村長への感謝
視点:ハンス
おにいさんが資材を持ってやってきて俺の家で工事を始めた。
妙に管がのびたかまどができたがものはよさそうだ。
俺はハンス。この村のどこにだっている、しがない農民の一人だ。
家族を養い、領主の理不尽な賦役に耐え、泥にまみれながらもどうにかこうにか日々の糧を得て生きている。この広い国の片隅にある小さな村では、それが当たり前の日常だった。
そんなある日、ベルタの家のおにいさんは妙なことを言い出した。
「村長にお礼をしないとな」
そう言って、あの真面目な顔で腕を組んだのだ。
「おいおい、おにいさん。村長にお礼だなんて、いったい何に対してのお礼なんだ?」
俺が呆れたように問いかけると、おにいさんは静かにこう言った。
「春にこの村から追い出さないでいてくれたからな。何かしらしておかないと嘘だろう」
よそ者であった人間をこの村に住まわせ、受け入れてくれたことに対する、奴なりの最大の誠意なのだろう。
そこまで考えることかどうかは微妙なところだ。いつだって人は死んで畑を耕す人間は必要なのだから。
それに気づいたのか、
「気が変わって追い出されるのが怖いから、袖の下を渡しておきたい」
「それはわかりやすいくていいな。見たことないくらい髪の毛も目も黒いから、村の人間もたまにびっくりしてるもんな」
「まあ仕方ない」
相変わらず何を言っているのか怪しかったが、要するに、村で一番えらい村長の家になにかいいものを作って付けてやろうというらしい。
「ふん、まあ、おにいさんがそこまで言うなら村長も喜ぶだろうさ」
「けど、いきなり村長の家で大掛かりなことをやって驚かせるのもなんだから。まずは……」
おにいさんは俺の家を指さした。
「ハンスの家で試してみよう。村長の家で失敗でもしたら大変なことになる。ハンスの家なら多少煙たかろうが床が煤けようが文句は言われないだろう」
おにいさんはじっと俺の顔を見つめ、了承を得たそうな顔を向けてきた。
「いや、準備するのは良いけど俺の家で失敗するのを前提でやるのはやめろよ」
「多分大丈夫だ、任せてくれ」
「まぁいいけど。何をするんだ?」
「かまどを作ろう」
こうして、我が家の素敵なロングハウスを舞台にした、おにいさんのかまど計画が幕を開けたのだった。
「まず、これだ」
翌日、おにいさんが俺の家に持ち込んできたのは、石やら粘土やら木やら、焼き固めた土やらわかるようでわからんものばかりだった。
かまどはどこに置くか聞かれたので、もともとあった場所を指さした。
「やっぱり直火か」
これまで我が家で使っていたのは、ただ床に石を並べて囲っただけの、文字通りの直火だ。薪をくべれば部屋中が煙たくなるし、目にしみるのは当たり前。屋根の隙間から勝手に煙が抜けていくから、冬はすきま風がビュービューと吹き込み、火の当たっている場所以外はもちろん寒かった。
おにいさんは手際よく、持ってきた資材を積み上げていく。
「おいおい、こんなに囲っちまったら、火が消ちまうんじゃねえのか?」
俺が心配になって声をかけると、おにいさんは作業の手を止めずに答えた。
「空気があれば燃えるから大丈夫だ」
「その空気が入ってこないんじゃないかって聞いてるんだよ」
相変わらずとぼけたような答えがかえってくる。
眺めているとかまどからは床の上を外に向かって筒のようなものを伸びていく。
「あぁ、壁に穴が開いちまったよ!」
「大丈夫だ、ハンス。開いたんじゃなくて開けたんだ」
「何が大丈夫なんだよ。俺の家だぞ」
おにいさんは俺の文句もさらりと流しながら、横向きの筒とは別の筒をかまどの上向きに伸ばしている、俺の背より少し高いくらいか。
「よし完成だ。さっそく火をくべてみよう」
「なんだかよくわからんものになったな。かまどより筒の方がでかくないか?」
「気になるか?ハンスだけが気になるのか?他のみんなも気になるのか?」
「気にはなるだろうよ。今まで軽く掘って石で囲った直火だったんだからな。それが突然これだぞ?」
「そうか、慣れてくれ」
「お前なぁ」
おにいさんがかまどの中に乾燥した小枝と薪をくべ、火を放つ。
そうしたら薪を入れる口を塞いでしまった。
「これ火が消えないか?」
「薪が尽きるまでは消えないから大丈夫だ」
上向きの筒からでていた白い煙が急に見えなくなった。
ごぉっ……!
と、まるで野獣が息を吹き返したかのような、低い重低音が響いた。
「おっ……!」
俺は思わず声を上げ、その場に立ち上がった。
かまどの中から聞こえてくるということは、これは薪が燃える音なのだろうか。
それに、いつもなら、火を焚いた瞬間に部屋中が煙に満たされ、涙と鼻水を流しながら咳き込むのがお約束だったというのに。今のロングハウスの中は煙で曇っていない。空気が驚くほど澄んでいるのだ。
「こりゃいいや。火が見えないのに燃えているのはよくわかるし煙たくもねぇ」
たまにおにいさんが入り口を開けて薪をくべる。
時間がたつほどかまどと受け向きの筒が熱を帯びてくるのが分かる。
「直火だと火は熱いのに離れると寒いが、これはただただあったけぇ。いいものをありがとうな、これなら村長も大喜びだ」
「ハンスのお墨付がもらえてよかったよ。これで安心して袖の下をわたしに行けるよ」
「なんだよおにいさん、こんないいものがあったらもっと早く……早いな、めちゃくちゃ早いな。よく春を超えてクソ忙しい夏を超えて今作ってくれたな?自分たちの事で手一杯だったろうに」
「できること全部しておかないと不安でしかたないんだよ」
薪をくべながらおにいさんは弱音のようなものを吐き出した。
無理もない、まったく知らない土地で急に生きることになったら誰でもそうなるに違いない。
「なぁ、おにいさん。俺にできることがあったら……というか暑いよ!なんでこんなに暑いんだよ!?」
信じられない思いで呟く俺に、おにいさんは満足げにうなずいた。
「隙間風をなくすとこうなるんだよ。いつもの感じだと今の薪の量だとどれくらいになるんだ?」
「いや、ぼんやりとした明かりが取れるくらいだろ。温かくなるというより煙いが先に来るわ」
隙間風がなくなる理屈はまるで理解できなかったが、体感している現実があまりにも凄まじかった。
壁を塗りなおしたわけでもなく出入り口が変わったわけでもない。煙は頭の高さより上からでてそのまま天井に向かって静かに上がっていく。
いまはまだ寒くはないが、入ってくるはずの隙間風はピタリと止まっているので、かまどが孕んでいる熱が、ただただ温かい。というより今は熱い。
想像をするに冬になれば、これが部屋全体をじんわりと、しかし確実に温めていってくれるにちがいない。
「すげぇ……凄まじいぞ、おにいさん!」
俺は興奮を抑えきれず、おにいさんの肩をバシバシと叩いた。
「これなら、真冬のクソ寒い夜でも、凍え死ぬ心配がねえ! 煙で目をやられることもないし、なんならこのかまどの上の平らな面で、鍋を置いておくだけで煮炊きができるじゃねえか!」
「薪もたぶん今までの半分で済むんじゃないか?煮炊きもしやすいだろうからこのかまどなら礼になりそうか?」
おにいさんはかまどの是非を俺に聞いてきたがこんなものは当然村長も欲しがるに決まっている。やつも村の取りまとめで苦労しているからこんな贈り物が来たら踊りだすんじゃないだろうか。
「間違いなく礼になるし十分すぎるさ」
「そうか。ありがとうハンス」
奴はやおら礼を言って去っていった。なんで自分で作ってその価値をわかんないんだよ。
使い方は直火とは違うだろうから少しばかり練習をしておこう。
これはかみさんも倅も喜ぶに違いない。
俺はほくほく顔で薪をくべてみた。
次回、種付け




