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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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ポリッジ

視点:ベルタ

小麦が収穫できたからパンを作ろうと奮起するけれど、おにいさんに出鼻をくじかれてポリッジを食べる。

わたしの家の納屋には今、黄金色の小山ができあがっている。今年収穫できたばかりの小麦、それに大麦や燕麦たちだ。

お父さんとお母さんが生きていた頃は、こんなにきれいな麦の山なんて見たことがなかった。雑草の種や小さな石ころ、それにかび臭い虫喰いの粒が混ざっていて、食べる前には目を皿のようにして選別しなければならなかった。

でも、今年は何やらいろいろと変わったことをしたおかげで、わたしの家の麦は村のどこの家よりも美しく、一粒一粒がまるまると太っている。

だからこそ、わたしは昨日の夜から心の中でひそかな計画を立てていたのだ。


「ふっふっふ……今日こそは、ふわふわのパンを作ってもらうんだから!」


小麦が収穫できたのだ。領主様の館で出されるような、白くてやわらかいパンが食べられるに違いない。そこまではいかなくても、雑穀だらけの黒くて硬いパンよりはずっと上等なパンならできるやず。いや何なら雑穀や豆の粉が少し混ざっていたって構わない。焼きたての香ばしいパンをちぎって食べる場面を想像するだけで、お口の中にジュルリと唾液が溢れてくる。


おにいさんはすでに木の臼を踏んづけていた。重い木槌のついた棒を足踏みでギッタンバッコンと動かすもので、手で石を転がすよりもずっと早く、殻を叩き割ることができる優れものである。


木臼の中をのぞくとすでに籾殻は外れているようだ。


「よし、じゃあわたし、さっそく粉にするね! 小麦粉を挽いて、美味しいパンを焼きましょう!」


腕まくりをして意気揚々と粉挽きしようとしたら、おにいさんの静かな声が引き留めた。


「粉には挽かないよ」


「……えっ?」


わたしは思わず足を止め、おにいさんを二度見した。


「粉に……しない? 小麦があるのに?」


「うん、殻だけを外して粥にする」


その瞬間、わたしの顔はあからさまに不満でいっぱいになった。眉間により寄ったシワは、自分でもわかるくらい深かったと思う。


「ええ……、せっかく小麦が収穫できたのに、お粥たべるの?」


わたしの家は貧乏だからいつもお粥を食べてしのいでいる。というより、おにいさんが現れていなければ普通に死んでたくらい何もない家だったので、この麦のお粥ですら久しぶりではある。

振り返ると夏の収穫までの間人生で食べたことない物ばかり食べてきたような気がする。

生き延びられて感謝はしている、そう感謝をしているからこそ感謝祭だ。


パンは特別なのだ。村の貧しい農家にとって、小麦のパンというのは特別な日にしか食べられない憧れの象徴なのだ。雑穀混じりでもいいから、今日はあの焼きたての香ばしい塊にぶりつき、歯ごたえを確かめたかったのに!


わたしの不満顔など気にも留めない様子で、おにいさんは淡々と足踏み板の上に足を乗せた。重い木槌が上がり、木臼の底へ落ちる。

おにいさんはテンポよく足踏みを繰り返し、横から中身を混ぜ返しながら、大麦、燕麦、そして貴重な小麦の籾殻だけを削り落とし終えた。


「ほら、ベルタ。風を吹きかけて殻を飛ばすよ」


「……はぁい」


わたしは不満の混じったため息を隠そうともせず、籾殻が割れて多少粒も砕けた麦を持ち上げて落とす。その間にふぅふぅいい感じに息を吹きかけて籾殻だけ飛ばす。


外の風に向かってゆらゆらと揺すり上げて、かるーい籾殻だけを秋風に乗せてパァッと飛ばすのでもいいのだけど、やる気がないわたしはふぅふぅとちょっとずつ籾殻を飛ばしている。

びっくりするくらいのろのろとやっているので横で見ていたおにいさんがすっごく笑っている。

器には薄皮が剥がれて少し丸くなった麦の粒だけが残った。


「はい、できたよ」


と渡すとおにいさんは満足そうに笑っていた。


「粉にするのは時間も体力も使うからまた今度しよう」


「うう……でも、やっぱりパンがよかったなぁ。せっかく小麦があるのに、つぶつぶのまんま食べるなんて、なんだかもったいないよ」


「もったいなくはないけどね。栄養もとれるし腹持ちもいいし」


おにいさんは土鍋に水を張り、息で籾殻を払ったばかりの麦をドサリと投げ入れた。


「どういうこと? だって、小麦は粉にしてパンにするものでしょ?」


「それはそうだけど、とにかく大変なのはわかるだろう?それに、石臼で粉を挽くと、どうしても擦り減った石が小麦粉に混ざる。それが歯を削り、痛めてお腹が痛くなる原因になるんだよ」


「えっ……砂が混じってるんじゃなくてあれ石臼の欠片だったの?」


「まあ砂も混じっている気はするけど。村の老人たちの歯がボロボロなのは、砂と石が入ったパンを食べ続けているからだな。木臼で殻だけを外して丸ごと煮込むととりあえず石は混じらないし、鍋底に砂が落ちるからまあ大丈夫だろう」


「怖い事いわないでよ」


おにいさんの怖い話を聞いているうちに、土鍋からはパチパチ、コトコトと、水が湧き立つ心地よい音が聞こえ始めていた。


「パンを焼くのには窯を熱くするのに薪がたくさん必要だからね。お粥なら、このかまどの上の土鍋ひとつで、適当な焚き付けだけでじっくり煮込むことができる」


「じゃあたくさん薪を拾ってくるからパンを作ってよ」


そうだねと頷きながら、おにいさんは手際よく、塩。それを指先でふたつまみ、鍋の中に落とす。

続いて、夏のうちに摘んで乾燥させておいたいい匂いの葉っぱ。手で揉み潰しながら鍋に振り入れると、パッと爽やかで甘い香りが立ち上った。


「さらに、これも入れよう」


おにいさんが壺からすくい上げたのは、白い輝きを放つ脂肪だ。いつだったか猪を手に入れた時に作っていたやつだ。鍋に投入されると、熱い湯の上で脂がトロリと溶け広がり、コクのある甘い匂いが湯気とともに部屋いっぱいに広がっていく。


「あ……すごくいい匂いしてきた……」


わたしは不満顔だったことも忘れ、ふらふらと土鍋のそばへ引き寄せられていった。


「まだ入れるよ」


おにいさんは木鉢に入ったヘーゼルナッツを取り出し、小さな木槌でカチンと叩いて殻を割り、中の香ばしい実を粗く砕いて鍋に放り込んだ。

さらに、真っ赤なローズヒップをペースト状に潰したものを入れる。


「うわぁっ! 一気に真っ赤になった!」


土鍋の中のスープは、ローズヒップの色素と脂が混ざり合い、まるで鮮血のように鮮やかで猛々しい、けれどなんとも食欲をそそる深い赤色に染まった。甘酸っぱいハーブとナッツの香ばしさ、そして脂の濃厚な匂いが混ざり合い、お口の中にはすでに唾液が溢れかえっている。


「最後に、鶏たちが産んでくれた卵をひとつ」


ぽんと割り入れられた卵が、真っ赤なスープの中でとろりと半熟に固まっていく。


「はい、出来た。お粥」


色々と工夫してくれているのにお粥の一言ですませてる!

特製のいろいろ粥を木彫りの深いお皿に、たっぷりと入れる。

麦の匂いと脂肪とナッツとローズヒップとハーブと卵と何が何やらわからない見た目の特製粥。

パンじゃない……パンじゃないけれど、この見た目と香りは反則だ!


「いただきます!」


わたしは木匙を手に取り、ふーふーと息を吹きかけて、熱々のポリッジをパクリと口に運んだ。


「――っ〜〜〜〜っ!!」


一瞬で、お口の中が幸せの爆発を起こした!口に入れた瞬間、ローズヒップの甘酸っぱさとタイムの爽やかな香りが鼻を抜ける。けれど次の瞬間、溶けたラードの濃厚な旨味と塩気がずどんと追いかけてきた!そして何より、噛みしめたときの食感が凄まじい。粉になっていない大麦や燕麦はプチプチ、とろりと弾け、そして貴重な小麦の粒は、まるで小さなモチのようにキュッと引き締まった歯ごたえと、豊かな甘みをしっかり主張してくる。そこに砕いたヘーゼルナッツのカリカリとした香ばしさがどろどろの中で歯ごたえをくれている。そしてとろけた卵が全体を包み込んでいく。


「おいしい……! おいしいよおにいさん! ナッツがプチプチして、お肉が入ってないのにすっごくお腹にたまりそう!」


おにいさんが何やら嬉しそうに熱心にしゃべっているが聞き流した。わたしはこの食事に集中する。


スープが胃に落ちていくたび、お腹の底からじわ〜っと温かい力が全身に広がっていくのがわかる。一皿目をあっという間に平らげてしまったわたしは、空になったお皿をおにいさんに差し出していた。


「おにいさん! お代わり! お代わりちょうだい!」


「はいどうぞ」


二皿目のお粥を受け取り、はふはふと幸せそうに頬張りながら、わたしはふと思った。そういえば……村の女の人たちはみんな、毎日毎日、重たい石臼を何時間もゴロゴロ回して粉を挽いている。腕はパンパンに腫れ上がるし、手は傷だらけになるし、石の粉で歯は痛くなるし、とにかく粉ひき作業は地獄のように大変なのだ。わたしはお皿の中の、プチプチと丸いままの小麦粒を見つめた。粉ひきをしなくていいということは。あの苦しくて面倒くさい石臼挽きを、わたしは一秒もしなくていいということだ。木臼でギッタンバッコンと数分踏んで風に当てるだけで、こんなに美味しくて、お腹がいっぱいになって、力が出るご飯が食べられる。

薪を集めるのも大変だし、もう答えが出てしまった。


「わたし……パンじゃなくて、毎日このお粥を食べる」


わたしが力強く宣言すると、おにいさんは少し驚いたように目を丸くし、それからふっとおだやかに微笑んだ。


「そうか。じゃあ何かのお祝いの時にパンを焼こう」


「それがいいね」


粉ひきをしなくて済むぶん、午後の時間が丸々浮いてしまった。

あいた時間で、おにいさんと一緒に木の実を摘みに行こうか、それとも鶏たちと遊ぼうか。


そんなことを考えながら、わたしは得した気持ちでいっぱいになり、最後の一滴まで美味しくお粥を飲み干したのだった。

次回、コンポストトイレ


【作中技術解説】

全粒食とエネルギー効率:穀物を粉末状に砕く磨砕の工程は、人力に頼る古代・中世初期の農村において最も労働負担が大きい作業の一つでした。小麦や大麦を砕かずに籾殻のみを除去して水煮にするポリッジスタイルは、製粉に伴う膨大な作業時間と熱エネルギー、パン焼き窯の予熱に必要な薪量を劇的に削減できる調理法です。

石臼による摩耗粉と歯科疾患:手回し石臼やサドル型石臼で穀物を粉砕すると、母岩から削り取られた微小な石の粒子が小麦粉に多量に混入します。これを日常的にパンとして摂取することで、中世以前の人々の歯は若年のうちに著しく摩耗し、虫歯や歯周病、咬合不全の原因となりました。

ローズヒップとラードによる栄養補強:ローズヒップは極めて高いビタミンCを含有し、熱を加えても破壊されにくい特性を持ちます。冬場に生野菜や果物が不足する北欧・西欧地域において、保存肉やラードの重い脂っぽさをローズヒップの酸味で中和しつつ、壊血病予防と高カロリー摂取を期待します。

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