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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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大八車

視点:ベルタ


車輪がよく回る荷車を作り、嬉しそうに語るおにいさんとよくわからないベルタ。

おにいさんは畑仕事の合間や、あるいは雨で外に出られない日を狙っては、ずうっと平らな石の前で怪しい作業を繰り返していた。

いつもそうだと言えばそうだけど焼き物の四角を作ったあとは木を削って組み立てていたのだ。

それが、今日、とうとう「完成した」らしい。


「ベルタ。できました」

いつもより弾んだ声が聞こえて、わたしが足を運ぶと、そこには見たことがある荷車がおいてあった。

村にある荷車と大体同じだ。木で作られた四角い荷台があって、引っ張るための長い棒が伸びている。だけど、何かがちがうような気もする。


「なにこれ。おにいさん、これ、車輪?」


わたしが指差したそれを見て、おにいさんは満足そうに頷いた。


「はい。そうです。板で作りました」


村の荷車の車輪も同じように板でできている。けれど、おにいさんが作った車輪は、完全に「丸い木の塊」だった。隙間がどこにもない。よく見ると、薄い木の板が何枚も重ね合わされている。おまけに、表面には頑丈そうな木の釘がこれでもかと打ち込まれ、小さな楔でガチガチに固定されていた。

おにいさんが何日もかけて、あの石の板の上に煤を塗り、板をごりごりと擦り付けては燧石のナイフで削っていた、あの平らな板たちが、この円盤の正体だったのだ。触ってみると、とってもすべすべしていている。


「見てください、ベルタ。ここです。車軸です」


おにいさんが自慢げに指差したのは、車輪の真ん中、車軸が突き出ている部分だった。

村の荷車は、ただの丸太の棒に、穴をあけた車輪を突っ込んであるだけだ。だから走るとガタガタと酷い音がするし、すぐに穴が削れて作り直す。まぁ、そういうものだ。よく見ることなのでそういうものだと思っている。

だけど、おにいさんの作った車軸は、先端にいくほどほんの少しだけ細くなっていた。そして車輪の穴の中には、パカッと左右に割れる不思議な木製の筒がはめ込まれている。


何のために割れてるのか聞こうかと思ったけど、よくわからなさ過ぎて、わたしは困った顔をしてしまった。


「とても頑張りました」


おにいさんは、誰も褒めてくれないから自分で自分を褒めていた。


「これを塗ります」


真っ白な雄猪の脂に、真っ黒な煤をたっぷり混ぜて、ドロドロを作り上げた。おにいさんが作ったかまどと煙道には煤がほとんどつかないのでこれだけ集めるのには苦労した。わたしが時々掃除するために開けても特に何もついていないのだ。

このドロドロをを、車軸と、車輪の内側にべったりと塗りたくる。車軸の表面はわざと軽く焼きをいれて固くしてある。そこへドロドロが吸い込まれていく。


「車輪をはめます」


「うん」


思ったより重くない木の車輪を持ち上げて、先細りの車軸にするりと差し込む。仕上げに、一番端っこの穴へ、木製の頑丈な楔をカンカンと叩き込んだ。これで車輪は外に飛び出してこない。

おにいさんはすごく楽しそうだけれど、わたしはそこまで楽しいわけではない。

ところどころとてもきれいにできているけどこれは荷車なのだ。

わたしにとっては土鍋の方が面白いくらいだ。

車軸に詰めた脂があればもっといろいろと美味しく焼くことができる気がしてきた。むぅ。


「ぐるぐる回します」


わたしとおにいさんは、車輪を片方ずつグルグルと回し始めた。

最初は、ずしりとした重みがあった。脂が粘っこくて、ねちょねちょするような感覚だ。


「まだまだ回します」


「うん。おりゃー!」


二人で、車輪を何度も、何度も勢いよく回す。


すると、突然、引っかかりが消えた。これは本当に突然だった。ねちょねちょがするんとなったのだ。


「あ、かるい!」


「はい。手を離します」


わたしとおにいさんは、同時に車輪から手を離した。

村の荷車は、手を離したらすぐに止まる。そもそもこんなに回せないだろう。

けれど、おにいさんの作ったその円盤は、手を離したあとも、信じられないくらい静かに、シュルシュルシュル……と回り続けた。


「……え?」


止まらない。

それどころか、まるでそこには空気しか存在しないみたいに、滑らかに、いつまでも、いつまでも回り続けている。車輪の木の模様が、綺麗な渦を巻いて目の前を回り続ける。

わたしは回る車輪を眺めていた。いったいいつまで回るのだろうか。

あまりにも滑らかに回り続ける木の車輪が、なんだかおかしくて、不気味で、だけどとても可笑しく、わたしはお腹の底から笑いが込み上げてきた。


「あははは! おにいさん、これすごい! 全然止まらないよ!」


「はい。よく回ります」


回り続ける車輪を囲んで大笑いした。


その他にもおにいさんは木で作ったでっぱりがどうとか嬉しそうに説明してくれたけど、よくわからない。

あんまりにも嬉しそうなのでよくわからないと言うのは悪い気がした。けれど、わたしは正直にわからないと伝えたら違う話をしてくれた。

収穫が終わったらお祝いとかしたいという話だった。

そうだ、もう少しで麦の収穫なんだった。

わたしは心臓が止まりそうになった。

おにいさんと手入れをした範囲は畑全部ではない。すべてには手が回らないからだという。

領主への貢納ができなければ次こそ本当に死んでしまうかもしれない。

ほんの少しの時間だったと思うけど、完全に固まってしまっていたのだろう。おにいさんがすこし大きな声をかけてきた。


「大丈夫です。きちんとできます」


この村で一度も収穫したことが無いはずのおにいさんからでた言葉はとても心強かった。

大丈夫、きっと大丈夫。

春にもよくわからない事をしたら葉の色が濃くなった。

夏にもよくわからない事をしたら穂がぷくぷくしてきた。

何かはよくわかっていないけど、おにいさんと一緒に良いことをしたはずだ。

まだ回っている車輪を見ながら、きっとわたしもよい方へ転がっていくはずだと自分に言い聞かせた。

次回、大鎌


【作中技術解説】

複層ディスクホイール:平らにした板の木目を90度ずつズラして重ね、木釘と楔で一体化させた車輪。さらに一番外側には、消耗品として何かをはめ込む想定をしてあり、コアである複層ディスク本体の摩耗を防ぎます。


車軸:常に上からの荷重を受け続ける「車軸」の表面だけをあらかじめ火で軽く焼き焦がし、ミクロの穴だらけの炭化層にします。ここに精製ラードと煤のグリースを吸わせることで、炭がスポンジのように油を保持し、一番重さがかかる場所の油膜切れを防ぎます。組み立て後に二人で車輪に軸受けをはめて限界まで回した友摺りによって、木と木がミクロレベルでお互いに削り合い、完璧な隙間に仕上がります。

車軸のみ硬化処理を施すことで取り換えやすい軸受側が優先して消耗する設計です。


E-S理論(共感・システム化理論):ケンブリッジ大学のサイモン・バロン=コーエン教授らが提唱した、人間の脳の関心の方向性に関する心理学理論。

規則や法則、メカニズムを理解し、システムを構築することに快感を覚える「システム化(Systemizing)」と、他者の感情や状態、関係性に意識が向く「共感(Empathizing)」の2つの軸で構成されます。進化心理学の観点からも、男性は「スペックの数字や技術革新」そのものに興味を持ち、女性は「それが現実にどう役立つか(共感・実用性)」を重視する傾向があるとされています。

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