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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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土壁

視点:ベルタ


寒くなる前に土壁を塗りなおす。やたら細かい準備があって大変なベルタ。

すーっと吐いた息が白く混じり始める季節になると、わたしの胸はキュッと冷たくなる。


この村の冬は、とても寒い。空がどろりとした灰色に沈みこんで、冷たい風が森の木をゆらすと、みんな寒さがいやになるので家にこもるようになる。隙間風が入ってくる家の中で過ごす夜は、じっと丸まって朝を待つだけので冬が楽しかったことは一度もない。


だから秋が終わる前に、おうちの準備をするのは当然のことだった。


わたしは家のまえの平らな石の上に座り込んで、大麻の茎を抱え込んでいた。


大麻の茎から、外側の皮を剥ぎ取るとそれは後で糸にできる。残った真ん中の白い茎の部分はとっても軽いけど、雑に扱うとすぐにぽきっと折れてしまう。


「ベルタ、できてるかい」


家の中からおにいさんが顔を出しました。手には太い麻ひもと、しなやかな木の枝を抱えています。


「うん、できてる」


わたしは元気に声を返しました。


おにいさんは冬が来る前に家の土壁を新しく塗りなおすと言っている。いまの土壁は古くなってボロボロ落ちてくるし、小さなヒビから冷たい風が忍び込んでくるから直せるのなら直したい。


ただの泥を塗るだけでできるのかと思っていたらなんだか色々と準備をし始めた。わたしが大麻の皮を剥いで茎の芯を集めてまとめているのもその準備だという。どうやら部屋の中を温かくするには細かい準備が必要なようだ。


そのためには、長い芯と折れた芯両方を集めている。


柱と柱の間にはこの芯で作った網のようなものをはめるらしい。おにいさんによると今の土壁にも入っているだろうと言うけれど、見たことがないので壊したときに確認してみようと思う。


もうひとつは、泥の中に細かく砕いて練りこむための芯。これは壁から藁が飛び出ているのでなんとなくわかる。わざわざ大麻の芯を入れたがるおにいさんはきっとこの草が大好きなのだと思う。これはとても便利な草だからたくさんとれてよかったと小麦の貢納ができた時と同じような顔をしていたので本当に好きに違いない。


おにいさんは家の壁際に行くと、柱と柱の間の長さをはかってどれくらい使うかを考えているようだ。


芯と紐を使って網のようなものを作っていく。楽しそうだ。わたしもそれをやったらきっと楽しい。

考え事をしていたらおにいさんの手元にはもう材料がなくなっていた。


折れていない長いおがらがいるけど、わたしが剥がしていかないと足りない。おにいさんの作業に追いつこうとして、わたしの手元はだんだん焦り始める。


大麻の皮を根元から指先で引っかけて、一気にベリッと引っ張ります。


ぽきっ。


「ありゃ」


力を入れすぎたせいで、真ん中から綺麗に折れてしまいました。


「もう一回」


急いで次の茎に取りかかります。早く、もっと早く剥がせばいいのだ。たくさん作らなきゃ。そう思えば思うほど、指先に変な力が入ってしまう。


ぽきっ。


また折れた。


ぽきっ、ぽきっ。


「楽しくない!」


わたしの膝の上には、短く折れた欠片ばかりが転がっている。長い芯はほんの少ししかない。急に楽しくなくなってきた


まだぬるい秋の風が吹いて、わたしを馬鹿にするように髪を揺らし、欠片を散らかしていく。


「ベルタ」


気がつくと、手を止めたおにいさんが横にしゃがみ込んでいた。


「折れてばっかで長いのができない。もう楽しくない」


「そうか。じゃあ今ある分でやろうか」


おにいさんはわたしの膝から、短く折れたおがらを一つ拾い上げるともっと短く折り砕いた。


「ベルタは、この折れたやつをもっと細かく折ってくれるか? 細かいと土に混ぜやすいんだよ」


「それならわたし、得意だからやる」


おにいさんは大麻の茎を取ると、根元にすっと爪を立てて、皮とおがらをスルスルと綺麗に引き剥がしていく。長い芯は横の籠へ。そして、途中で折れてしまったものは、わたしの前へ。


わたしはおにいさんが剥がして短く折ってしまったやつを受け取って、指先でポキポキと小さく折っていく。乾燥したおがらからは、カラッとしたいい匂いがします。


おにいさんが長いおがらを剥がし、わたしが短いおがらを細かく砕く。


ぽきっと折れる音がリズム良く重なって、なんだか楽しくなってきました。さっきまでの焦っていた気持ちが、すーっと消えていきます。


心が落ち着くと、おにいさんがやっても普通にぽきぽき折れているので気にする事でもなかったらしい。

なんだか損したような得したような気分になる。


作業が終わる頃には、長くて綺麗な束と、小さく砕かれた芯がしっかりできあがった。


「よし、次は土壁やるか」


おにいさんは大きな桶を用意しました。


中に入れるのは、泥。そして、真っ白な粉です。


おにいさんの顔を見るとその白い粉は何か聞いて欲しそうな顔をしている。

こういう時にしゃべりたがりなのが分かってきたので、気持ちよくしゃべれるようにしてあげようと思う。

わたしは本当に賢くなっていている気がする。


わたしは知っている。おにいさんは何でもかんでも焼くのが好きなのだ。誰も持っていない自慢のかまどで本当に何でも間でも焼いている。多分煙まで焼いているんだと思う。家の中が煙くなることがない。

わたしの家にあるこれだけ白い物は骨を焼いたやつか卵の殻とか貝殻とかを焼いたやつのどちらかだけだ。

小麦だってこんなに白くはない。


「おにいさん、その白いのは貝殻焼いたやつ?」


「よくわかったな、ベルタ!その通りだ!凄いな、あってるよ」


しゃべりたかったかもしれないけど喜んでくれているのでこれでいいのだ。

こういう時は焼くと何がどうなってと話してくれるけどそこまではわからない。多分村の誰もわからないと思う。


そうしているうちにおにいさんが煮ていた鍋からは、香ばしい匂いが漂ってきた。わたしはお腹が鳴りそうになるのをグッとこらえます。これは大麦っぽいな

おにいさんが嬉しそうにまた語り始めた。少しは麦を使うけど代えがたいから我慢してくれと言われる。


「どんぐりの粉でもよかったんじゃないの?」


衝撃を受けたような顔をしている。そんなに謝らなくてもいいのに。これもどうやら正解だったようでものすごくうれしそうな顔をしている。


おにいさんは木桶の中に、泥と、白い粉と、温かい大麦のスープ、そしてわたしが細かく折った芯を全部放り込んだ。


「さあ、しっかり捏ねよう!」


「わたしもやる!」


木べらを持って、二人で泥をぐるぐると混ぜ合わせます。


最初はバラバラだった材料が、おにいさんの力強いひとまぜごとに粘り気を帯びて、重たい灰色と茶色の混ざった泥に変わっていきます。わたしが折ったおがらも、泥の中にまんべんなく混ざり込んでいきました。


「よーし、準備完了だ。それじゃあ、壁に塗っていこう」


おにいさんは編み上がった網の前に立つと、なんか持ちやすそうな板を使って泥をすくい、網の上にペタッと貼り付けました。


隙間に泥がむにゅっと入り込んで、しっかりと落ちずにくっつく。


「ベルタもやってみるか?」


「やる! わたしが塗りたい!」


わたしはおにいさんから道具を受け取った。


桶から泥をすくい取る。泥は細かくした芯が混ざっているせいか、見た目よりもずっと軽くてフワフワしている気がする。


自信満々に、えいっとコテを押し当てる。


ぺた。


……あ。泥が少し下へ滑り落ちてた。きれいな平らにならないな。


「力加減が難しいね。下から上へ、少し押し付けるように塗るんだ」


「こう?」


おにいさんに手を添えてもらいながら、もう一度泥を塗ります。


ぺた、ペた。


今度は少し上手くいった。網目の向こう側に、少し泥がはみ出すくらいしっかりと押し込む。


泥をすくっては、塗りつける。


腕を動かすたびに、だるくなっていく。土壁を塗るのは、外から見ているよりずっと大変で、力が必要な仕事だった。全部が初めての体験で、手も服も泥だらけになってしまった。


でも、わたしは手を止めなかった。


わたしが塗り残したところは、冬の冷たい風が入ってくる隙間になっちゃうかもしれない。わたしの手で、この家を温かくするんだ。


「よいしょ……よいしょ……」


一生懸命にコテを動かす。


おにいさんはわたしの隣で、広い範囲をどんどん綺麗に仕上げていく。わたしが塗った場所は、ちょっとでこぼこがあって不格好だけど、おにいさんは「ベルタの塗ったところは、おがらもしっかり詰まっていて頑丈だぞ」と褒めてくれた。


やがて、お日様が西の森の向こうへ傾き始めた。


夕空が赤く染まる頃、今日の作業はおしまいだ。


「ふう……疲れたあ……」


わたしはその場にぺたんと座り込んだ。自分の手を見ると、泥で汚れている。


今日塗り直せたのは、壁全体のほんの一部分だけだった。


おにいさんが一人で全部やっていたら、きっともっと広い範囲が終わっていたと思う。

わたしがお手伝ったから、思ったよりもだいぶ狭い範囲しか塗れなかった。


わたしが落ち込んで首をすくめると、おにいさんは膝をついて、わたしの顔を覗き込んできた。


「芯から土を捏ねるところから塗るところまで全部できたな」


おにいさんはわたしが全部やれたことを喜んでいるようだった。。


「この壁は乾くとすごく軽くて温かい壁になる。今日できた分だけ、この家は確実に冬の寒さに強くなった。明日もまた、塗っていこう」


そう言って満足気なおにいさんの顔を見ていたら、胸の奥がじんわりと温かくなった。


わたしは自分の塗った不格好な壁を見上げる。


まだ湿っていて暗い色をしているけれど、そこにはわたしが一生懸命用意した芯と、一生懸命塗った泥が詰まっている。


「うん。明日もいっぱい塗るよ」


立ち上がって泥を払うと、腕はくたくただけれど、とても晴れやかな気分だった。。


この冬はきっと、去年よりもずっと温かい冬になる。

わたしはわたしが塗った壁をそっと撫でた。

次回、ポリッジ


【作中技術解説】

苧殻(おがら)を利用した軽質断熱土壁:大麻の繊維を回収した後に残る木質部は、多孔質で非常に軽く、空気を多く含んでいます。これを小舞、骨組みとして利用するだけでなく、細かく砕いて土壁の混入材として大量に練り込むことで、土壁自体の重量を軽くしつつ、高い断熱性能を持たせることができます。

消石灰による土壁の強化:石灰岩を焼成して得られる生石灰に水を加えて作る消石灰を泥に混ぜる技術です。消石灰は空気中の二酸化炭素を吸収して徐々に硬化するため、通常の泥壁に比べて水耐性と強度が大幅に向上し、硬化の過程で殺菌・防カビ効果も発揮します。

澱粉糊による結合力向上:大麦などの穀物を長時間煮込んで抽出したデンプンスープを土壁の混練水として使用する手法です。デンプンが天然の糊として機能し、土の粒子やおがら同士の結合力を大幅に高めます。これにより、乾いた後の亀裂を防ぎ、壁の表面がボロボロと剥がれ落ちるのを防ぎます。

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