↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/100

二重窓

視点:ベルタ


亜麻仁油紙で二重窓を作る。

「よし、寸法は完璧だな」


おにいさんが満足そうに、定盤の上に置かれた木枠を指でトントンと叩いた。


向こうが透けて見える油紙というものを作ったのだ。きっと窓にはめるんでしょうとおにいさんに言ってみたら正解だった。だからこの木の枠で油紙を貼り付けて窓にはめるのだろう。


おにいさんが見せてくれたのは、細い木を組み合わせて作った四角い木枠だった。


「すごいね、なんというかピシッとしている」


おにいさんは自慢げに胸を張る。定盤と治具がどうのこうのと語ってくれているけどやっぱり話がながい。わかることといえば、おにいさんが作ると何でも信じられないくらい綺麗で正確な形になるということだ。


「じゃあ、くっつけよう」


「はーい」


わたしはかまどに載せてあった土鍋の蓋を取った。中には、以前おにいさんと一緒に動物の皮や骨を煮詰めて作った膠が入った器が入っている。鍋の中にさらに何か器を入れるのは多分おにいさんだけだと思う。そのまま器をかまどに載せたらいいんじゃないかなと思う。膠は弱火で温められてとろーりと猪臭い臭いを立てながら溶けていた。

わたしは顔をしかめるだけだけど、おにいさんは少し泣いている。臭すぎるのだ。


おにいさんは焦ってもよさそうなのに泣きながらヘラに膠をのせると、完成したばかりの平らな木枠の表面へスーッと塗っていった。


まったく躊躇がない。


「はい、ベルタ。油紙を載せてくれ」


「はい」


わたしは、あのハチミツ色に透き通る丈夫な油紙を持ち上げた。木枠のフチに合わせてそっと置いて、おにいさんが上から指で撫でるようにして、皺ひとつなくピーンと張り合わせる。膠が固まる前に、素早く、正確に。


おにいさんは、膠を塗った2枚目の木枠を、1枚目の紙の上に重ねてぴったりと合わせた。


「2枚目の油紙を載せるぞ」


「ちょっとまって。窓を二つ作るんじゃないの?」


「一枚だと寒くなるんだよ」


どうやら一つの窓に2枚油紙を使うらしい、薄っぺらいけど風を通さないなら寒くなくなる気がしていたので不思議だった。それを聞いてみると、良く気付いたねと嬉しそうに説明を始めてきた。頭がとても疲れる。

薄くてもこの2枚で空気を挟むから寒いのが伝わらないというけどやっぱりよくわからなかった。


「はい、2枚目の油紙」


わたしはもう1枚の亜麻仁油紙を重ねる。


「最後に、3枚目の木枠で挟み込みます」


木枠、油紙、木枠、油紙、木枠。


パンとお肉がこれくらい重なればいいと思う。おにいさんは、木を使って上下から強い力でしっかり押さえつけた。




膠が乾いて木の抑えを外した窓は、信じられないくらい頑丈で美しいものになっていた。


表側と裏側にピンと張られたハチミツ色の油紙は、太鼓の皮みたいに指で突っつくと「ポンポン」と軽い音を立てる。


「さっそく窓にはめてみよう」


おにいさんはなにもはまっていないただの窓枠に、完成した油紙の窓をすぽりと嵌め込んだ。


ぴったりと隙間なく木枠が収まったので風の音は全くしなくなった。


風は一切入ってこないのに、お日様の光が二重の油紙を通り抜けて、お部屋の隅々まで入ってくる。


秋なのに風がなくなって日が差すとまだまだ温かいことがわかる。


そう、まだ秋だけど、これが冬になったら大変なのだ。


普通なら寒いから窓に木をはめたりして真っ暗になる。わたしの家は貧乏だったから豚か何かの薄皮の窓なんてないからもうどうしようもなかった。その薄皮だってちょっとだけ明るいだけだ。


この油紙窓は2枚重ねているのにちゃんと明るい。冬になっても部屋が明るいしあったかいに違いない。

これはいい。わたしは糸を紡ぐコマを回す真似をしてみる。これなら見えるし寒さで手がかじかむこともなさそうだ。


しかし、わたしは窓の外の景色を見て気づいてしまった。


「ねえ……おにいさん。これ、お外の景色が結構見えてるよね?」


だから、お部屋の中から外の木々や道が見えるということは……。


「お外からも、丸見えだね」


わたしが外を指差すと、おにいさんは目を見開いた。


村の人が表を通ったら、わたしがお部屋の中でぬくぬくゴロゴロしているのが丸分かりだ。


「まあ……それは外の木の板で塞ぐしかないな」


「ふふっ、いいよね、お外から見えちゃっても。わたし、明るいのは嬉しいよ」


太陽の光が二重の紙をすり抜けて、わたしの手にポカポカとした明るさを届けてくれている。


これなら、今年の冬はお部屋の中がずっと明るくて、しかもぬくぬく温かいまま過ごせる。


煙道に背中をあずけ、満面の笑顔で窓を見上げた。外が寒くなってもはちみつ色の光が入ってきてくれる。

冬はいつも怖くて暗くて寒い最悪の季節なのに、今年は冬が来るのがちょっぴり楽しみになった。

次回、牛耕


【作中技術解説】

定盤と直角治具による高精度な木枠製作:木製の二重窓において、枠自体の歪みや隙間は気密性・断熱性を著しく低下させる要因となります。極限まで平坦に研磨された「定盤」を基準面として用い、正確な90度を保持する「直角治具」を当てて木材を接合・固定することで、職人の勘に頼らずミリ単位の精度で幾何学的に正確な四角形枠を再現できます。これにより、建物の窓枠に対して寸分の隙間もなく嵌合させ、隙間風を防止することが可能になります。


膠による木材と有機素材の強力接合:動物の皮や骨から抽出されるコラーゲン主成分の天然接着剤「膠」は、加熱することで液状化し、冷却および水分蒸発によって固化します。乾性油処理された亜麻紙と木材という異素材同士であっても、繊維の微細な凹凸にアンカー効果として強力に投錨・接着します。また、乾燥後は非常に高い引張強度を発揮するため、紙をピンと張った状態を長期間維持することができます。さらに熱を加えることで再溶解・分解が可能なため、将来的に紙が破損した際の張り替えにも非常に優れた木工接着技術です。


空気層を利用した二重窓構造の断熱原理:単層の窓では、室内の熱が熱伝導によって容易に屋外へ逃げてしまいます。しかし、「木枠・紙・木枠・紙・木枠」というサンドイッチ構造により、2枚の紙の間に密閉された「静止空気層」を作り出すことで、空気の極めて低い熱伝導率(約0.025 W/m・K)を活かした強力な断熱バリアが形成されます。対流が起きない程度の適切な厚みで空気層を封入することで、室内の暖気を逃がさず、外気の冷気をシャットアウトする現代の複層ガラスと同様の物理原理を実現しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。