亜麻紙
視点:ベルタ
亜麻で紙を作ります。大部分はおにいさんの話を聞いています。
作業は、おにいさんが事前に準備していた怪しい材料を混ぜ合わせるところから始まった。
「まずは、この水の中にふわふわになった亜麻繊維と、亜麻仁からとったぬるぬるをいれるんだね」
「そうだよ。はい、混ぜよう」
おにいさんは土鍋の中で白くてフワフワした亜麻綿とぬるぬるを棒で静かにかき混ぜた。
すると、水の中に漂う真っ白な繊維が、ふわあっと広がり、うすーい粥みたいになった。
「はい、これを平らに伸ばすよ」
「はい」
おにいさんは温かい煙道の上に置いてあった2枚の平らな石、定盤のうち、片方にドロドロを薄く乗せた。
ほんのちょっとの量なのに、定盤の上に置かれると、まるで濡れた薄雪のようにきれいな四角形に広がった。
「ここに定盤を重ねて完成だ」
おにいさんが上から二枚目の定盤を重ねると、隙間からドロドロが少しはみ出てきた。中はきっとドロドロがぴっちり広がっているのだろう。
「もう終わっちゃった。何個つくるの?」
「何個というか2枚だな。ぺらぺらなんだよ。葉っぱみたいなものだ」
「ふーん、もうできたかな?剥がしてみる?」
「あ、そうだった。この2枚の定盤が乾くまで、次の紙を作れないな」
「え?」
わたしは目を丸くした。
ここにある超真っ平らな石は、おにいさんが気の遠くなるような時間をかけて石を削って作った、この一組3枚しかないのだ。
「じゃあ……2枚目をつくるには、これが乾くまで待つの?」
「そうだよ、ベルタ。よくわかったね」
がくっ、とわたしは膝をついた。
てっきり、ばしばし何枚も作っていけるのかと思っていた。
一枚挟んでは、煙道の上で乾くまでじーっと待たなければいけないなんて。しかも2枚作るだけなのか。ほんの少ししかどろどろを用意していないと思った。
「やることはいくらでもあるから。小麦の種籾の準備をしておこう」
「この小麦をまくだけでしょ。準備って何があるんだっけ」
「この粉でくるんでおくんだ。ムシレージ、亜麻仁のドロドロを小麦につけてから粉を付けたら完成だ」
「なんか、前にやった気がする。あの時は粘土玉に種をいっぱい種類を入れたね」
「あれはとにかく急ぎで何かしら生えればよいというやつだったからな。今回は小麦だけだから」
粉をよく見ると、粘土が乾いたやつと前におにいさんが斑の石を焼いて砕いてした残りと、炭と灰と何から何まで入っている。
小麦一粒をヌルヌルにつけて粉に置いてみる。粉まみれになった。あたりまえだ。
おにいさんにこれでいいのか尋ねるとどうやら正解だったようだ。
「これ全部やるのか、どうしよう」
畑にまく小麦の種籾はたくさんある。たくさんあるなりに時間もあるので適当にやろうと思う。
あんまりぬるぬるを付けると全部くっつくからほんの少しだけ付けて、器を揺らしながら適当に粉をかける。
ばさばさ。うん、1000粒くらいいっぺんにできたな。おにいさんが目を丸くして見ている。
「ばさばさ……ねえおにいさん、定盤はまだ乾かないの?」
「明日くらいには乾くと思う。というか無茶苦茶早いな、どうやっているんだそれ?」
「粉を付けたいんでしょ?粉を付けやすいような量はすぐわかるでしょ」
おにいさんは何を言っているんだ。目だけなく口まで開いている。へんなところでいつも驚くのは、やはりおにいさんはへんだからだろう。
わたしは小麦に土の粉を付けながら、おにいさんの話を聞く。
いつも嬉しそうに話していて、それを聞いているのは大変だけど、小麦に関しては本当に大事なのだ。わたしはいつも以上にしっかりと聞く。
どうやら村の皆がやるように普通に種籾を撒くと鳥に食べられるようだ。それは当たり前のことだと思っていたけど、こうすることで播く種籾の量がずいぶんと減らせるらしい。今は小屋に山積みだけど少しでも残したいから頑張ろうと思う。
おにいさんがかみという物を作ると言っていたのにずっと小麦に土を付けていた。今日は何だったんだろうか。
次の日に定盤を外すと、そこには薄くて真っ白な、亜麻布がくっついていた。
「さあベルタ、紙ができた」
「これがかみなの?つまり布なの?」
わたしはおずおずと手を伸ばし、出来上がった1枚目の紙を持ち上げてみた。
指先で触ると、やっぱりすべすべでぺらぺらで、なんだか不思議な感触だ。布とは全然違う
「ねえおにいさん。これが『かみ』なんだよね? うーん……司祭様が教会で大事そうに持っている聖書に使われているやつに、ちょっと似ている気もするけど……でも、なんか違うね?」
「よく見ているな、ベルタ!」
おにいさんは急に目を輝かせると、バッと胸を張った。おにいさんの解説が始まってしまう。
教会の本には羊の皮が使われているという話から始まって、いまここにあるものは植物でできているからどうのこうのととてもとても熱く語ってくれる。
わたしは定盤にあたらしい亜麻繊維のどろどろを乗せて伸ばして定盤を重ねてまた煙道に置くことにした。
その間「ふーん」と頷いているだけだったが、おにいさんは嬉しそうに話を続けていた。
おにいさんの話は長くて難しくて、まるで秋の夜長くらい長いのだ。
わたしは種籾に土を付けながら話を聞く。おにいさんはまた何かを作りながら話をする。
畑にまく分の種籾の準備ができてしまったので、ヨセフかマリアが木の実採りとかの誘いに来てくれないかと外を見る。
「おーいベルター。りんご採りにいくぞー」
「行く! おにいさん、行ってきます!」
わたしはおにいさんにそういうと素早く支度をして外に出るのだった。
次回、亜麻仁油
【作中技術解説】
ネリとサイジング:亜麻仁ムシレージは、和紙づくりにおけるネリ、トロロアオイ等と同様の機能を果たします。水中において長いセルロース繊維の周囲に吸着し、繊維同士が凝集・沈殿するのを防いで均一に分散させる分散剤として作用します。さらに、乾燥時には繊維間を接着し、紙の表面に薄膜を形成してインクの滲みを防ぐサイジング、滲み止め効果をもたらします。
熱プレス乾燥:平坦性と歪み抑制。伝統的な紙漉きでは、漉き上げた紙を水抜きし、木板や壁に貼って乾燥させますが、これには紙の収縮に伴う乾燥皺や表面の毛羽立ちが生じる課題があります。煤や砥石で極限まで平坦に研磨された定盤で挟み込み、熱源の上でプレスしながら乾燥させることで、セルロース繊維が完璧に平坦な面の状態で水素結合を完了し、なめらかな表面粗度と高い平坦性を持つ紙になります。
コーティング種子・造粒ペレット:粘性の高い天然多糖類ゲルであるムシレージに粘土や木炭の微粉末を混ぜ、小さな種子の周りに付着させて乾燥させる技術です。これにより、微小で蒔きにくい種子のサイズを均一化して農作業の効率を上げるとともに、鳥害や乾燥バリアとして機能させることができます。土中で水分を得るとムシレージが再び吸水・膨潤して発芽を促進します。




