雑多な作物
視点:ハンス
刈り取りを終え、落穂拾いも終わった畑で地面を眺めるおにいさんを発見する。
雑草化と思うほど適当に生えた作物とベルタの両親の話をする。
貢納も無事に終わり、次の麦の種まきにはまだ時間がある。
収穫祭に向けた準備をする、一年で一番楽しい時間だ。
今年は麦の質が良いとかなんとか代官も気が抜けたような事を言っていた。たしかに竿で叩いて脱穀したものと、籾だけを擦り落とすやり方と比べたらずいぶんと差が出るという物だ。
小作連中の分も合わせてすべて納められたので俺もゆるみきっている自覚はある。
この時期に畑に居るのは落穂拾いをする奴らだろうか?それも大体終わっているので本当に刈り取り後の畑には誰もいない。そろそろ共有地として開放する時期だろう。村長に聞いてみるか。
そんな時、そんな畑の一角で、おにいさんが首を傾げながらしゃがみ込んでいた。ちょうど昼下がりだったが、この時間はまだぬるい風が吹いている。冬はもう少し先だろう。
「どうした、おにいさん」
声をかけると、おにいさんはふらりと立ち上がり、何やら困ったような、あるいは酷く呆れたような、複雑な顔をして俺を手招きした。
誰も畑に居るわけないと思いっていたが、当たり前の様にいるのだから本当におかしな奴だと思う。
「ハンス。……これは何だ?」
指し示された地面を覗き込むと、見慣れたものから少し変わった形のものまで、色とりどりの実や茎がひしめき合っていた。豆のつるが絡まり、別の場所では不揃いな根菜の葉が顔を覗かせている。ベルタの畑にしては、あまりにも雑多すぎる光景だった。
「あぁ、これか」
俺は苦笑を浮かべ、腰に手を当てた。
「お前、あのとき適当にいろんな種を一つの泥団子に突っ込んで撒いたろ。だからこうして、色んな作物がごちゃ混ぜになって生えてきちまったのさ。……で、何という名前か教えてくれ、ってか?」
おにいさんはよろしく頼むと、こくりと頷く。相変わらず、誰も知らないことを知っていたり、誰でも知っていることを知らない妙な男だ。
「よそから来たんだから大変だよな。……まあいい、教えてやるよ」
俺はしゃがみ込み、生い茂る葉の一つに手を伸ばした。
「このひょろっとした葉っぱのつるは「エンドウ」だ。その隣の青みがかったごつい葉は「カブ」だな。そして、そっちの地面を這うように広がっているのは――おいおい、マジかよ」
俺は目を丸くして、その部分を指差した。
「こりゃ随分種類があるな!面倒くせえ!」
「やっぱり作物なんだな。雑草ではなく」
おにいさんが驚きを隠せない顔をして目を丸くした。あの何事にも動じない男が、文字通り唖然としている。
俺か親父の代のいつかの時期に、代官から、庭先や畑で育てるべき植物の種類や作物の細目が周知された。
王様が決めた規則だとかなんだとか。その時に種やらなんやらが渡されたような気がする。
だが、ふと冷静になって周囲を見渡せば、この村の現実がある。
ふつうの農民は、そんな律儀にこんな雑多な作物を分類しながら育てたりはしない。代官が巡回してきても、とりあえずは麦の話だ。「今年は不作ですかね」「それは困る、草を抜いたりできることをやっておけ」という感じで、王様が決めたよくわからん草なんかは特に気にも留めない代物だ。
お上から降りてきた規則と、泥臭い現実との差異に、俺は肩をすくめて、ふっと息を吐き出した。
「まあ、驚くなよ。お前が呆れようがなんだろうが、村の連中はそんなものほっておくだけさ。代官がわざわざこんな村の片隅まで来て、野良の草むらの種類まで検分していくわけがねえよ。むしろ今までに一回もなかったんだ」
俺はそれ以上深く追及せず、目の前の雑多な作物を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……だけどさ。この種がここでこうして芽吹いているのを見たとき、俺はふと思い出しちまったんだよ」
おにいさんは黙って俺の言葉の続きを待っている。
「ベルタの両親は、本当に信心深くて、そして馬鹿みたいに真面目だったからな。古い教えや条例に縛られて、こんな雑多な作物まで王様が決めた大切な種だって、文句一つ言わず、律儀に種類ごとに種を分けて、できるだけ残してたんだな」
その言葉に、おにいさんの眉根がわずかに寄った。
「だけどよ……あいつらは、あまりにも真面目すぎた。土地の栄養も、自分たちの労力も限られているってのに、規則通りにあらゆる種類の作物を守ろうとして、本命であるはずの主食の麦を育てる余裕までそいつらに割いちまったんだ。結果として、肝心の主食の麦が圧倒的に足りなくなっちまった。結局、あいつらは……そのまま死んだんだよ」
胸の奥がチリリと痛むのを押し隠し、俺はおにいさんの肩を軽く叩いた。
今年の春の寒さの中、ひっそりと冷たくなっていった夫婦の姿を想像する。誰も悪くない。誰もが自分の役割を果たそうとし、神に祈り、お上の定めた規則を守ろうとした結果として、その真面目さが命を削る刃となったのだ。
「だからさ。お前が何のつもりでこれをまいたのか知らねえが……できれば生かしてやってくれよ。あいつらが命がけで、すり減るような思いをして残しちまった、無様な遺産なんだからさ」
おにいさんはしばらくじっと地面を見つめていた。
色とりどりの葉が、春の風に揺られてカサカサと音を立てている。その緑の群れの中に、かつてその不器用な誠実さですべてを抱え込もうとした夫婦の影を見た気がした。
やがて、おにいさんはまっすぐ俺を見据え、静かに頷いた。
「何とかしよう」
短く、しかし淀みのない返事だった。
その言葉を聞いて、俺は胸のつかえが少しだけ下りたような心地がして、大きく息を吐き出した。
「よし、決まりだな。なら、邪魔な雑草の選別と間引きは、俺も手伝ってやるよ。せっかくの収穫だ、無駄にはしねえさ。あいつらの墓前にも、この種を撒いてやろうぜ。自分らで蒔いた種だからお前らが育てろよってさ」
俺たちは並んでしゃがみ込み、あの泥団子から始まった雑多な命の群れを、一つひとつ丁寧に手入れし始めたのだった。
「移植したいから手伝って欲しい」
「お前、俺が暇人だと思ってないか?」
思わず笑ってしまう。いや、笑ってしまったが言いたいことはわかる。この後は休耕地になって共有地になる、そうしたら牛か羊に食われてお終いだ。なんだかんだで育てるなら移動させる必要はあるだろう。
もしも本当に育てるのなら、おにいさんが適当に土に詰めてまいたのは正解だったんだろうな。種も時間がたてば生えなくなるし、カビが生えて死ぬかもしれない。
とりあえず育っているし花が咲いて種も付けられそうな現状を見ると納得せざるを得ない。
「どこに持っていくんだよ、家の庭か?」
「そうしよう。何とか種取りができればいいんだけどな」
いい判断だろう。なんだかんだ野菜も野草も似たようなものだ。種を取るだけなら割と何とかなるからな。
「おい、手伝ったんだから礼を期待してるからな」
俺は軽口を叩いておいた。ベルタを抱えて貢納も追納も済ませたんだ、こいつは完全に村の人間だ。
村の連中もベルタの大鎌と変な籾を扱く道具の恩恵を受けたんだ、見る目も変わっただろうさ。
「そうだな、もちろんだハンス。お前には世話になっている、奥さんも喜ぶものを考えておく」
「楽しみにしているぜ」
なんでもいいんだ、お前はもうよそ者でも何でもないからな。
次回、塩の分画
【作中技術解説】
ヴィリス条例:御料地令。8世紀末から9世紀初頭にかけてカール大帝の治下で発令された、王領地の管理・運営に関する詳細な命令書。農村の組織、家畜の管理、収穫物の保管、さらには栽培すべき植物の品種に至るまで極めて厳格に規定されており、中世初期の経済や農業を知るための貴重な史料となっている。
多品種混植:単一作物を整然と育てる単作とは異なり、異なる種類の作物を同じ区画で育てる手法。根粒菌を持つ豆類が土壌を肥沃にし、カブや野エンドウなどが互いの生育を助け合う。作中ではベルタの両親が古い規定や信仰心に基づいて律儀に多種類の種を維持しようとした結果、主食の生産リソースが圧迫されるという歴史的な悲劇の背景として描かれている。




