芯出し
視点:ベルタ
旋盤の主軸にワークを付けて芯出しを使用とハイトゲージを持ってくるおにいさん。何もかもがたがたなのでハイトゲージを定盤に置くだけで満足して針を当てようとはしない。
そんなおにいさんを放置して新しくうまれたひよこに名前をつける。
今日のおにいさんはいつにも増して楽しそうに怪しい作業に没頭していた。
定盤の上に据え付けられた重い台には丸棒が刺さっている。
これに木をくっつけるための筒と楔があるけどそれをこんこんと木づちで叩いていたのだ。
おにいさんは目の奥をギラギラと輝かせていた。
大きな薪の切れ端の木片がきちんと棒にくっついていて、それを手でくるくると回して見せた。
「へえー、すごいねえ」
だけど、おにいさんが木片を回すと、ヒュンヒュンと大きく上下に揺れていた。そもそも、薪の切れ端なんて元からボコボコで歪な形をしているのだから、回せば揺れるのは当たり前である。
それなのに、おにいさんは定盤の上に、高さを計るための道具を重々しく置いた。
「うむ、やはり手作りの筒と楔では無理があるよな。けど高さを計る針をあてると」
おにいさんは燧石の針の先端を、くるくる回る薪に近づけた。
けど近づけただけだった。薪の表面がボコボコすぎて、針が当たったら多分いっぱつで折れちゃうと思う。
わたしは思わずくすっと笑いそうになった。
高さを計るやつを使いたいけど使わないおにいさんが面白くて仕方がない。丸い棒を作る時はあてがっていたので丸くなってから使うのだろう。この薪相手だと全然使う意味がないじゃないか。
だけど、おにいさんはちっとも落ち込んでいなかった。むしろ勘でやるしかないな、などと嬉しそうに呟いている。
おにいさんは炭の粉を混ぜた黒を薪の端面に塗って、小さな針でつついて印をつけ始めた。
木槌で楔を少し叩いては、薪を手で回してじっと見つめ、またトントンと叩く。
その作業があまりにも楽しそうで、見ているこっちまでなんだかわくわくしてくる。
おにいさんは完全に自分の世界に入り込んでいて、わたしのことなんて全く目に入っていないようだった。
「よしよし、おにいさんが楽しそうだから話は適当に聞き流して、放置しておこうっと」
わたしは足音を立てないようにそっと立ち上がると、お部屋の奥へと移動した。
煙道が通る、一番ほんのりと温もりが伝わる特等席。そこに置いた大きな藁の巣箱の中に、わたしの大事な宝物が隠されている。
「……ピヨッ」
小さな、本当にかすかな声が聞こえた。
わたしは胸を躍らせながら、巣箱の藁をそっとめくった。
一箱の中で大事に温められていた卵から、昨日から今日にかけて、元気なひよこたちが次々と殻を破って生まれてきているのだ。
ふわふわの黄色い毛に包まれた小さな体。
わたしがこそこそとひよこに見られないように様子を見ていると、一匹のひよこが「ピヨピヨ!」と黄色いくちばしを開けて鳴いた。
「ふふ、可愛い……。君は、右の羽の先にちょっとだけ黒い毛が混ざっているから『アヒト』だね。名前は色関係なかったね」
わたしはひよこに手を出したりはせずに眺めるだけだ。
その隣で、他の子より少し大きめで、元気に藁を突っついている子がいる。
「君は一番最初に生まれたから『エインス』。あっちのお尻の毛がちょっと跳ねてる子は『ジブ』で、お腹の毛がすごく白くてふんわりしてる子が『フィム』……」
わたしは生まれたばかりのひよこたちを指折り数えて、一匹ずつ名前をつけてあげた。
みんな黄色くて同じように見えても、よく見ると顔の形も、鳴き声の高さも、羽の模様も全然違うのだ。
わたしがひよこたちと戯れて夢中になっている間も、部屋の反対側からは「トントン……シュルシュル……」という心地よい木槌の音と軸が回る音が響いていた。
「よし! 完璧だ! これで削ってけるだろう」
おにいさんが満足気な声を上げて、パンパンと粉を払った。
高さを計るやつを用意しただけのごっこ遊びに満足したらしい。おにいさんは汗を拭いながら、誇らしげにこちらを振り返った。
「ベルタ、これで削り始められそうだ」
「わあ、すごいねおにいさん! とっても真っ直ぐ回ってるよ!」
わたしは手を叩いておにいさんを褒めてあげた。
おにいさんは「ふふん」と鼻が高そうだったけれど、ふとわたしが座り込んでいる巣箱の前に目を留めた。
「おや。だいぶ孵化したな。何羽ふかしんだろうな?まだ雌鶏は卵を抱いているかわからんな」
おにいさんが嬉しそうに近づいてきて、巣箱の中のひよこたちを慎重に覗き込んだ。
「四匹生まれたんだよ、それぞれちゃんと名前があるんだよ」
わたしは誇らしげに胸を張って、巣箱の中を指差した。
「この右の羽に黒い点があるのが『アヒト』でしょ。あっちの体が大きくて食いしん坊なのが『エインス』。お尻の毛が跳ねてるのが『ジブ』で、一番お腹が白いのが『フィム』だよ!」
わたしが一息に説明すると、おにいさんは一瞬きょとんとして、それから瞬きをしていた。
おにいさんは屈み込んで、じーっと四匹のひよこたちを見つめた。
四匹は藁の上で重なり合うように「ピヨピヨ」と動き回っている。
「え……? ベルタ、ちょっと、どういうことだ?」
おにいさんの声が、急に裏返った。
「なに? おにいさん」
「嘘だろ? 生まれたばかりで全身が黄色いひよこなんだ。 個体識別ができるわけがないよな?あれ?」
おにいさんは信じられないものを見るような目で、ひよことわたしを交互に見比べた。
「ほんとだよ! ほら、いまエインスがジブのお尻を突っついたでしょ? アヒトちゃんはフィムのお腹に顔を埋めて寝ようとしてるし!」
わたしが指を指すと、ひよこたちはまさにその通りの動きをした。
おにいさんは口をぐうの音も出ないほど開けたまま、固まってしまった。
定盤の平らさにはあれだけうるさいのに、生まれたてのひよこの見分けがつかないなんて、おにいさんはときどきすごくおかしい。
おにいさんはブツブツと聞いたこともない難しそうな言葉を呟きながら、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
旋盤のごっこ遊びで満足していたはずのおにいさんが、今度はひよこたちの前で呆然としている。
その間にも、アヒトたちはピヨピヨと嬉しそうに歩き回っているのだった。
次回、刃物台
【作中技術解説】
木工旋盤における簡易芯出し:金属加工用旋盤とは異なり、木工旋盤では厳密なマイクロメートル単位の芯出し、中心合わせは必ずしも必要とされません。不均一な木材を粗削りする段階では、材料の端面に塗料や炭を塗り、コンパスや目分量で中心の目印をつけ、外形を大まかに削り落とす粗削りを行うことで、自然と回転中心が形成されていきます。
スリーブと楔による木材の固定:スクリューチャックやスクロールチャック等の精密な金属製保持器具が存在しないローテク環境において、工作物を主軸へ繋ぐ固定法です。傾斜のついた木製スリーブにワークを差し込み、横から木製の楔を叩き込むことで強い摩擦力を生み出し、切削の力に耐えるグリップ力を得ます。
個体識別とパターン認識:家禽のヒナは一見すると全個体が均一な黄色に見えますが、羽毛の微小な色の濃淡、頭部や羽の先にあるわずかな斑点、くちばしや足の形状、動作の癖などの「微細な差分の集合」によって識別が可能です。幼少期から自然観察を行う人間の脳は、AIやデジタル計測機器を超越した精度の視覚的パターン認識を無意識に行っています。




