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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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8/13

木をころがす

視点:ベルタ


お腹がいっぱいになった後のベルタが直面したのは、生き延びるための「火」と「薪」の問題でした。村の大人たちが貴重な鉄の斧を使い、心身を削って行う重労働をどのように解決するのか。

 お腹がいっぱいになると、次にわたしが心配になったのは「火」のことだった。

 おにいさんが作ってくれた「ろけっとますひーたー」は、お腹を空かせた冬の獣みたいだ。冷え切った家を温め、冷たいスープを煮立たせてくれる代わりに、どんどん薪を食べてしまう。


 お父さんが生きていた頃を思い出す。お父さんは村でも力自慢だったけれど、大きな木を倒すと、それを運べる大きさに切り分けるだけで数日がかりの仕事になっていた。

 重い石の斧を何度も、何度も振り下ろす。

 腕をパンパンに腫らして、息を切らして、ようやく一本の丸太を二つにする。

 でも、森の端に横たわっているこの木は、お父さんでも手が出せなかったほど太い。あまりに太すぎて、大人の男が三人で腕を回しても足りないくらいだ。

 表面は硬く、乾いて石のように強情になっている。


「おにいさん、これ、どうするの? おの、持ってないよ」

 おにいさんは、斧を振るおうとはしなかった。

 そもそも、この家には斧がない。


 鉄は、わたしが知っているものの中で一番貴重なものだ。村全体を見渡しても、領主様から借りている「共有の斧」が数本あるだけで、それは広場に近い倉庫に厳重に保管されている。

 使うときには村長様の許可が必要だし、もし刃をこぼしたり、柄を折ったりしようものなら、お父さんみたいな大人でも震え上がるような罰が待っている。

 お父さんが生きていた頃も、斧を使う日は朝から晩まで必死な顔をしていた。

 だから、おにいさんが手ぶらでこの大木の前に立ったとき、わたしはてっきり、小さなナイフで何日もかけて削るつもりなのだと思って、可哀想になってしまったのだ。


「おの、持ってないよ。村長様に、おねがいしてくる?」

 わたしが不安になって尋ねると、おにいさんは「大丈夫だよ」と、いつものように少し困ったような、優しい顔で笑った。


 おにいさんは、足元に置いていた古びた木のボウルを覗き込んだ。

 それはお家を出る前、おにいさんが灰をたっぷり敷き詰めて、その中に真っ赤な炭を埋めていたものだ。

 わたしはそれを見ていたとき、不思議で仕方がなかった。木でできた器に、あんなに熱い炭を入れたら、器ごと燃えてしまうと思ったから。

 おにいさんがわたしを誘ったときも、「外は寒いから、火を持っていくのかな」くらいにしか考えていなかった。


 おにいさんは、灰の中から真っ赤に熾った炭を、平らな石の上に取り出した。

 それは「ろけっとますひーたー」の底で、ずっと静かに眠っていた熱の塊だ。

 器の中の灰は、おにいさんが魔法をかけたみたいに、熱い火が木に届かないように守っていた。

 おにいさんは、炭を手に取って大木の肌に並べ始めた。

 まるで、木に真っ赤な首飾りをさせているみたいだった。


 次に、おにいさんは懐から一本の筒を取り出した。

 それは「ニワトコ」の枝から芯を抜いて作った、細い、細い筒だった。

 おにいさんは、その筒を口に当てて、並べた炭のひと房に狙いを定めた。


「……ふーっ、ふーっ」


 おにいさんが細く、鋭く息を吹き込むたびに、眠っていた炭がパッと白く輝く。

 ただの炭が、太陽の欠片みたいに熱くなって、大木の肌をじりじりと焼いていく。

 それは、焚き火のように木を燃やすのとは、ぜんぜん違っていた。

 おにいさんは、炭を細い線のように並べて、そこだけを集中して焼き切ろうとしていた。

 煙が細く立ち上がり、香ばしい、けれど少し苦い匂いがわたしの鼻をくすぐる。


 村のお父さんたちも、大きな木を加工するときに火を使うことはあった。

 けれど、それは中をくり抜いて舟にするような時だけだ。大雑把に火を熾して、焦げたところを削り取る。

 でも、おにいさんのやり方はもっとずっと細かくて、まるで熱いナイフでバターを切るみたいに、正確に木を「輪切り」にしていった。

 おにいさんが吹くたびに、炭は眩しい白に輝き、大木の硬い肌を「じじっ」と噛み砕いていく。

 おにいさんが吹くのをやめると、木の奥から「ピシッ」という小さな、けれど高い音が聞こえた。

 それは木が負けた合図だ。


 おにいさんはふうと息を吐くと、わたしを見て、手に持っていたニワトコの筒をそっと差し出してきた。

「……ん」

 おにいさんは、自分の口元を指差し、それから筒をわたしに向けた。

(ベルタも、やってごらん)

 言葉は分からなくても、おにいさんの目がそう言っている。


「わたしも……やっていいの?」

 わたしは少しドキドキしながら、おにいさんから筒を受け取った。

 おにいさんの手が触れた筒は、ほんのりと温かかった。

 おにいさんはわたしの隣にしゃがみ込むと、炭のすぐ近くに筒の先が来るように、優しく手を添えて導いてくれた。


「……ふーっ、ふーっ」

 わたしは、おにいさんを真似して、精一杯の息を吹き込んだ。

 でも、最初は炭に届く前に風が逃げてしまって、ただ灰が舞い上がるだけだった。

 わたしがしょんぼりして顔を上げると、おにいさんは「もっと口をすぼめて、遠くに飛ばすように」と、唇を尖らせて見せてくれた。


 もういちど、深く息を吸い込む。

 胸をいっぱいに膨らませて、筒の穴の向こう側にある、一番赤い炭の塊を狙った。


「…………っ、ふーーーっ!」


 その瞬間、わたしの吹いた風が、眠っていた火に届いた。

 パッ、と炭が生き返ったみたいに明るくなった。

「あ……っ!」

 わたしの吐息に合わせて、炭は宝石みたいに赤く、白く、激しく輝く。

 さっきまで石のように硬かった大木の肌が、わたしが火を吹くたびに、みるみるうちに炭になって崩れていく。


 おにいさんが吹いたときと同じだ。

 わたしの小さな、頼りない吐息でも、おにいさんの魔法の筒を通せば、あんなに強情な木を負かすことができるんだ。


「できた! おにいさん、見て、赤くなったよ!」

 わたしが嬉しくて飛び上がると、おにいさんは目を細めて、わたしの頑張りを称えるように何度も頷いてくれた。


 おにいさんが新しく炭を乗せ、わたしが火を吹き、またおにいさんが炭を整える。

 わたしは夢中になって、何度も、何度も火を吹いた。

 ほっぺたが痛くなって、少しクラクラしたけれど、自分の一吹きで木が焼けていくのが嬉しくて仕方がなかった。


 やがて、パキッ、と乾いた高い音がして、大きな木が綺麗に泣き別れた。

 切り口は真っ黒に焦げているけれど、斧で無理やり叩き切ったときのような、汚いささくれは一つもない。

 まるでお月様が地上に落ちてきたような、綺麗な円盤がそこに現れた。

 おにいさんは、そうして作り出した「手頃な大きさの円盤」を、ひょいと手で立てた。


 そのまま、ぽんと背中を押す。

 すると、あんなに重くて動かなかった木が、嘘みたいに軽やかに動き出した。


 泥濘の中でも、輪切りになった木は、自分の重みで泥を押しつぶしながら、ゴロゴロとお家の方へ転がっていく。

 引きずるんじゃない。転がすんだ。

 おにいさんは、坂道では少し力を抑え、平らな道ではリズムよく、いくつもの「木の輪」を転がしていく。

 わたしも小さな手を添えて、一緒に転がした。

 あんなに厄介者だった倒木が、今は楽しい遊び相手みたいにお家へと付いてくる。


 お家に着く頃には、おにいさんは息一つ乱していなかった。

 斧を振るう力がないなら、火に働かせればいい。

 重くて運べないなら、形を変えて、自分の力で動くようにしてあげればいい。

 おにいさんの手元で、火吹き棒から放たれる細い吐息が、どんな鋼の刃よりも鋭く、木を切り裂いたのだ。


 わたしには、それがおにいさんと火が内緒話をして、「ちょっとだけ、木を分けてね」とお願いしているように見えた。

 おにいさんが魔法使いじゃないことは知っている。

 でも、おにいさんの手にかかると、怖くて厳しい森の掟が、少しだけ優しくなるような気がした。


「すごいや。これでお部屋、ずっとあったかいね」


 わたしがパチパチと手を叩くと、おにいさんは少しだけ照れたように笑った。

 焦げた木の匂いがする大きな手が、わたしの頭を優しくなでてくれた。

 その手のひらは、火を吹いていた時と同じように、とても温かかった。

次回、柳の枝を差す


【作中技術解説】


ニワトコの火吹き棒。ニワトコの枝は中心のずいが非常に柔らかく、細い棒などで押し出すだけで簡単に中空の筒を作ることができます。


火焼き(焼切法):大きな丸太を加工する際、斧や鋸(この時代には極めて稀)を使わずに、炭と火吹き棒を用いて狙ったラインを焼き切る技法です。


円盤の転がし搬送:重量のある丸太をそのまま引きずるのではなく、短く「輪切り」にすることで重心を安定させ、円形を利用して「転がす」物理的な工夫です。

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