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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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アルカリ処理亜麻

視点:ベルタ


刈り取った大麻や亜麻に水やりをしながら過ごす毎日。

ついに繊維を取り出すときがやってきたがとても臭い。

秋の爽やかな風が吹き抜ける我が家の庭で、わたしはしゃがみ込み、黙々と手仕事を続けていた。

足元に並んでいるのは、夏に収穫して大切に保管しておいた大麻や亜麻の茎たちだ。先日の収穫が終わってからというもの、わたしは収穫した茎を庭の草の上に平らに並べ、毎日かかさずお水まきをを続けていた。

村のおばさんたちがやっている水漬けは、川の淀みや溜め池に何週間も沈めてるやり方だ。たしかお母さんもやっていたような気がする。

でも、おにいさんは露漬けにしようと言っていたのでそうしている。朝露や雨、そして乾きそうなら水やりをして、草の上に置いたままじっくりとまつのだ。遠くの川まで行かなくていいのでとても楽だ。

これでできるのかどうかはわからなかったけど、この前大麻の茎をぺろーんとむけたのでできることが分かった。

川に付けたら流されるかもしれないし毎日心配になるしでこのやり方の方が良い。しかもこの村はしょっちゅうしとしとした雨が降るので水やりもあまり一生懸命にならなくてもいつも濡れている。


「よしよし、いい感じに表面がカサカサして、くすんできたぞ……」


わたしは一本の亜麻の茎を手に取ると、爪を立てて端っこからぺろーんと皮を剥がしてみた。

すると、表面の薄い皮の下から、細くてしなやかな皮の帯が、気持ちいいくらいすぅっと剥がれてきた。


「うわぁ……やっぱりぺろーんって剥がれた! 楽しい!」


調子に乗って、次の茎、その次の茎とぺろぺろ剥がしていく。

手に溜まっていく薄茶色のしなやかな皮の束を眺めていると、胸の奥からわくわくとした妄想が広がってきた。

こんなに綺麗に剥がれるなら、これで素敵な服が作れるんじゃないだろうか。

村のみんなが着ている麻の服は、チクチクしてゴワゴワしていることが多い。だけど、この剥がしたての柔らかい皮を集めて糸にしたら、もっと軽やかで、お姫様が着るみたいなサラサラのドレスができるかもしれない。

襟元には小さな刺繍を入れて、袖はふんわり広がる形にして……おにいさんに見せたら、どんな顔をするだろう。「素晴らしいドレスだ。お姫様みたいだ、ベルタ」なんて、驚いて目を丸くするだろうか。

そんなことを妄想しながら、わたしは剥ぎ取った亜麻の皮の束を木製の粗いくしに乗せた。


「ゴリ……ゴリ……」


くしの歯に繊維を通し、ゆっくりと手前に引く。

粗いくしを通すと、余分な皮のくずが落ちて、すーっと綺麗に揃っていくからこれも気分のいい仕事だ。

引っかかりをうまく解きほぐしていくと、茎の皮だったものが、だんだん糸のもとらしい束に変わっていく。


「おにいさん! 見て見て! こんなに繊維が揃ったよ!」


「とてもきれいだ、ベルタ。いや、本当に凄いな。よく大麻だけじゃなくて亜麻もそんなにきれいに剥がせるな?どうなってるんだ?」


おにいさんはそう言うと、亜麻の束とわたしの手を何度も見比べていた。ふふん、わたしはとても上手らしい。

おにいさんは大きな土鍋と、白い何かを水に溶かしたものを持ってきた。

最近のおにいさんはその白い何かを水に溶かして麦わらにかけているのでなんとなくわかる気がする。

柳の皮も、猪の脂も肉も大体これ一つで何とかしてしまうのだ。


「さあこれを使って煮て、きれいにしてしまおう」


「おにいさんは本当に白い灰が大好きだね。わたしもいい加減好きになっちゃったよ」


わたしは喜んで、くしで整えた亜麻の皮をくるくると土鍋に納めていく。

土鍋をかまどにかけ、火をくべる。しばらくすると、煮立ち始めた。


そして、やはりこれもいつもの通りだった。もちろん予想はしていた。


「……うぐっ!?」


土鍋から白く立ち上る湯気を吸い込んだ瞬間、わたしは思わず両手で鼻を固くツマんだ。


「――っ!! く、くさい! おにいさん、めちゃくちゃくさいよこれ!!」


鼻を突いたのは、いつもの香ばしい木灰の臭いではない。

植物の生の青臭さと、灰汁のアルカリ臭、そして何とも言えないドロドロとした生臭さが混ざり合った、ツンとする嫌な臭いだ。魚が腐ったような、あるいは生ゴミを煮詰めたような、刺激的な臭いが鼻の奥に刺さってくる。


「臭い」


「わたしも辛いけど多分おにいさんの顔色よりは悪くないと思うな。けど、とにかく鼻が曲がりそう! うう、涙が出てきた……!」


川で水漬けした時のドブ臭さとはまた違う、灰で煮るといつも出てくるこの臭い。湯気がわたしの顔を覆って逃げ場がない。


「おにいさん……もう庭で水やりして、そこそこ柔らかくなってたよね? ペロンって剥がれたし、粗いくしでも揃ったよね? わざわざこんな臭い思いをしてまで煮込まなくても、あれで十分なんじゃないかな?」


わたしは目をうるうるさせながら、弱音を吐いた。

残りの亜麻の束はまだ山ほどある。おにいさんがびっくりする程わたしはぺろんと剥がすのが得意なのだ。

それだけにこのたくさんの亜麻の束を全部この臭い汁で煮込むなんて耐えられないかもしれない。

露漬けをしてさらにぺろんと長い皮を剥がしたのは多分村中でわたしだけだろう。もう、そのまま紡いじゃえばいいんじゃないかと思う。


おにいさんは、青い顔をして真剣な目でぽこぽこ煮立つ土鍋を見つめていた。


「ベルタ。水漬けをして叩いてボロボロになった亜麻を紡いだ糸しか見たことないだろう?」


おにいさんにそう言われて、わたしは煮立つ土鍋と、手元にあるカサカサの亜麻を交互に見た。

確かに、その通りだ。今着ている服だっておにいさんが意味不明な粗い方と干し方をするようになってから柔らかくなって白くなってきたのだ。

そんなおにいさんがわざわざ最初の最初から全力で臭いに耐えてまで糸を煮ているんだ。

それにただ剥がしただけの亜麻の皮じゃない。叩くことなく剥がしたすごく長い皮なんだ。

これがさらに柔らかくて白くなったら? チクチクする服じゃ、せっかくのわたしのドレスも台無しだ。


「……うぐぐ。臭い……臭いけど……! わたし、絶対にお姫様みたいに綺麗な服を作りたい。 がまんする! 最後までちゃんと煮込む!」


わたしはぐっと足に力を込めた。

涙をぬぐいながら、薪をくべ鍋を温め続ける。臭い湯気が襲いかかってくるたびに「うへぇ」と顔をしかめながらも、わたしはお鍋から逃げ出さずに耐え抜いた。

一つ煮立つたびにおにいさんが土鍋を煙道に移して新しい鍋を用意する。

うへぇ、この煮立って湯気がたくさん出てくるこの瞬間が一番臭い。一度沸かすとその後はぐらぐらしなくていいのかおにいさんがまた煙道に移して温かい程度にしておく。

そしてあたらしい土鍋に灰と亜麻の皮が入れられて煮立たせなければならない。

わたしはふらふらしそうになって、おにいさんは一度吐いていた。

おにいさんはやたら臭いに弱いのでわたしが頑張るしかない。


あるだけ土鍋を使って煮立てたあと、すべて煙道に移してもうどれだけの時間がたっただろうか。


おにいさんがよく頑張ったありがとうと言って煙道から土鍋を下ろし、綺麗なお水を入れた大きな桶に茹で上がった繊維を移した。


「ベルタ、水の中ですすいでくれ」


「うん」


わたしはまだ鼻がよくわからない状態になったまま、冷たい桶の水に手を差し入れた。


真っ茶色に濁った灰汁を洗い流すように、水の中で亜麻の繊維をゆらゆらと揺らし、指先で軽く揉み洗いをしてみる。


すると――。


「え……?」


手の中で、信じられない感触が伝わってきた。

さっきまでツンと鼻を突く異臭を放ち、茶色くドロドロ煮えていたはずの繊維が、水で洗えば洗うほど、みるみるうちに姿を変えていく。


手に残ったのは、まるで濡れたわたしの髪のように信じられないほど滑らかだった。肌触りはしなやかで何にもたとえられない初めてのものだった。

黒ずんだ汚れや不要な皮くずがすべてきれいに洗い流され、太陽の光を反射して、輝くような極上の白い繊維が現れたのだ。


「うそ……! なにこれ……!? すっごくきれい!!」


わたしは思わず鼻を指す手も忘れて、桶からその繊維を持ち上げた。

指の間からサラサラとこぼれ落ちる亜麻の繊維は、今まで村で見たどんな麻とも違っていた。硬さもゴワつきも一切なく、まるで水そのものを糸にしたみたいに柔らかくて、うっとりするほど美しい。


「素晴らしい。ベルタの頑張りが反映されたな」


「おにいさん! すごいよ! こんな綺麗なの、見たことない!」


さっきまでの臭くて辛かった記憶なんて、一瞬で吹き飛んでしまった。

キラキラと水滴を散らす美しい繊維を抱きしめながら、わたしはこれからの糸紡ぎと服作りが楽しみで、胸を躍らせるのだった。

次回、石灰藁


【作中技術解説】

露漬け:デュウレッティング / Dew Retting。収穫した亜麻や大麻などの植物の茎を、そのまま野外の草の上に広げ、雨や朝露、日光、そして環境中の微生物の力でペクチンを分解させる伝統的なレティング技法です。水溜りや川に沈める水漬け、ウォーターレッティングに比べて水質汚染や猛烈な悪臭が発生しにくく、繊維の強度を損ないにくいという利点があります。


アルカリ処理:精練・脱膠。木灰を水に溶かしたアルカリ性の灰汁などで植物繊維を煮込む化学的処理技術です。繊維同士を接着しているペクチン、リグニン、ヘミセルロース、脂質などの不純物を加水分解して溶出させます。これにより、高純度なセルロース繊維だけを抽出し、柔らかく滑らかで白度の高いリネン繊維を得ることができます。


植物性アミン臭と塩基性分解物:タンパク質や窒素化合物を含む植物をアルカリ性条件下で加熱煮沸した際、分子が分解されて揮発性のアミン類、トリメチルアミンやピペリジンなどが発生します。これが特有の「魚臭い」「生ゴミ臭い」刺激臭の原因となります。アルカリ処理の過程では避けられない過酷な臭気ですが、水洗いを徹底することで匂いは完全に消え去り、極めて清潔な繊維となります。

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