柳の枝を差す
視点:ベルタ
おにいさんと一緒に川べりへ柳を採りに行くお話です。
おにいさんは、川で拾った石を一生懸命磨いて作った「手斧」で枝を切り、それを家の周りに「ぷすぷす」と刺していきます。
根っこもない棒きれを地面に刺してどうするんだろう? 歯を磨くってどういうこと?
わたしには、おにいさんのやることは不思議な「はてな」ばかり。でも、おにいさんが笑っているなら、きっとこれは「良いこと」の合図なんです。
おにいさんと一緒に、川辺に並んでいるやなぎの木まで歩いていった。
雪解け水で増水した川のそばで、やなぎの枝はしなやかに揺れている。おにいさんは、その中から元気そうな枝を次々と選んで、石の手斧で切り落としていった。
その手斧を見るたびに、わたしはおにいさんがこれを作っていた時のことを思い出す。
おにいさんは、川で拾ってきた、深い緑色をした「きれいな模様の石」を、お家の前にある一番平らで大きな石の上に置いていた。
そこに、川の砂をぱらぱらと振りかけて、もう一つの石で上から何度も、何度もこすりつけるのだ。
「ゴリゴリ、ゴリゴリ……」
気が遠くなるような長い時間、おにいさんはそればかりしていた。
砂がこすれて、石が削れる嫌な音がするのに、おにいさんは楽しそうだった。
最初はただの石ころだったのに、おにいさんが魔法みたいに磨き続けると、先っぽがどんどん薄くなって、最後にはお日様の光を跳ね返すくらい、つるつると鋭く光りだした。
あの時、砂と一緒に磨き出されたのは、きっとおにいさんの「道具への気合」だったんだと思う。
おにいさんは、切り取った枝の一本一本を、まるで宝物を調べるみたいにていねいに眺めていた。
おにいさんが枝の端っこを少しだけ削ってみると、中から瑞々しい、綺麗な緑色が顔を出す。そうすると、おにいさんは嬉しそうにそれを脇に抱えるのだ。
逆に、削ってみても色がくすんでいたり、元気がなさそうだったりする枝は、迷うことなく「そっちじゃない」というふうに、別の束の方へ放り投げた。
なんで分けているんだろう。どっちもただのやなぎの棒なのに。
わたしには、その違いがよくわからない。
おにいさんはどうやら、中が緑色の枝と、そうじゃない枯れかかった枝を、厳しく分けているみたいだった。
おにいさんに選ばれなかった「緑じゃない方」の枝の束は、あとでカゴを編む材料にされるか、あるいは「ろけっとますひーたー」の中に放り込まれて、お家を温めるための燃料にされる運命だ。
おにいさんは、緑色の枝を一本ずつ確認するたびに、真剣な顔をしたり、安心したような顔をしたりする。
ただの枝を分けるだけなのに、まるでお父さんが麦の出来を確かめる時よりもずっと一生懸命なのが、わたしにはなんだか不思議で仕方がなかった。
おにいさんは、お家の周りの湿った土に、選んだ枝を次々と突き刺していった。
穴を掘るわけでもなく、お水を用意するわけでもなく。ただ、力任せにグイグイと深く、泥の中に沈めていく。
「おにいさん、なんでやなぎの枝をさしているの?」
わたしが聞くと、おにいさんは泥のついた顔で、なんだか楽しそうに笑っていた。
おにいさんの身振り手振りは、見ていればよくわかる。
一本や二本じゃ、すぐに枯れて倒れてしまう。でも、こうして十本も、何十本も刺しておけば、そのうちのいくつかは、勝手に根を張って大きな木になる……と言いたいみたいだ。
でも、おにいさんは知らないのかな。木には根っこがないと、すぐ死んじゃうのに。
お父さんたちが大事にしている果物の木には、立派な根っこがついている。なのに、おにいさんが刺しているのは、さっき川で切り落としてきたばかりの、ただの「棒きれ」だ。足もついていない棒きれが、土の中で勝手に歩き出すわけがない。
おにいさんは、できるかどうかわからないけど、とりあえずたくさん刺して運試しをしているだけなんじゃないだろうか。
そんなことを考えていたら、おにいさんがやなぎの枝を何本かわたしに差し出してきた。
どうやら、わたしにも一緒に刺せと言っているらしい。
わたしは仕方なくそれを受け取ると、湿って柔らかくなった地面に、えいっと力を込めてみた。
「ぷすっ、ぷすぷす……」
細いやなぎの枝は、面白いように泥の中に吸い込まれていく。
あなを掘る手間もいらないし、ただ適当に突き立てるだけ。なんだか、お仕事というよりは、お庭で泥遊びをしているみたいな気分だ。
わたしが「ぷすぷす」とリズムよく枝を刺していくと、それを見ていたおにいさんが、声を上げて笑った。
おにいさん、あんなに楽しそうに笑って……。これ、本当はただの遊びなんじゃないかな。
お家の周りに、葉っぱも根っこもないやなぎの棒が、不気味なくらい何十本も並んでいる。
これが本当に大きな木になって、お家を守る生け垣になるなんて、やっぱり今のわたしには信じられない。
でも、おにいさんがこんなに満足そうに笑っているんだから、まあ、枯れちゃってもいいか。
わたしは泥だらけになった手を眺めながら、おにいさんが夢中になっている枝差しを、最後まで手伝うことにした。
作業が終わると、おにいさんは一本の細いやなぎの枝を削って、先を石で叩いてバラけさせた。
「ベルタ」
呼ばれて、わたしは不思議に思いながら前に座った。おにいさんは、そのやなぎの筆をわたしの口元に持ってきたけれど、わたしはどうしていいかわからなくて、ただ口を真一文字に結んでいた。
おにいさんは困ったように笑うと、まずは自分の口を開けて、その筆で自分の歯をこすってみせた。
「……あー、ん」
わたしも真似して口を開けると、おにいさんは優しくわたしの顎を支えて、やなぎの筆を差し込んだ。
噛んでみると、少し苦いけれど、鼻に抜けるような不思議な清涼感がある。
おにいさんは、わたしの歯を一本ずつ、汚れを追い出すように丁寧に、でも痛くないように磨いてくれた。
お父さんたちは、歯なんて磨かなかった。年を取れば歯がボロボロになって抜けるのは、冬が来れば雪が降るのと同じ、当たり前のことだと思っていた。
でも、おにいさんはわたしの口の中の「汚れ」を、まるでお家の掃除をするみたいに真剣に追い出していく。
磨き終わると、おにいさんは昨日作った灰を少しまぜた水をわたしてきた。
「……ガラガラ、ペッ」
おにいさんの真似をして、お口をゆすぐ。
少しだけヌルッとしたけれど、吐き出したあとは、今までの人生で一度も感じたことがないくらい、お口の中がスッとして、清々しくなった。
「……きれい」
わたしがつぶやくと、おにいさんは満足そうにわたしの頭をなでた。
これがなにかはわからないけれど少なくとも口の中はきれいになった気がする。
おうちの周りには、おにいさんとわたしが「ぷすぷす」と刺した、葉っぱも根っこもない棒きれが、行儀よく列を作って並んでいる。
おにいさんがやっていることは、やっぱり最後までよくわからなかった。
ただの棒を刺して木にしようだなんて、本当はただの子供っぽい遊びなのかもしれないし、おにいさんの勘違いなのかもしれない。
でも、夕暮れ時のお日様の光を浴びて、まっすぐに立っている柳の枝を見ていると、なんだか不思議な気持ちになってくる。
なんだか、おにいさんが大丈夫だよって言っているみたいだ。
おにいさんが何かを始めると、よくわからないまま良いことがおきた。
だから、この意味不明な柳の棒だって、おにいさんがこんなに満足そうに笑っているなら、きっといい方に進んでいるに違いないのだ。
おにいさんが刺した何十本もの枝は、ただの棒じゃない。
難しいことはわからないけれど、そんなふうに思えて、わたしもおにいさんの隣でいっしょに並んだ枝を眺めた。
次回、松の木を焼く
【作中技術解説】
柳の挿し木:柳は非常に強い再生能力を持ち、切り出した枝を湿った土に刺しておくだけで「不定根」という根を出し、そのまま樹木として成長します。大量に刺すことで数によるリスク管理をしました。
柳枝の歯ブラシとサリシン:柳の枝を叩いてブラシ状にしたものは、物理的に歯垢を落とすだけでなく、柳に含まれる「サリシン」という天然の鎮痛・殺菌成分が口内環境を整えます。
アルカリ性灰汁による口腔洗浄:木灰を水に溶かした灰汁は弱アルカリ性で、歯垢や食べかすを分解・中和する働きがあります。医療が期待できない世界での予防医学です。




