ローズヒップ
視点:ベルタ
自然の恵みを採集する。狙いはローズヒップ。
秋の風は森の匂いを運んでくる。甘くて、少し酸っぱくて、カサカサに乾いた落ち葉の匂いだ。
わたしはカゴをしっかりと腕に抱えて落ち葉を踏みしめた。今日の森は、村の子供たちでいっぱいだ。年上のヨセフとマリア、それに年下の子も何人か一緒。冬が来る前に、森の恵みをできるだけたくさん集めるのが、わたしたち子供の大切なお仕事だった。
「ベルタ、遅れるなよ! 今日はあっちの奥まで行って、ヘーゼルナッツをたくさん拾うんだからな」
大きなカゴを背負ったヨセフが、振り返って声をかけてくる。マリアも隣で頷いて、足元の段差を気にしてくれた。
「ほら、ニコ、ヒルデ。ちゃんと手を繋いで歩くのよ」
「はーい!」
元気よくお返事をしたニコとヒルデが、わたしの服の裾をちょこんと引っ張った。ふたりともまだ小さくて、森の道は歩きづらそう。わたしは頼もしいお姉さんぶって、ふたりの手を引いて歩く。
わたしたちの目当ては、冬を越すための食べものだ。ヘーゼルナッツやクルミは、殻が固くて長持ちするし、お腹にも溜まるから一番大事。だけど、わたしには今日、どうしても見つけたいものがあった。
森の開けた場所に出たとき、それが見えた。
「あった……!」
思わず声をあげてしまった。日当たりのいい斜面に、真っ赤な実が小さな宝石みたいにたくさんなっている。イヌバラの実だ。真赤に熟していて、とってもおいしそう。いやおいしそうというよりはすっぱそうだ。
赤い実を見つけた時だけは美味しそうだと思うけど、やっぱりイヌバラの実だと思うとただただすっぱそうに感じてしまう。
ただ、おにいさんがどうしても欲しいからできるだけ集めたいといっていたから仕方がない。
寒くなると、村のみんなはすぐ風邪をひいたり、お肌がボロボロになったりする。それはいつものことだからあまり何とも思わないのだけど、この赤い実を乾燥させてお湯を注ぐと、すっぱいけど身体が温まるお茶になるっておにいさんが教えてくれた。
そこまではわたしも知っている。お茶になる実や葉っぱはいくつか知っている。
それでもどうしてもこの実だけは集めておきたいとわざわざ言うのだ。こういう時はだいたい体にいいものということなのだ。
いつも寒くなると風邪をひいたり肌がぼろぼろになったりするけれど、別になりたいわけではない。
冬を元気に過ごすために、どうしても手に入れたかった。
わたしは嬉しくなって、赤い実の生えている藪へ駆け寄った。ニコとヒルデも「あ、あかい実だー!」と言って後ろをついてくる。
「あ、待って! 入っちゃダメ!」
わたしは慌てて手を広げて、ふたりを止めた。
イヌバラの枝には、爪みたいに鋭くて曲がったトゲがたくさん生えている。うっかり手を突っ込んだら、刺さって大変なことになる。
「この木の枝にはね、痛い痛いトゲがいっぱいあるの。触ったら痛い痛いだから、絶対に触っちゃダメだよ」
わたしがお姉さんぶった真顔で教えると、ニコとヒルデはビクッとして手を引いた。
「痛いの?」
「うん。ちくーって刺さって血が出ちゃうから、小さい子は離れて見ててね」
ふたりを安全な後ろに下がらせてから、わたしは一人でイヌバラの前に立った。カゴを置いて、そっと手を伸ばしてみる。熟した実をつまもうとした瞬間——。
「痛っ……!」
イヌバラの曲がったトゲが、わたしの指先に引っかかった。引っ張ろうとすると、返しのついたトゲが服の袖や指に食い込んできて、もっと痛くなる。息を呑んで、慎重に手を引いた。指先に小さな赤い血の玉ができた。
「痛い……」
爪で実の根元を摘み取ろうとしても、枝がしなって逃げてしまうし、無理に手を奥へ入れると別のトゲが刺さる。指先が傷だらけになって、じじんとする。
一人じゃ、全然取れない。手が届くところの実だけじゃ、カゴの底すら埋まらない。
「ベルター? 何やってんだよ、置いていくぞー!」
奥のほうから、ヨセフの呼ぶ声がした。ヘーゼルナッツの木がある場所へ向かおうとしているんだ。マリアも首をかしげながら、わたしの方へ戻ってきた。
「ベルタ、そんなところで何してるの? イヌバラの実……? そんなお腹にたまらないもの集めてどうするのよ」
マリアが呆れたように言った。ヨセフもやってきて、あきれた顔で腕を組む。
「そうだぞ。そんな小さな実、お腹の足しにもならないだろ。それよりヘーゼルナッツを取らないと、冬の間に食べるものがなくなっちゃうぞ」
ふたりの言う通りだった。村にとっては、お腹がいっぱいになるナッツの方が何倍も大事だ。こんなすっぱい実を集めるのに時間を使うなんて、みんなのお手伝いの邪魔になっちゃうかもしれない。
でも——。
「これで、冬に風邪をひかなくなるの」
わたしは自分の傷だらけの手をギュッと握りしめて、ヨセフとマリアをまっすぐ見た。
「おにいさんが言ってた。この赤い実で冬を元気に過ごせるって。わたし、これが欲しいの。……でも、トゲが痛くて、わたし一人じゃ全然取れない」
うつむきかけるわたしの頭に、ポンと大きな手が乗った。ヨセフだ。
「なんだよ、そう言えよな。何も言わずに勝手なことをしたら皆困るんだ」
「もう、ベルタったら。一人で我慢して取ろうとするから手がつるつるの傷だらけじゃない」
マリアがため息をつきながら、自分の前掛けを外して、わたしの手をやさしく拭いてくれた。
「ヨセフ、どうする? 今日は赤い実を採る日にしてあげる? けど手で取ろうとしたらトゲだらけになっちゃうわね」
「へへん、任せとけって。そのまま素手で突っ込むから痛いんだ」
ヨセフは足元に転がっていた、長くて丈夫な二股の木の枝を拾い上げた。
「いいか、ベルタ。みんなでバラバラに作業してたら効率が悪いだろ? 二股の枝でトゲのある枝を押さえつけて、実のついた先っぽだけを別の棒で叩くんだ。マリアは下で布を広げて受け止めてくれ」
「分かったわ。ニコ、ヒルデ、散らばった実を拾うのお手伝いできる?」
「うん! できる!」
小さかったニコとヒルデも、目を輝かせて返事をした。
ヨセフが二股の枝でイヌバラの荒い枝をぐっと奥へ押し込む。トゲのある枝が固定されて、安全な隙間ができた。マリアが下で前掛けを大きく広げる。
「よし、ベルタ! 棒で実の根元を軽く叩け!」
「うん!」
わたしは短い木の枝を持って、熟した実の茎をねらってトントンと叩いた。すると、ポロポロポロ……と、真っ赤なローズヒップが、前掛けの上に落ちていく。素手で取っていたときの痛みが嘘みたいに、あっという間にたくさんの実が集まっていく。
「すごい! 落ちてくる!」
ニコとヒルデが、前掛けからこぼれた実を「トゲないよ!」と確かめながら、拾ってカゴに入れてくれた。
みんなで力を合わせたら、あんなに痛くて手が届かなかったイヌバラの実が、あっという間にカゴいっぱいに溜まった。
赤くてツヤツヤした実がカゴの半分以上を埋めたとき、ヨセフが枝を離して、大きく息を吐いた。
「よし、こんなもんだろ! ローズヒップ集め、大成功だな」
「ありがとう、ヨセフ! マリア!」
わたしが頭を下げると、マリアが微笑んでわたしの頭を撫でてくれた。
「どういたしまして。さあ、次はわたしたちの番よ。このカゴをヘーゼルナッツでいっぱいにするわよ!」
「おー!」
ニコとヒルデも元気に声をあげる。
わたしたちは、今度こそヘーゼルナッツの木を目指して森の奥へ歩き出した。カゴの中でシャカシャカと音を立てる真っ赤な実は、いつもよりつやつやして見えた。
これで、今年の冬はすっぱいお茶が飲める。たぶん、風邪をひくこともなく過ごせるはず。
わたしは傷ついた指先を少し誇らしく思いながら、みんなの後を追いかけた。
次回、托卵




