落穂拾い
視点:ベルタ
貧乏暇なしなのでどんぐり拾いの次は収穫後の畑で落穂拾いをします。
乾いた秋の風が、刈り入れの終わった畑の上をすうっと通り抜けていく。
あんなに黄金色に輝いて、重たげに頭を垂れていた麦畑はどこへやら、おにいさんと一緒に作り上げたあのすごい大鎌、籠までついたあの自慢の大鎌で、わたしたちの畑はあっという間にきれいになってしまったのだ。
それに、わたしたちの畑だけでなくみんなの畑のお手伝いまでできたのだ。今はすっかり短く切り揃えられた茎の切り株ばかりが広がり、隠しようのない赤茶けた地面がむき出しになっていた。
すっかりいい気分で迎えたこの時期、わたしにはどうしてもやらないといけない大事な仕事があった。
そう、落穂拾いだ。
わたしのお家は、一応は自分の畑をもっているけど、広さはちょっとだけだし、はっきりいって領主様に取り上げられるかどうか、とてもあやしい生活をしていた。だから、おにいさんが領主町へ貢納をしに行ってくれて、塩まで買ってきてくれた時はふたりで小躍りをしたのだった。
ただ、畑が増えたわけではないし貧乏であることに変わりはない。冬を越すための蓄えは、なんだってやっておきたいのだ。
だからこそ、刈り取りが終わったあとの畑をこうして歩き回ることは、わたしたちにとって大事な生きるための権利だった。
「おにいさん、こっちには結構落ちてるよ!」
わたしは籠を腰につけて、トコトコと畑を歩き回る。
しゃがみ込んで固い土をよけると、誰かの手からこぼれ落ちた丸々とした麦の粒が顔を出す。それを一つ残らずつまみ上げて、ぽん、と籠に放り込む。
「ん、そこにもあるね」
少し離れたところで、おにいさんはまた変な姿勢で地面を覗き込んでいた。始める前に、自分たちの畑の落穂を拾わずに他の皆の畑の落穂を拾いましょうというとても細かい事を話していた。ほんの少しでも自分の畑の物は持ち出さないという、ものすごく恐ろしい程のケチさだった。
そもそも籠付きの大鎌で刈り取ったのでわたしの畑にはほとんど落ちていないし、なんならすでにクローバーが生えて落穂があっても見つけにくい。まだ小麦を刈り取る前に種まきをしたからもう生えているんだろう。手伝ってくれたハンスおじさんだけは納得したような顔で頷いていたことを思い出す。
おにいさんはそんな緑の刈り後を見ることもなく、他の村の人たちがどんなふうに刈り残したかとか、じろじろ見ている。木片に何か書きつけているけどそんなに面白いことがあるのだろうか。
同じように落穂を拾っている村の人に挨拶をするとベルタはとても頑張っていると褒めてくれる。多分、わたしがどんぐりをたくさん拾っているのを見たんだと思う。たくさん拾ったから冬を越せると話したら、びっくりした顔でまたわたしを褒めてくれた。
おにいさんは他の家の麦の穂をじっと観察して、時々「ふむ」とか言っている、「あの家の麦はうちのより穂が大きいな」とか、「あそこのはちょっと種類が違うかもしれないぞ」とか考えているに違いなかった。と言うよりも口に出ている。おにいさんはいつだって、わたしが思いつかないような変なところを真面目に気にするのだ。
しばらくの間、夢中になって地面をつつき回していたけれど、だんだん腰が痛くなってきた。
「ふあぁ……なんだか飽きちゃった」
秋の日の柔らかな日差しが背中に当たると、急にとろりと眠気が襲ってくる。わたしは拾うのをぴたっとやめて、そのへんに生えていた草の上にどかっと尻餅をついた。
「よし、ちょっと休憩!」
宣言してから、周りを見回してみる。
すっかり刈り入れが終わったこの場所は、もうすぐみんなの共有地になって牛や羊が草を食べにくる。それまでに拾って拾って拾いまくるんだ。
遠くの方では、村の牛や羊たちがのんびりと草を食みながら歩いている。モウモウと鳴く牛の背中には黄色い蝶々が止まっていて、なんだかすごくのんびりした空気が流れていた。みんな、夏のあいだは休む暇もなく働かされていたから、この時期の休耕地の穏やかさは、まるで別世界みたいに心地いい。
わたしは草の上に寝転がり、ぷかぷかと浮かぶ白い雲を目で追いかけた。
「あっちの雲は、おにいさんが作った大鎌の形に似ているかも……いや、籠がついていないから普通の鎌だな」
一人でふふっと笑いながら、カサカサと乾いた草の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
何もしないでこうしてゴロゴロしていると、毎日毎日休まずに動き回るおにいさんのせいで緊張していた胸の奥が、すーっと軽くなっていくのを感じる。おにいさんは、村人が休んでいる時間も、他の家の麦を観察したり、次の変な道具のことを考えたりしてちっともじっとしていない。だからこそ、こうしてこうやってわたしが怠けていると、ちょっとだけ悪いことをしているような、不思議なドキドキがあった。
「……ねえ、おにいさん、そろそろ疲れた?」
寝転がったまま声をかけてみる。
おにいさんは少し離れたところで、隣家の古い切り株の断面をなぜか爪先で叩いていたり、地面を軽く掘ったりしていたけれど、わたしの声に気づいてスッと顔を上げた。
風が吹いて、おにいさんの黒い髪がふわりと揺れる。相変わらず何を考えているのかよくわからないけど、わたしが怠けているのを見ても怒ったりはしない。
おにいさんは静かに歩いてくると、わたしの隣にひょいと腰を下ろした。
「疲れていませんよ。ベルタの籠の中はどうですか」
「えっ? えへへ、これだけ集めたよ!」
わたしはのんびり起き上がって、腰から外した籠をおにいさんの前に突き出した。
中を覗き込むと、一粒一粒は小さくても、コツコツ集めれば結構な量になる綺麗な麦の粒が、底の方にザラザラとたまっていた。小さいころからやっている貧乏の知恵なのだ。
おにいさんは袋の中をじっと見つめ、それから優しくわたしの頭をぽん、と撫でた。
「よく集めました。これだけあれば十分ですね」
「でしょ? わたし、落穂拾いも大得意なんだから!」
褒められてすっかり調子に乗ったわたしは、ふんと胸を張ってみせる。
すると、おにいさんは少しだけ口元を緩めて、遠くの畑の向こうに目をやった。そこには、他の家の畑の様子を探るように、またじっと観察を続けるおにいさん特有の顔が戻ってきている。
「ねえ、おにいさん。ほかの家の麦がどうしたって言うの? うちのよりすごいの?」
わたしが首をかしげて聞くと、おにいさんは立ち上がり、わたしに手を差し伸べた。
「行ってみましょうか。面白いものが見つかもしれません」
「ほんと? じゃあ行く!」
わたしは差し出された大きな手をとって、勢いよく飛び起きた。
腰の籠をもう一度しっかりと結び直し、もうすぐ共有地になる刈り後の原っぱを、おにいさんと一緒にまた歩き出す。
足元では、カサカサと乾いたわらや麦の殻が心地いい音を立てる。
おにいさんが次に何を見つけるのか、他の家のどんな珍しい麦を持ち帰るつもりなのか――わたしたちの、ささやかで忙しい秋の充実は、まだまだ終わらない。
次回、雑多な作物
【作中技術解説】
落穂拾い:貧民の与えられた権利。当時の農村では、病害虫や気候変動による全滅リスクを分散するため、単一品種の栽培ではなく多様な品種や作物が混ざり合って生育していました。落穂として拾われる麦は、自家採種を繰り返す中でそれぞれの畑の微気候や土壌に適応したものです。
自分の畑にはない種類の麦や、環境ストレスに耐え抜いた強健な個体の穂が混入しているため、これを次年の種子として持ち帰ることは、意図せぬ自然淘汰と遺伝的多様性の導入を意味していました。遺伝的な均一化を防ぎ、作物を維持することにつながります。
また、他人の畑に入る落穂ひろいは、他の農民がどのような土壌管理を行っているかを直に観察する絶好の機会でもありました。




