↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/100

托卵

視点:ベルタ

種付けされて受精卵を生むようになった三羽の雌鶏。しかし抱卵の仕組みを知り卵が食べられなくなることに気づき焦るベルタ。

対策により無事に卵を確保することに成功した。

にわとりの部屋から、かさかさという羽音が聞こえてくる。


わたしとおにいさんは、部屋の隅で小さな木箱を覗き込んでいた。木箱の中には、わらを敷き詰めた巣がある。そこには、雌鶏が一羽、じっとうずくまっていた。


「ねえ、おにいさん」


わたしは息をひそめて、おにいさんの服のそでを引っ張った。


「この雌鶏は村長様の雄鶏と仲良くしていたでしょう。ということは、これから出てくる卵からは、ひよこが生まれてくるの?」


おにいさんは、優しく目を細めてうなずいた。


「そうだね、ベルタ。雄鶏と仲良くした後の卵は、ちゃんと温めればひよこになるよ。だけど、そのままにしておくと、大変なことが起きるんだ」


「大変なこと?」


わたしは首をかしげた。朝ごとに巣から卵を取り出して、お椀に受けるのがわたしの仕事だ。卵は大事な栄養だし、おにいさんが作ってくれるとろとろのスープに入れると、すごくおいしい。

教会にも納めないといけないし、冬の領主舘にも納めなければいけないから大変大切なものなのだ。


おにいさんは指を三本立てて言った。


「雌鶏が三羽いるだろう? 雌鶏はね、自分で生んだ卵が十個くらい巣にたまるまで、2日にひとつずつくらい卵を生むんだ。そして十個たまったら『さあ温めるぞ』って決めて、卵を生むのをやめて、抱卵に入るんだよ」


「じゅっこ?」


わたしは指を折って数えた。


「うんとね、生まれるたびにひとつずつ取るから、巣には残らないよ?」


「そこが問題なんだ。人間が毎日卵を取ってしまうと、雌鶏は『まだ十個たまらないな』と思って、生み続けようとする。でも、それだといつまでたってもひよこは生まれない」


「じゃあ、卵を取るのをやめたらいいの?」


「そうするとね」とおにいさんは困ったように笑った。「十個たまるまでの二十日間、僕たちは卵を食べられない。さらに、三羽ともいっきに十個ずつ生んで温め始めたら、合計三十個の卵が温められることになる。その間、三羽とも新しい卵を一切生まなくなるんだ。その後、温めている二週間以上、ずっと卵は生まれなくなる」


「え、全然なくなるの?」


わたしは思わず声をあげてしまい、あわてて口を押さえた。雌鶏が驚いて首を振る。


卵が毎日食べられなくなるのは、絶対にいやだ。だけど、新しいひよこがぴよぴよ走る姿も見たい。三羽ともいっぺんに卵を生むのをやめてしまったら、冬のあいだのごはんが寂しくなってしまう。


「ひよこは増やしたい……。でも、卵が食べられなくなるのは、もっと嫌だ。来年、もっとたくさん鶏がほしいのに、どうしたらいいの?」


おにいさんは箱からから、何かを取り出した。


「だからね、雌鶏をちょっとだけ騙すんだ」


おにいさんが箱から取り出したのは、白くて硬いものだった。よく見ると、わたしが今まで割って中身を食べた後、おにいさんに渡していた卵のカラだった。


「これ、わたしが割ったやつ?」


「そうだよ。割ったカラの穴から、中に細かくて重い砂と、乾いた粘土をぎゅっと詰めて、穴をふさいだんだ。持ってみて」


渡された卵のカラは、ずっしりと重かった。本物の卵と同じくらいの重さと、すべすべした肌触りがある。


「これが『偽卵』……偽物の卵だよ。雌鶏は、自分の生んだ卵の数を、お腹の触感と目で確かめているんだ。数が足りないと生み続けるし、数がそろうと『もう生み切った』と思い込んで温め始める」


わたしは目を見張った。


「じゃあ、この偽物を巣にたくさん入れておけば……」


「そう。一羽の巣にだけ、この偽物の卵をあらかじめ八個くらい並べておく。そこに、今日生んだばかりの本物の受精卵をふたつ混ぜるんだ。すると、その雌鶏はどう思うかな?」


わたしの頭の中で、何かがカチリとはまった。


「『あら、もう十個たまっちゃったわ!』って思って、すぐに温め始める!」


「大正解。そして、残りの二羽の巣からは、毎日本物の卵を取り続けたら?」


「『あれれ、まだたまらないぞ』って思って、ずっと卵を生み続ける!」


「そういうこと」


おにいさんはにっこり笑って、偽物の卵を一つ、わたしに手渡してくれた。


わたしは決めた。


「おにいさん、やろう! この子にだけ、お母さんになってもらう!」


わたしは一番大きくて、羽がふさふさしている雌鶏の巣に、偽物の卵をそっと並べた。そして、今日三羽がそれぞれ生んだばかりのあたたかい本物の卵のうち、二つをその巣に混ぜた。


残りのひとつは、わたしがカゴに収めた。これは今日のごはん用だ。


次の日の朝、小屋を覗いてみると、予想通りのことが起きていた。


偽物をたくさん入れられた雌鶏は、翼をぐっと広げて、十個の卵を全部お腹の下に抱え込んでいた。目を細めて、すっかりお母さんの顔になっている。


「本当に温め始めた!」


わたしが声を殺して喜んでいると、となりのふたつの巣箱から、コッコッ、と軽い羽音がした。


さらに次の日、残りの二羽の雌鶏が、空っぽの巣箱で首をかしげながら、また新しい朝の卵を生み落としたところだった。


「よし、うまくいったね」


おにいさんが後ろからそっと覗き込んで、わたしの頭を撫でてくれた。


「温め始めたこの一羽には、残りの二羽が生んだ元気な受精卵を、少しずつお腹の下に追加してあげよう。一羽で十個くらいなら、ちゃんと全部温められるからね」


「じゃあ、この子が一気に全員の分のお母さんになるんだね」


「そうだよ。托卵、つまり他人の子を育てる形になるけれど、にわとりは自分の卵かどうかの区別がつかないからね」


わたしは、しっかりとお腹の下に卵を抱え込む雌鶏を応援するように、そっと手を合わせた。


これなら、毎日おいしい朝の卵を食べ続けられる。そして冬が深まって、外が寒くなったころには、このお母さんのお腹の下から、黄色くてふわふわのひよこたちがたくさん顔を出すのだ。


「冬のあいだに、ひよこ祭りだね!」


わたしが跳ね上がって喜ぶと、おにいさんは「そうだね、楽しみだね」と温かく微笑んだ。


一羽の雌鶏は誇らしげに卵を抱き、残りの二羽は「おかしいな」という顔をしながらも、今日も元気に餌をつついていた。小さな小屋の中で、わたしたちの冬の準備が、新しくひとつ動き出したのだった。


次回、土壁


【作中技術解説】

1. 偽卵による産卵制御:鳥類、特に家禽化したニワトリは、巣の中に溜まった卵の数を目視や腹部の感触で感知し、一定数に達するとホルモンバランスが変化して抱卵モード、就巣性に入ります。石や木、あるいは砂を詰めた卵殻などで作った「偽卵」をあらかじめ巣に置いておくことで、実際には数個しか産んでいなくても「規定数産み終えた」と錯覚させ、即座に抱卵を開始させることができます。


2. 連続産卵の誘発:ニワトリは巣から卵を取り除き続けると、野生本来の「一定数産んだら産卵を止めて温める」というサイクルがリセットされ、栄養状態が続く限り卵を産み続けようとします。これを利用して、種卵を得るための個体、抱卵役と、食用・補充用の卵を得るための個体、産卵役を人間の手で意図的に役割分担させることが可能になります。


3. 托卵とまとめ抱卵:ニワトリは自分の産んだ卵と他個体が産んだ卵を個別に識別する能力がほとんどありません。そのため、優秀で母性の強い一羽のめんどりに、他の複数のめんどりが産んだ受精卵を集めて温めさせる手法は、古くから養鶏で用いられてきました。これにより、他のめんどりの産卵ペースを落とすことなく、効率的に雛を孵化させることができます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。