クレイドル
視点:ベルタ
大きくてかっこよくなった鎌におにいさんは余計な木の籠を付け始める。
大鎌は完成した。
そう、わたしは思っていた。
大きな鎌は、わたしが両手で振るうと、庭のうるさい雑草を気持ちよく刈り取ってくれた。
しゃっ。
しゃっ。
小気味よい音と一緒に、青々とした草がまとめて倒れていく。
「すごーい!」
わたしはとても気持ちがよかった。これまでの小さな手鎌だと、腰を屈めて一握りずつ切らなければならなかったのだ。それに比べたら、立ったまま腰を振るだけで草が消えていく大鎌は、たのしいおもちゃみたいだった。
だから、これでもう完成なのだと、わたしは疑わなかった。
思っていたのだ。本当に。
なのに、おにいさんはまた、熱い湯気を上げながら木を削っていた。
「また?」
「はい」
「まだ作るの?」
「まだ作ります」
わたしは不満げに、壁に立てかけられた大鎌を見た。昨日、わたしは大鎌でちゃんと切れた。少し重かったけれど、切れ味は抜群だった。なのに、おにいさんはその大鎌に、まだ何か付け足すらしい。
「何?」
「籠みたいなものです」
「かご?」
聞いたことがない。おにいさんは時々、というよりもいつも村の誰も使わないような不思議なことを口にする。鎌と籠はわかる。刈り取って籠に入れたら持ち運びやすい。
おにいさんは鎌に籠を付けようとしている。
なにがなにやらまったくわからない。
おにいさんは細く割ったハシバミの枝を、土鍋の湯気に当てて柔らかくしていた。じっくりと時間をかけて温められた枝は、手の中で、ゆっくりとしなっていく。
ぐにゅり、と木の繊維が鳴る。それをゆっくり、ゆっくりと曲げていく。
まるで大きな指とか、大きな弓みたいな形になった。それをいくつも作り、さらに細いハシバミの枝を何本も横に渡して、紐で細かく結んでいく。出来上がっていくものは、確かに籠のようだった。
「それ何?」
「麦をつかまえます」
わたしには意味が分からなかった。麦は切るものだ。地面に生えているものを手でつかみ鎌で切る。おにいさんが作った大鎌であっても、刃でスパーンと切り落とす。それで終わりのはずだ。受ける必要なんて、どこにあるのだろう。
「切れるんだから、もういいんじゃないかな。早く行こうよ」
「いいえ。必要です」
また始まった、とおにいさんの横顔を見つめる。おにいさんは時々こう言うのだ。わたしや、たまにハンスおじさんが「これで十分だ」と満足していても、おにいさんだけは「あと少し」と言って、さらに何かを足そうとする。
いつも最後にもう一工夫する。でも、子供のわたしには、その小さな違いがどれほど大事なことなのか、さっぱり分からなかった。
「遊ぼうよ」
わたしはそこらに落ちていたハシバミの木の枝を拾って、ぶんぶんと振った。おにいさんの気を引きたかった。
「今日はすっごくいい天気だよ」
「はい。いい天気だな」
「草むらに、大きなバッタもたくさんいるよ」
「はい。います」
「川にいけば、魚も捕れるよ? おにいさん、魚好きでしょ?」
「はい。捕れますね」
「じゃあ行こう!」
「はい。行きましょう」
むふふ、わたしの勝ち。
しかしおにいさんはいつのまにか作り終えたらしい。
木の柄に小さな穴を開け。
そこへ別の紐を通し。
さっきまで丸めていた鳥かごみたいな枝を、大鎌の長い柄へとしっかりと固定していく。
大鎌の鋭い刃の上に、大きな、木の骨組みでできた籠のようなものがせり出すように付いていく。おにいさんはそれを、とても嬉しそうな顔で眺めていた。
「変なの。なんか、かっこわるい」
せっかくかっこよかった大鎌が、ますます大きくなって不恰好になった。これでは重くて、草刈りもしにくそうに見える。わたしは小さな胸の中で、絶対におにいさんは失敗していると思った。
「絶対それ、重いよ」
「でも、これは便利です」
わたしはおにいさんをひっぱりだして外で遊ぶことにした。
まずは、手頃な木切れを二本拾って、地面の柔らかい土の上に絵を描く遊びだ。わたしが描くのは、お世辞にも上手とは言えない、足が何本もある不思議な生き物や、丸いお月様。おにいさんはそれを見て笑いながら、わたしの描いた生き物の横に、手が何本もある不思議な生き物や、変な形のお月さまを描いていた。
「わあ、へんなの。お絵描きはわたしの勝ちだね!」
わたしがおにいさんが描いた不思議な生き物にたくさん足を付けてあげると、おにいさんは声を上げて楽しそうに笑った。
絵描きに飽きると、次はそこらに転がっている平べったい石を拾い集めて、どちらがどこまで高く積めるかの競争が始まった。
「わたしの方が高いもんね!」
わたしは息を止め、慎重に五つ目の石をのせる。おにいさんは大人の背丈ほどもある大きな石を土台にして、絶妙なバランスでひょいひょいとタワーを作っていく。わたしが「あ、ずるい、動いちゃダメ!」と叫んだ瞬間、わたしの積んだ石の塔がグラリと揺れた。
おにいさんが長い腕を伸ばして、わたしの身体を後ろへひょいと抱え上げる。次の瞬間、カラカラと音を立てて石が崩れ落ちた。間一髪で足に当たりそうだったわたしは、おにいさんの胸の中でスリルに胸を躍らせながら、「キャー!」と大はしゃぎで飛び退いた。
ふたりで地面に尻もちをついた拍子に、足元をぞろぞろと歩く蟻の行列を見つけた。
「この蟻さんたち、どこに行くのかなぁ」
ふたりで並んで地面にばったりと寝そべり、這いつくばって黒い行列をじっと眺める。蟻たちは自分たちの身体よりも大きな芋虫の死骸や、どこかで拾った植物の種を、みんなで力を合わせて一生懸命に運んでいた。
「おにいさんの大鎌みたいだね。みんなで運ぶの」
「そうです。蟻はも冬の間の食べ物を蓄えるます。今が一番忙しいです」
おにいさんはわたしと同じ目線になって、蟻の歩みに合わせて地面を指でそっとつつきながら、蟻のお仕事を教えてくれた。
しかし、じっとしているのにもすぐに退屈してしまい、最後は近所で放し飼いにされている飼い鶏たちのところへ突撃した。
「まてまてー!」
わたしが両手をバタバタと羽のように羽ばたかせながら追いかけると、おにいさんも一緒になって鶏の真似をして追いかける。驚いたメス鶏たちがクワックワッと羽を散らして逃げ惑う中、一羽の大きな、真っ赤なトサカを持った雄鶏が、おにいさんたちの前に立ちはだかった。
「グルルル……」と喉を鳴らし、鋭い嘴を向けて怒っている。
わたしは素早く逃げ出したが。雄鶏は羽を怒らせておにいさんのふくらはぎを突っつこうと激しく追いかけてくる。
「キャーー! おにいさん走って! 突かれるー!」
わたしはおにいさんが突かれているのが、可笑しくて可笑しくて、涙が出るほど笑ってしまった。
一通り遊んで満足したのでお家に帰ることにした。
おにいさんが作った大鎌の刃の上には、細いハシバミの木が何本も、まるでおおきな手の指を広げたみたいに並んで伸びている。
「やっぱり変なの」
「そうですね。試します」
おにいさんは大鎌を肩に担ぎ、川に行こうと言う。
今日はおにいさんと遊んだので、大人しく格好悪くなった大鎌を見に行くことにした。
あんまり便利じゃないなら木の籠みたいなのは外してもらおう。
おにいさんも試した後ならいいですよと言ってくれるだろう
次回、葦
【作中技術解説】
クレイドル: 麦受けの枠。大鎌の刃の上部に取り付けられた、鳥かごや人間の指を広げたような形状をした枠です。大鎌は立ったまま広範囲の麦を高速で薙ぎ払うことができる強力な道具ですが、勢いが良すぎるために刈り取った麦が四方八方に散らばって倒れてしまうという重大な欠点がありました。このクレイドル(揺りかご)を装着することで、刈り取られた麦の茎がフレームに優しくホールドされ、大鎌を振り抜く動きと連動して、地面に一方向へ綺麗に揃って倒れるようになり、その後の結束作業の効率が良くなりました。




