箱の中は春みたいにポカポカだ。

ずっと動かずに温めていた母鶏は凄い。お母さんは凄いのだ。


「せっかく十匹もそろったんだから、ちゃんとかっこいい名前をつけてあげなくちゃね」


わたしはひよこたちをよく見比べながら、名前を考えてみた。

おにいさんは見分けがつかないから名前を付けられないと言っていたけど、わたしは普通にわかる。

けどまあわかりやすい名前がいいよね。10番目のひよこをツェーンと名前を付け終える。ひよこたちは自分の名前がわかったみたいに「ピヨッ!」と可愛く鳴いた。


みんな黄色くて同じように見えても、毛の模様や性格は一匹ずつ全然違う。わたしが指を出すと、エインスとツヴェが嬉しそうに駆け寄ってきて、指先をくすぐったそうにつついてくる。


「ふふ、可愛いなあ。みんな元気に大きくなってね」


おにいさんに言われて二日くらいはこそこそと隠れて除くようにしてしたけど、もうひよこが母鶏をおかあさんだと覚えたから大丈夫だよと言われたのだ。

わたしがひよこたちと遊んで夢中になっている間も、お部屋の反対側からは「カチャン……コンコン……シュルシュル」という、木や石が触れ合う心地よい音がずっと響いていた。


おにいさんが、部屋の真ん中に据え付けられた定盤の前に立って、何やらにやにやしながら作業をしているのだ。


頑丈な台座の上に載せられた、ピカピカな石の板。おにいさんが「絶対にスープの土鍋を置いちゃダメ」と言っていた。おにいさんにしては珍しくいいよいいよと言わなかったので、わたしは無理にテーブルにしようとはしない。


わたしはひよこたちを巣箱に残してそっと立ち上がると、おにいさんの背中に近付いた。


おにいさんは手元に置いた木箱から、大事そうに何かを取り出している。

それは、真っ直ぐな丸棒と、なにやら重そうな木と焼き物を合わせた台だった。


おにいさんは汗を拭いながら、一人で嬉しそうに頷いている。


「おにいさん、それ……なにいじってるの? また新しいテーブル?」


わたしが後ろから声をかけると、おにいさんはすぅっと振り返った。それから、わたしが来たと分かると、いつもの自慢気な顔になって説明を始めた。


「ふふふ、ベルタ。よく聞いてくれた! これはテーブルではなくて手の代わりなんだよ」


「手?」


おにいさんは身振り手振りを交えて熱弁を振るい始めた。台を定盤と丸棒に沿わせて動かすからぴたりぴたりと場所を決められるらしい。


「へえ〜。すごいんだね」


相変わらずよく分からなかったけれど、とにかくこれがあると、すごく綺麗で真っ直ぐな棒や車輪が削れるようになるらしい。


おにいさんは嬉しそうに刃物を置くための台、刃物台の上の何かをくるくると回してみせた。どう見ても何もない。おにいさんは嬉しそうに燧石の刃を自分で押し出していた。


おにいさんはまるで宝物を見せるみたいに、刃物台を指差して胸を張った。


わたしはお腹の前で手を叩いて喜んだ。

おにいさんが作る道具はいつも変な形をしているけれど、出来上がったものはすごく役に立つからだ。


「もしかしもうこのくるくるは使えるようになったの?刃物がついたんだよね」


「くるくるは使えるけど刃物台は使えないぞ」


どういうことだろうか。あんなに嬉しそうに刃物台を定盤に載せて丸棒に沿わせて遊んでいたのに?何もない場所をくるくる回してから自分で燧石の刃物を前に出して遊んでいたのに?


「ん?もしかしておにいさん刃物台のここに何か付けてくるくるまわしたいの?」


「ベルタ、本当によくわかったな?どうなってるんだその洞察力」


何に驚いているのかわからないけど、どうやら、せっかくすごい台を作ったのに刃物を押し出せないから使えないらしい。


わたしはおにいさんの隣にしゃがみ込んで、その横顔を覗き込んだ。


「なんだあ。じゃあ、今日はまだ使えないんだね」


「そうだな。台はしばらく使えないな」


せっかくおにいさんが嬉しそうに作っていたのに、使えないなんてちょっとかわいそうだ。


わたしはうーん、と少し考えてから、おにいさんの袖をひっぱってみた。


「刃物台ごっこに付き合うからやってみようよ」


わたしはそう言って、定盤の上に載った刃物台の上に手を置いた。


おにいさんがさっきやって見せてくれたみたいに、刃物台を丸棒に沿って「すーっ」と手で滑らせてみた。


「ほら見て! ぜんぜんガタガタしないで、真っ直ぐ動くよ! すごいね!」


さらに、横についていない何かを、指先で「くるくる」と回してみせた。


「はい。これでちょっと刃物が動いたよ。 えいっ、削れた」


わたしが、気分だけ味わうみたいに刃物台を動かして「削るごっこ」をしてあげると、おにいさんは一瞬きょとんとした。


「何という見事な作業風景だ。オレはこの円盤を回す係をしようじゃないか」


「チャックなし!楔よし!芯押軸固定なし!バイト固定なし!手回し確認よし!」


おにいさんは膝を叩いて立ち上がると、本当に魔法の言葉を唱え始めた。今まで聞いたことがない言葉がすらすらと出てきて思わず顔を確認してしまう。何事もない顔をしたおにいさんは台の横にある円盤を回してくれた。そうしたら削る木片もくるくる回り始めた。


あれ、刃物台のくるくるする何かはないけど、燧石の刃物はあるし、おにいさんは手斧で粗く形は整えられる。もしかしてもう使えるのかこれ?


「おにいさん、もしかしてこのおっきいくるくるさんもう使えるようになったの?」


「うん、使える」


おにいさんは刃物台を丁寧に片付けながら答えた。

使えるのか!使えるのなら削ってみよう、とかならないんだ。木を削って何かを作るよりもこっちの台が真っ直ぐ動くのを見たかったのか。変!やっぱりすごく変なおにいさんだ。


「よし! 刃物台のごっこ遊びも満足しましたから俺にもひよこを見せてくれ」


「あ、エインスもツェーンももう寝ちゃったよー」


「どれがエインスでどれがツェーンだよ? 俺には全部ただの黄色い毛玉にしか見えん」


おにいさんは慌てて巣箱の方へ走っていって、またひよこたちの前で首をかしげて固まっていた。


わたしはおかしくなって「あはは!」と声をあげて笑った。


細かいこだわりと大雑把が一緒になっているおにいさんはいつみても面白いのだ。

次回、一削り


【作中技術解説】

刃物台の機構:旋盤において切削刃物を保持し、定盤やガイドレールに沿って高精度に移動させるためのユニットです。手持ち刃物での加工に比べ、切削抵抗による手ブレを完全に抑え込み、ミクロ単位の真円度や均一な平行度を持つ削り出しを可能にします。近代的な工作機械における自動送りや精密加工の根幹をなす機械要素です。


切り込み送りネジと微小変位制御:刃物台に組み込まれた送りネジは、回転運動を正確な直線運動へと変換します。ねじの溝の間隔を利用することで、手でネジをわずかに回すだけで、刃先を0.1mm〜0.01mm単位で正確に前進・後退させることができます。高度な測定器が少ない環境下でも、幾何学的な構造によって超精密な切り込み深さを再現できる利点があります。


切削工具の材質と機械的特性:旋盤加工において、刃物には被削材よりも圧倒的に高い硬度と、切削熱・耐衝撃性に耐える靭性が求められます。木工旋盤であっても、連続切削による摩擦熱と切削抵抗に耐えるため、適切な熱処理を施した高炭素鋼や鍛造鋼の刃物が不可欠となります。燧石の刃などの硬く脆い素材は固定の締め付け力や衝撃で破損するので、刃物台による強固な保持には鋼鉄製刃の確立が前提条件となります。

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