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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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焚き火彫り

視点:ベルタ

おにいさんが森から持ち帰った巨大な丸太。村の常識では薪にするのさえ一苦労な代物が、おにいさんの手によって不思議な工程で形を変えていきます。鉄の道具がなくても、知恵と火を使います。

おにいさんが森から転がして持ってきた大きな輪切りの丸太は、お家の前でゴロンと横たわっている。

そういえばこれは何につかうんだろうか?そもそも村の皆がこんなに太い木を使うところを見たことがない。

もしこれを薪にするのなら、鉄の斧がいるのかもしれない。でも、おにいさんは斧を持っていない。石の斧で何日もかけて少しずつ叩き切るつもりなのかな。もしこれが全部薪になるなら、しばらくは森へ薪拾いに行かなくてもいいのかもしれない。

それは、想像するだけですごく嬉しいことだった。毎日、毎日、拾ってもすぐに消えてなくなってしまう薪を集めるのは、小さな私にはとても大変な仕事だから。

おにいさんが持ち帰った丸太は、まだあそこにいくつも転がっている。これだけあれば、しばらく安心して過ごせる。そう思って、私はついニコニコしてしまった。


けれど、おにいさんは私の期待とは、ぜんぜん違うことをし始めた。


おにいさんは家の中から、赤く燃える炭をいくつか持ってきた。それを丸太の、ちょうど真ん中のあたりに置く。

「……おにいさん、危ないよ? お家が燃えちゃう」

思わず声を上げたけれど、おにいさんは「大丈夫」と短く言うと、中をくり抜いたニワトコの枝をお口に当てた。そして、その炭に向かって「フーッ、フーッ」と、ゆっくり、力強く息を吹き込み始めた。



おにいさんが吹くたびに、炭は太陽みたいに真っ白に輝いて、パチパチと小さな火花を散らす。

驚いたことに、硬い丸太の表面がおにいさんの息に合わせて、ジュウと音を立てながら、まるでバターみたいに黒く溶けていくみたいに見えた。


黒く炭になったところを松の木を黒くした道具でサクサクと削り落とし、また炭を置いて息を吹く。

ただの焚き火じゃない。おにいさんの火吹き棒は、火を一本の「鋭い針」に変えて、木の体の中に道を作っていく。


おにいさんは、ずっとしゃがみ込んだまま作業を続けている。

家の中でやれば寒くないのに、おにいさんはわざわざ外の風よけの陰で火を焚く。

「なんで、外でやるの? お家の中のほうが、暖かいのに」

私が聞くと、おにいさんは少し顔を上げて、煙を避けるように目を細めた。

言いたいことが伝わったのか、身振り手振りで火の動きをしてくれる。なんでこんなに上手に火の真似ができるのかはわからないけど、どうやら家の中で火を使うと家が燃えちゃうかもしれないみたいだ。それは困るので大人しく一緒に丸太を焦がすのを眺めている。

おにいさんやることは、いつもよくわからない。でも、おにいさんが火を怖がるどころか、まるで道具の一つみたいに上手に扱っているのはわかった。


そうやって「火入れ」で輪切りにした丸太の真ん中を、丁寧に、丁寧に、時間をかけてくり抜いていく。

おにいさんの横顔は、ときどき火の粉が散っても、煙が目に沁みても、決して焦ることはなかった。ただじっと、炭と木の境界線を見つめている。

私はその姿を見ながら、不思議な気持ちになっていた。木を削るというのは、普通はもっと大きな音を立てて、力任せにぶつかっていくものだと思っていたから。でも、おにいさんの作業はとても静かだ。まるで、最初から丸太の中に隠れていた器を、火の指先で優しく探り当てているみたいに見えた。


「……あ、形になってきた」

思わず声が漏れる。真っ黒な炭を削り落とすたびに、木の厚みが等しく整い、底がなだらかに深まっていく。それは私たちがいつも使う、継ぎ目から水が漏れないように必死で隙間を埋める粗末な桶とは、根本から何かが違っていた。


出来上がったのは、継ぎ目のどこにもない、どっしりとした木の「水桶みずおけ」だった。

一つの大きな命から、そのままの形で取り出された器。おにいさんが最後に煤を拭き取ると、そこには深い闇のような黒と、生きているときそのままの力強い木目が同居していた。

合わせ目がないということは、そこから壊れることもないということだ。それは、この厳しい村で生きる私たちにとって、何よりも頼もしい「強さ」に見えた。指で触れてみると、火が通り過ぎたはずのそこには、熱ではなく、おにいさんの確かな体温のような温もりが宿っている気がした。


こっちはわたしたちの水桶、あっちはひつじさんの水桶のようだ。


おにいさんが作った桶は、内側がうっすらと焦げていて、それがなんだかカッコよかった。

おにいさんがお水を注ぐと、新しい木の匂いと、少しだけ香ばしい匂いが混ざって、とてもいい匂いがした。


おにいさんが「火入れ」で輪切りにした丸太の真ん中を、丁寧に、丁寧に、時間をかけてくり抜いていく。

その様子を横でじっと眺めていた私に、おにいさんがふと顔を上げて、手元にあった削り道具を差し出した。


「ベルタ」

「えっ、私が?」


思わず自分の小さな手を見つめてしまった。村の大人が斧を振るう姿は見たことがあるけれど、それは私のような子供が入り込める世界ではないと思っていたから。

おにいさんは小さく頷くと、私の手に、松の木の先を鋭く焦がして固めた不思議な道具を握らせた。おにいさんの手の温もりが残るその道具は、見た目よりもずっと手に馴染む。


おにいさんがニワトコの火吹き棒を構え、炭に「フーッ、フーッ」と息を吹き込む。炭が白く輝き、木が焼ける香ばしい煙が立ち上がる。しばらくして、おにいさんが火を止めると、そこには新しく焼けて脆くなった「黒い層」ができていた。


私は教えられた通り、道具の角をその黒い部分に当てて、力を込めた。

――サクッ。

手応えがあった。あんなに硬かった丸太が、おにいさんの魔法で焼かれた場所だけは、乾いた土を削るみたいに簡単に崩れていく。


「あ……削れた!」


おにいさんは「ケズレタ」とつぶやいたあとまた火を吹き、私が削る。その繰り返し。

もちろん、おにいさんがやるみたいに一度にたくさん削れるわけじゃない。私の力では、ほんの指先の一節ぶんくらいずつしか進まない。でも、自分の手が動くたびに、丸太に掘られた「穴」が、確実に、少しずつ深くなっていくのがわかった。


村の仕事は、いつも私には大きすぎて、重すぎた。薪を運ぶのも、お水を汲むのも、いつも「やっとの思い」でこなすことばかり。けれど、この作業は違う。時間はかかるけれど、私の小さな力でも、この大きな丸太に立ち向かえている。

ごり、ごり、と小気味よい音が響くたび、私は自分の胸の奥が、おにいさんの吹く火みたいにポカポカと温かくなっていくのを感じた。私にもお家の道具が作れるんだ。


出来上がったのは、継ぎ目のどこにもない、どっしりとした木の「水桶」だった。

その縁のあたり、少しだけいびつに削れているところがある。それは、私が一生懸命にごりごりした証拠だ。

おにいさんが仕上げに煤を拭き取ると、そこには深い闇のような黒と、生きているときそのままの力強い木目が並んでいた。


「水桶が削れた」

「ミズオケ、ケズレタ」


おにいさんのその言葉が、何よりも嬉しかった。

新しくできた水桶に、お水を注ぐ。私の削った跡を撫でながらお水が溜まっていくのを見て、私は誇らしい気持ちで胸をいっぱいにした。


石斧で叩いて無理やり作ったものじゃない。おにいさんが「火」と対話して、ゆっくりと形を取り出した器たち。

お家の中に、おにいさんの作った「木の道具」がまた一つ増えて、なんだか私たちの生活が少しずつ、この水桶みたいに満たされていくような気がした。

次回、小麦畑と休耕地とおにいさん


【作中技術解説】


火入れ(焚き火彫り):鉄の工具が極めて希少な時代において、大きな木材を加工するための重要な技法です。くり抜きたい場所に赤熱した炭を置き、火吹き棒で酸素を送ることで局所的に高温にし、木材を焼き炭化させます。炭化した部分は脆いため、石や硬い木で容易に削り取ることができ、これを繰り返すことで大きな空洞や形を作ります。


ニワトコの火吹き棒:ニワトコの枝は中心のずいが非常に柔らかく、棒などで突くだけで簡単に抜き取ることができます。これにより、特別なドリルがなくても真っ直ぐな中空のパイプを作ることができ、効率よく酸素を送り込む「火吹き棒」として古代から重宝されてきました。


炭化による防腐・防水効果:火入れによって器の内側を薄く焦がす(炭化させる)ことは、単なる加工法にとどまりません。炭化層は腐朽菌の繁殖を抑え、水分による木の劣化を防ぐ効果があります。また、表面の微細な焦げが水の浸透を緩やかにし、現代の塗装に近い役割を果たすため、水桶などの保存容器に適した仕上げとなります。

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