大鎌
視点:ベルタ
収穫間近になりおにいさんが新しい鎌を用意し始める。すでに手鎌はあるのになぜだろうと不思議がるベルタの前に現れた、背丈ほどもある大鎌です。
夏が終わりに近づくころ、空の色が少しずつ深く澄んでいく。収穫が近付いてきた。わたしはそわそわし始めたけど、おにいさんはそれ以上に落ち着かなくなっている。
毎日畑へ足を運び、麦の穂をじっと見つめる。時には穂を優しく指でなぞり、一粒を噛んで確かめている。何かの計算をしているような、あるいは遠い先を見ているような横顔。
だからわたしはおにいさんがそろそろ何かを始めるのだと感じていた。
「ベルタ」
「なーに?」
「鎌をつくります」
「もうあるよ?」
「新しく作ります」
いったいどうしたのだろうか。鎌は準備してある。おにいさんが燧石を磨いて作ったちっちゃくてぴかぴかな刃を付けた木の鎌だ。
村で使っている木の鎌はほんの少しだけ鉄の刃がついている。それよりももっとよく切れる。
おにいさんがひとつ目を作ってくれた時に少し草を刈ってみたけど、わたしが鎌をふってもすぱすぱ切れた。
むふふ、これさえあればわたしはたくさん麦を刈ることができるに違いない。
しかも同じ形の鎌をいくつも作ってくれたからちょっとやそっと壊れただけではまったく困らないのに。
まず木の鎌を用意するようだ。それはわかる、もちろんわかる。
なぜかわたしの背よりも長い、しなやかな木の棒。おにいさんはそれを大きな鍋の湯気にあてて、じっくりと温めてから、ゆっくりと曲げ込んでいく。
同じようにわたしの半分くらいの長さの板も用意している。
「え、これ何になるの?」
「鎌の刃の部分です」
「これが刃の部分になるの?見たことないくらい大きいんだけど」
わたしは小首を傾げた。村にある小さな鎌とは全く違う。もっとずっと大きく、頑丈そうな形をしていた。
「こんなに大きいの?」
「はい。たくさん刈れます」
おにいさんは木の板に、細長い溝を丁寧に掘り始めた。そして、たくさん作っていたちっちゃくてぴかぴか刃を、その溝に一枚ずつ、隙間なく並べていく。
「うわぁ……」
ずらりと並ぶ石の歯。それはまるで、獲物を狙う獣の口のように見えた。
手鎌と同じ作り方なのになんでこんなにも違って見えるのだろうか。
「怖い」
細かい作り方はよくわからないけど、松のべとべとで張ってもう一枚の木の板で挟み混んでいるのはわかった。
こんなにも細かくて大変そうなのに、おにいさんはすごくうれしそうに作っている。。
完成したものは、わたしの背丈ほどもある立派な大鎌だった。
「でっか!」
「はい。大鎌です」
おにいさんは満足げに大鎌を掲げた。わたしは刃の鋭さを思い出して、一歩後ろに下がった。
「怖いから離れてみているね」
外に出ると、伸び放題になっていた背の高い草が茂っている。おにいさんは深く呼吸をし、大鎌を横に大きく振った。
しゃっ。
乾いた音とともに、目の前の草が一斉に倒れた。
「えっ……」
わたしは目を丸くした。一回振っただけ。たったそれだけで、手鎌ならずいぶん時間がかかるはずの草が、まとめて刈り取られていた。
「すっご!」
「はい。大鎌です」
おにいさんはもう一度振る。しゃっ。また倒れる。いつも使っている小さな鎌とは比べ物にならない速さだ。
「いっぱい切れる!」
「はい。いっぱい切れます。ベルタも試します」
わたしも恐る恐る持たせてもらった。
「重い……」
思ったよりはずっと軽かったが、長い柄を扱うのは難しい。思い切り振るのは怖いので、そろそろと振ってみた。
さくさくさく。。
草の束が倒れた。
「切れた!」
「とても上手です。頑張りました。」
わたしは面白くなって、何度も何度も振った。草が倒れるたびに、なんだか自分がとても強くなったような気がして、胸が弾んだ。
「小麦畑に行っちゃだめです」
さすがにそれくらいは分かる。でも、早くこの鎌を使ってみたい。あの広い畑が、この鎌があればあっという間に綺麗になる姿が目に浮かぶようだ。
夕方になり、おにいさんは小さな刃を一本ずつ入念に点検していた。欠けていないか、緩んでいないか。その丁寧な手つきは、まるでわたしを相手にしている時みたいだった。
今年の収穫は、きっとわたしが大活躍するに違いない。
おにいさん特製の大鎌を構えて、黄金色の畑に立つ自分を想像してみる。いつもなら、大人たちが腰をかがめて小さな鎌で何日もかけて刈る広い広い畑だ。だけど、この大鎌を預かったわたしなら、しゃっ、しゃっと軽く腕を振るだけで、麦の穂が面白いくらいにどんどん倒れていくはず。
村のみんながまだ自分の畑で汗を流している間に、わたしは誰よりも早く自分の仕事を終わらせてしまうのだ。きっとおにいさんは驚いて目を丸くして、「ベルタ、もう終わったのか! なんてすごいんだ!」って頭をたくさん撫でてくれる。むふふ、それだけで今から胸がくすぐったい。
でも、わたしの計画はそれだけじゃ終わらない。
早く刈り終えたら、今度はその足で村のみんなの畑へお手伝いに行くのだ。小さな体をめいっぱい動かして、困っているおじさんや、腰が痛いとおばあちゃんたちの麦をこの大鎌で次々と片付けてあげる。
「まぁ、ベルタちゃんが手伝ってくれたおかげで本当に助かったよ」
「こんなに小さいのに、なんて頼りになる良い子なんだろう」
そんな風に口々に褒められて、村中の人気者になるのだ。みんなの役に立てるなんて、考えただけで最高に誇らしい気持ちになる。むふふ、みんながわたしを囲んで褒めちぎってくれる光景が、もうはっきりと目に浮かぶ。
それに、村全体の収穫がいつもよりずっと早く終われば、その後にはもっと素敵なことが待っている。
いつもならヘトヘトになって迎える収穫祭だけど、今年はみんな元気いっぱいで準備ができるはずだ。大きな焚き火を囲んで、みんなで手を繋いで歌って踊って、神様にお礼をするお祝いの夜。その準備の段階から、きっとお祭りの音楽が聞こえてくるみたいにワクワクして楽しいに決まっている。それを考えるだけでも、むふふ、と笑いが止まらなくなってしまう。
お祝いといえば、きっと特別なビオルだって作れるに違いない。もしかしたらおにいさんは、普通の大人たちが飲んでいるのより、もっと甘くて美味しくて、特別な泡がのったものを作ってくれるかもしれない。
いつもは「こどもはこども用の奴を飲みなさい」って言われるけれど、こんなに頑張って村中をお手伝いしたわたしなら、今回ばかりは大人用のビオルも特別に許してくれるはず。
「よし、今回は大活躍だったベルタの分もあるぞ」なんて言われたら、大人に混ざって、わたしも強いビオルをたくさんたくさん飲むんだ。
大鎌の刃を見つめながら、ベルタはむふふ、と今日一番の笑顔で口元を押さえた。まだ秘密の、でも絶対に叶えたい、最高に楽しい秋の妄想だった。
ふとおにいさんを見ると長い柄の部分に出っ張りを付けて、先っぽに何かを付けていた。
これは何が何だかまったくわからないけれど、おにいさんはすごく嬉しそうな顔をしているので、ついわたしは笑ってしまった。
次回、クレイドル
【作中技術解説】
大鎌:大型の収穫鎌です。手鎌よりも一度に広範囲の藁を刈り取れますが、体の使い方が変わるので重さのわりに疲労は小さいです。
木材の曲げ加工:木材は水分を含ませて加熱(煮沸や蒸気)することで、一時的に細胞構造が柔軟になり、容易に変形できる性質(塑性)を持ちます。




