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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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種付け

視点:村長


村に置いてくれた礼だとかまどを作りに来たおにいさんに何か与えないといけないと考える村長。

おにいさんが羊と鶏を増やしたいというので許可を出す。

村の長であるということは、刻一刻と移り変わる村の均衡を保つため、目に見えない巨大な秤の平衝を常に手で支え続けるということだ。


俺が代々受け継ぎ、治めてきたこの村も、決して恵まれた地というわけではない。毎年、秋の収穫が終わるとすぐにやってくる領主への貢納、この時期はどの家も目の色を変えて穀物の叺(かます)をかき集める。天候に恵まれず、どうしても規定の納入量を払いきれない年などには、村の端でただ凍えと餓えを耐えるしかない貧しい農民が出ることも珍しくなかった。


だが、今年のあの冷酷な季節において、村から一人の未納者も出ずに済んだのは、富農であるハンスの存在があったからだ。ハンスは自らの蓄えを削り、行き場を失った貧農たちを引き取って己の畑の小作として抱え込んでくれた。それによって村全体としての納入義務は満たされ、代官の苛烈な咎めを回避し、どうにか村としての最低限の体裁を保つことができたのだ。


だからこそ、俺はハンスに対して大きな借りを感じていた。村長としての絶対的な威厳と面目を保ちつつも、村の実質的な救世主である奴のような力ある農民の感情を害さず、その顔を潰さないように心を配ること。それこそが、この泥臭い村で俺が果たすべき最も重要で神経を擦り減らす日常の責務であった。


だからこそ、あのおにいさんが奇妙な荷車を引き、俺の住まう大きなロングハウスの門を叩いたとき、俺の胃はきりきりと刺すような痛みを覚えたのだ。


「村長、春に俺を村に置いてくれてありがとうございました。貢納もできたので、今日はかまどの据え付けに伺いました」


おにいさんはいつものように穏やかで、どこかわかりにくい笑みを浮かべながら、荷車から粘土やら石やら、焼き物のような筒を土間へ降ろし始めた。


「礼……だと?」


俺は眉間に深い皺を寄せ、警戒の眼差しを強めた。


このおにいさんという若者は、どこからともなく現れて以来、よくわからん事をしながらベルタを養っていた。時折ハンスが世話を焼いていてくれたのでそのまま村に置いていた。そんな奴が、わざわざ俺の家を訪ねてきて「礼として特別な仕組を作る」と言い出したのだ。


もし、これが村を救ってくれたハンスの家よりも先なのだとしたら、一大事である。村長が一番に恩恵に預かり、村で最も貢献したハンスが後回しにされたとなれば、ハンスの面目は丸潰れとなり、村の秩序と感情の平衝は一瞬で崩れ去ってしまう。

もちろん村に置くことは決めたのは俺でおにいさんからすると礼をすべき相手は俺になるのだろうが、今年はそのようなわかりやすい状況でもない。この村の状況も理解できていなさそうなこの男に探りを入れることにした。


「……おい、おにいさん。一つ聞くが……まさかとは思うが、この仕組とやらは、ハンスのところにはもう作ってくれたのか?」


俺は努めて重々しく、声を低くして念を押すように尋ねた。もし未だだと言うのであれば、今すぐにその資材を担ぎ直させ、ハンスの家へ真っ先に向かわせなければならない。それが村長としての正しい判断だ。


おにいさんは作業の手を止めて、不思議な事を聞かれたような顔で振り返って頷いた。


「ええ、ハンスの家にはすでに組立ててあります。村長の家に置く前に失敗すると困るので先に試しました」


「……そうか。ならば、いいのだ。うむ」


若干俺が意図した通りではないがとにかくハンスの家には何か素晴らしいものがすでにあるようだ。

言葉もわからない時からハンスはおにいさんに話しかけにいっていたから恩義のようなものがあるのかもしれない。


俺は胸の奥で大きく安堵の息を吐き出し、それが表に漏れ出ないよう、重々しく頷いてみせた。順番は守られている。ハンスの体面もしっかりと保たれている。


だが、ハンスの件が解決したとなれば、次に立ち塞がる障害はこの「かまど」そのものだった。


おにいさんは手際よく、俺の家の広い土間に穴を掘り始めると、外の壁へと貫通する小さな穴を空けて土管を通し始めた。そればかりか、これまで見たこともないような管も垂直に伸ばしていく。


このような粘土と石の構造物は見たことがなかった。


「これは吸気筒付きの室内煙突かまど』というものです。部屋の中の暖まった空気を使わず、外から自動的に空気を吸い込んで燃えるので、部屋の温度を下げずに薪が激しく効率よく燃えます。それに、煙はすべてこの煙突から屋根の外へ抜けますから、部屋の中に煙が充満して目が痛くなることもありません」


おにいさんが早口で説明を続けながら作業を滞ることなく進んでいく。はっきり言って何を言っているのか聞き飛ばしたが、頷いておいたから大丈夫だろう。

かまどは見る見るうちに堂々たる形を成して、やがて最後の仕上げが終わり、試しに小さく割った薪がべつの火種からくべられた。


パチパチという心地よい爆ぜる音とともに、火が燃え上がる。すると、驚くべきことが起きた。


これまでなら室内を真っ白に染め上げ、目を刺すような激しい煙が立ち込めるはずなのに、煙は吸い寄せられるように一本の筋となって煙突の中へ消えていったのだ。そして、かまどの周囲の粘土壁からは、じんわりとした温かい熱が波のように押し寄せ、広いロングハウスの土間全体を包み込んでいく。


その様子を奥で見守っていた俺の妻が、思わず感嘆の声を上げて歩み寄ってきた。


「まあ……! なんて温かいのでしょう! 煙で目が痛くならないなんて、まるで夢のようだわ。これなら冬の夜も、凍えることなく手仕事ができますね。さすがは村長のお館ですわ!」


歓喜に目を輝かせる妻の姿と、ロングハウスに集まっていた村の者たちが「おお……」「これはすごい」とざわめく声を聞き、俺の胸には誇らしさが込み上げてきた。村長の館にふさわしい素晴らしい設備が与えられたのだ。これで村長としての面目は完全に保たれたと言っていい。


だが――次の瞬間、俺の心臓は別の焦燥感によって冷たく跳ね上がった。


これほどの技術と、冬の生存確率を劇的に跳ね上げるような莫大な恩恵を、ただ「お礼です」と無償で受け取ってしまって良いのだろうか?


否、絶対に良くない。


村長という立場の人間が、一介の若者からただ与えられ、施しを受けるだけの存在になってしまえば、村長としての精神的優位も、統率者としての尊厳も完全に失われてしまう。与えられた恩恵には、それ以上の何かを「与え返す」ことによって返さなければならない。彼に寛大な施しを与え、村長としての恩を売っておくことこそが、この地位を守るために不可欠なのだ。


しかし、一体何を彼に与えればいいのだ?


俺は腕組みをし、威厳ある態度を保ちながらも、頭の中で激しく計算を巡らせた。


鉄の農具など、村長の家とて持ってはいない。穀物や薪の蓄えにしても、奴自身も十分すぎるほどの蓄えを手にしているはずだ。酒や贅沢品があるわけでもない。彼が欲しがり、なおかつ村長である自分にしか与えられないような、絶対的な価値を持つものとは何だ――?


知恵を絞れば絞るほど、自分の手元の貧しさが際立ち、俺の額には冷や汗がにじみ出そうになった。


焦燥感がピークに達し、悟られまいと必死に眉間に皺を寄せていたその時、かまどの片付けを終えたおにいさんが、どこかすまなそうに切り出してきた。


「あの……村長。もしよろしければ、一つご相談とお手伝いのお願いがあるのですが」


「む……? なんだ。言ってみよ」


俺は胸の内で跳ね上がる鼓動を必死に抑え込み、重々しい声で応じた。


「実は、うちで飼っている雌羊と、めんどりに種付けをさせていただけないでしょうか。村長の家で飼われている牡羊と雄鶏は、この村のどこよりも大きくて力強く、素晴らしい性質を持っていますから。ぜひ、その血を分けていただきたいのです」


その言葉が耳に届いた瞬間、俺の全身を縛り付けていた激しい緊張が、一気に溶けて消え去った。


種雄だ!


家畜の群れを維持し、さらにその中から特別に体格が良く、丈夫で質の良い種雄を選び抜いて養い続けるには、膨大な飼料と管理の手間がかかる。貧しい農民たちにはとても真似のできない芸芸であり、村全体を見渡しても、真に優れた種雄を所有し続けているのは、歴史と財産を持つ村長である俺の家くらいのものだった。


おにいさんがどれほど器用で、どれほど恐ろしい知恵を持っていようとも、数年かけて育まれた「優れた種雄という生きた資産」だけは、一朝一夕に作り出すことはできない。村長である自分だけが持ち、彼に与えることのできる最高の価値が、まさに目の前にあったのだ。


「ふむ……! ほう、雌羊と、めんどりの種付けか!」


俺は溢れ出そうになる歓喜と安堵を隠すように、大きく胸を張り、蓄えた髭をゆっくりと擦ってみせた。


「良いだろう! 村の発展と、おにいさんの日頃の働きに報いるためだ。我が家の自慢である優秀な牡羊と雄鶏の力を、特別に貸してやろうではないか。おにいさん、遠慮はいらん。すぐにでも家畜を連れてくるが良い!」


「本当ですか! ありがとうございます、村長。そう言っていただけると本当に助かります」


深々と頭を下げ、心からの感謝を口にするおにいさんの姿を見下ろしながら、俺は至高の満足感と全能感に包まれていた。


最新の素晴らしいかまどという技術を献上させ、同時に村長として寛大で不可欠な施しを彼に与えてやったのだ。これで立場は対等どころか、借りを作ることもなく、村長としての尊厳と精神的優位を完璧に守り切ることができた。


(ふふ……あの若者も、なかなか使い勝手が良く、俺を立てる術を知っている。来年もまた、村のためにうまいことやってくれるだろう)


新しく作られた室内かまどから放たれる、包み込むようなぬくもりに身を委ねながら、俺は村長としての誇りを胸に、満足げに何度も頷くのだった。

次回、ローズヒップ

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