松の木を焼く
視点:ベルタ
冬の入り口、ベルタは兄が作る不思議な道具を目の当たりにする。貴重な鉄を使わず、どこにでもある松の木を火と水で鍛え上げる「焼き入れ」の技術。それは、壊れて作り直すことを前提としたものだった。
おにいさんは、石の手斧で松の木を荒く削り、三つの「かたち」を作り出した。
土を掘るための、平べったい「すこっぷ」の頭。
草を払うための、薄く鋭く削り出した「てがま」。
そして、固い地面を突くための、先を尖らせた「ぼう」。
特に不思議だったのは、すこっぷの作り方だ。おにいさんは、手のひらより一回り大きな木の板を作ると、その根元に、熾った炭をじりじりと押し当てた。
「……ふーっ、ふーっ」
火吹き棒でピンポイントに熱を送り、木に深い「穴」を開けていく。
そこに、別に用意した丈夫な「T字の棒」の先を差し込んだ。
「……おにいさん、くっつけないの?」
わたしが聞くと、おにいさんは身振り手振りを交えて、差し込んだ板をわざと抜いて見せた。
土を掘れば、木の先はすぐにボロボロになる。そのたびに長い棒ごと作り直すのは大変だ。だからおにいさんは、先の板だけを「取り替えられる」ように作ったのだろうか。
おにいさんは、削りかけの松の木を大事そうに抱えると、せっかくの暖かいお部屋を出て外へ向かった。
「おにいさん、どこへ行くの? お外はとっても寒いよ」
私は慌てて追いかけた。家の中はあたたかいし今までそこで道具をつくっていたのに、どうしてわざわざ外で火を焚くんだろう。
おにいさんは家の影にしゃがみ込むと、石を半円状に積み上げた、小さな「風よけのかまど」に火をつけた。
けれど、次の瞬間、私は思わず声を上げた。
「あっ! おにいさん、何してるの!?」
あんなに一生懸命削ったばかりの板を、おにいさんは真っ赤に燃える炭火の中に、じりじりと差し込み始めたのだ。
せっかく綺麗に形を作ったのに。このままじゃ燃えて、灰になって消えちゃう。
私はおにいさんの袖を引っ張って止めようとしたけれど、おにいさんは穏やかに笑って、そのまま松の板を炙り続けた。
家の中のヒーターとは違って、外の火からは黒くて太い煙がモクモクと上がっている。
松のやにが熱で溶け出し、ジュウジュウと音を立てながら、焦げた表面に染み込んでいく。木肌はどんどん黒く、炭のようになっていくけれど、おにいさんは絶妙なタイミングでそれを火から引き抜いた。
仕上げに、おにいさんはそれらの道具を熱い炭火でじりじりと炙りはじめた。
燃やして灰にするんじゃない。表面だけを、真っ黒なに変えていくんだ。
おにいさんは、真っ黒になった道具を火から離すと、今度はそれを冷たい水の中にジャブンと浸けた。
「……ギュッ」
焼いて、冷やす。
すると不思議なことに、さっきまで指で押せば凹むくらい柔らかかった松の木が、石みたいにカチカチに固くなった。
特に、薄く削り出した「てがま」の刃先は、炭がぎゅっと詰まって、爪で弾くとコンコンと高い音がした。
おにいさんは、炭で真っ黒になった自分の手を気にすることもなく、組み立てたばかりの「すこっぷ」を、庭の隅っこにある地面に突き立てた。
ザクッ、と小気味よい音がして、固い土が簡単に持ち上がる。
驚く私をよそに、おにいさんはまた別な板を削り始めていた。
不思議なのはそこからだった。おにいさんの手元には、さっき使ったのと「全く同じ形」をした板が、どんどんと積み重なっていく。
村の道具は、どれも歪で、一つとして同じものなんてない。誰かが作ったお皿も、おじいさんの杖も、みんな少しずつ形が違うのが当たり前。なのに、おにいさんが作るこの板は、まるで同じ場所から生まれてきたみたいに、どれを手に取ってもすっぽりと棒の穴に収まってしまう。
「……おもしろいね。みんな同じ顔をしてる」
私がそう言うと、おにいさんは誇らしげに、真っ黒になった手で同じ形の板をまた一つ並べた。
もし先が折れても、この「予備」を差し込めばすぐに元通り。おにいさんは、壊れることを怖がる代わりに、壊れても大丈夫なように「同じもの」をたくさん用意していた。
もし先が折れても、また新しい板を焼いて差し込めばいい。
おにいさんは満足そうに頷くと、その道具を私の方へ差し出した。
「ベルタ」
おずおずと受け取ると、木の持ち手からはまだ火の温もりが伝わってきた。見た目は真っ黒で汚れているみたいだけど、触ってみると表面は驚くほど滑らかで、それでいて頼もしいくらいに硬い。
私は教わった通りに、地面へ向かってその刃先を押し当てた。
「えいっ!」
小さな足でスコップの肩を蹴ると、強張っていたはずの土が、わたしの力でもしっかりと切り裂けた。
おにいさんは次に、先が鋭く尖った「ぼう」と、三日月みたいな形の「てがま」も手渡してくれた。
次に手渡された、先が鋭く尖った「ぼう」を両手で持って地面に突き立てると、面白いようにズブズブと奥まで入っていく。石の斧で叩いてもビクともしなかった地面に、スッと細い穴が開くのが不思議で、私は何度も何度も突き刺した。
「いーち、にー、さーん、しー……」
私が穴をあけるたびに声を出すと、おにいさんが作業の手を止めて、私の顔をじっと見た。
「……イーチ、ニー、サーン、シー」
おにいさんは私の声を真似するように、たどたどしく呟いた。
「ごー、ろく、しち」
「ゴー、ロク、シチ」
私が勢いよく棒を突き刺すと、おにいさんは少し首を傾げながらも、私を真似て言葉を続けた。
おにいさんはわたしたちの言葉を話せないけどこうして一緒に数を数えていると、まるでお揃いの歌を歌っているみたいで楽しくなる。
おにいさんの手の中で、松の木はただの薪ではなく、何度でも蘇る「知恵の爪」に生まれ変わっていた。
黒く光る道具たちが、春の日差しを浴びて、静かに出番を待っていた。
次回、焚き火彫り
【作中技術解説】
半閉鎖式石組みかまど:石を半円状(馬蹄形)に積み、風を遮りつつ熱を反射させる簡易的な炉。
炭火による「穿孔」技術:金属のドリルがない時代、硬い木材に深い穴を開けるために火を利用する手法。火吹き棒で炭に空気を送り込み、局所的な高温を作ることで、狙った場所だけを焼き掘る。
アタッチメント式構造:消耗の激しい先端部分(スコップの刃など)と、持ち手となる長柄を分離・結合させる設計。




