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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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カリ石鹸

視点:ベルタ視点


雄猪から奇麗なラードを作った後、片付けを使用としたらまだ作るというおにいさん。

汚い汁から奇麗になるための石鹸が生まれます。

猪はすごい生き物だった。

心臓と肝臓は食べた。

内臓は残念だけど全部堆肥にすることになった。

お肉は灰をまぶした。

骨の中身は美味しいソースになった!

骨は真っ黒になった。

脂は煮込んだ。

皮は乾かすだけでかちかちの板にする。

腱も蹄もあとで使うらしい。


こんなにもお役立ちの生き物がわたしの所に来てくれただなんて。神様はいるに違いない。


美味しい脂を作る時に煮た鍋を片付けないといけない。汚れた鍋を前におにいさんは腕を組んでいた。


「まだあるの?」


わたしは呆れた声を出しながら聞いた。


「はい。まだある」


なんとこの汚いどろどろにも何かがあるらしい。


「食べるの?」


「いいえ。たべない」


おにいさんは困ったような真剣な顔で答えてくれた。

こんなものは食べる気になれないので食べないと言ってくれて本当に良かった。

底の方に残っていたのは、脂の汚れを吸い取ったドロドロの液体だ。

色は、これは何色といえばいいのだろうか?とにかく汚いことはすぐにわかる。

あまり美味しそうではないし、いや、絶対に食べたらお腹を壊すやつだ。


「これ何?」


「きれいにするやつです」


わたしは身を乗り出して鍋の中を覗き込んだ。

上から見ても下から見ても、ただの泥水にしか見えない。


「嘘だぁ」


「本当です。きれいになります」


おにいさんは平然とした顔で言った。

おにいさんがこういう風に平然としている時は、本当に言葉通りのことが起きる。

頭ではちっとも納得はできない。

でもだいたい当たるのだ。


おにいさんは、また骨の黒い粉を使うつもりの様だ。


「また骨の炭を使うの?」


「はい。とても便利です」


「本当に骨の炭が好きだね」


「好きです。とても便利です」


本当にお気に入りらしい。こんなにも喜んで好きというのであれば村のゴミ捨て場から去年の豚の骨を拾ってきてあげよう。きっと喜んでくれるに違いない。

おにいさんは嬉しそうに骨炭を鍋の中へ投入した。

中身が真っ黒になる。

煙道の上でお鍋をぐるぐると混ぜ合わせてから置いておくようだ。

ゆっくりと温めながら、ただただ時間をかけるみたいだ。


わたしは待つのが大嫌いだった。

けれど、おにいさんと一緒にいるうちに少しだけ我慢強くなった。

おにいさんの作業には、いつもこういう退屈な待ち時間が付いてくる。

急いでも仕方ががないから、諦めも大事なのだ。


しかしまったく待ち時間を待って過ごさないおにいさんには困ってしまう。

おにいさんは水桶を担いで川に水を汲みに行く準備を始めた。

お肉を洗ったりするために何日分かわからない程の水をつかったのだ。ほかの家よりもたくさん水桶があるのに、たくさんあったはずの水がもうない。いつもとは違うけど水汲みにいかないと不安だ。

わたしは道すがら美味しいソースがたくさんあって嬉しい事を伝えた。おにいさんも深く頷いてくれた。

脂も食事に足すととても美味しいという。あれだけきれいな脂は見たことはないし指ですくって舐めたら明らかに甘かった。

何につけて食べるか考えるとよだれがこぼれてしまう。


そうして一通りお手伝いをしてから、また鍋の前へと戻ってきた。


「あっ」


わたしは声を上げた。

鍋の中の色が変わっていた。

さっきまでのどす黒い茶色が、少し薄くなっている。

泥のような濁りも、すっかり減っていた。


「なんか、ちょっと綺麗になってる」


「はい。骨炭が役立ちました」


思わずおにいさんを見てしまう。何度もこの骨の炭を褒めている。


「わたしが脂をかき回した!水汲みにも行った!」


「はい。ベルタはえらいです。ありがとう」


むふふ、褒められてしまった。


気を取り直して、わたしはお鍋に顔を近づけて、くんくんと匂いを嗅いだ。

前よりずっとマシになっていた。

かなりマシだ。

あの嫌な獣の脂臭さが、ほとんど消え失せている。


おにいさんは楽しそうに笑った。

その後もおにいさんは、骨炭を取りだせないので、新しい骨炭を入れていた。

待つ。

温める。

混ぜる。

またしばらく待つ。


お空が赤くなって夕方になる頃には、鍋の中身は驚くほど綺麗になっていた。

水みたいに透明ではない。

でも、あの最初の茶色い泥水では完全になくなっていた。

乳白色というか、淡い黄白色というのだろうか。

少し濁っているし骨炭が浮いているのできれいとまでは言えないけど、何もしない時の汚いどろどろではなくなった。


「完成?」


わたしは鍋の中を覗き込んだ。

どろっとしていて、不思議な手触りだ。

灰汁とは違うぬるぬるだ。水のような脂のような、見たこともない変な汁だった。


おにいさんは手に付けて水を足して両手をすり合わせた。


「手を出して」


「うん」


わたしは両手を前に突き出した。

その手は灰だらけで真っ黒だった。

午前中におにいさんの道具の材料を運んだり、土の上で遊んだりしたからだ。

爪の間にも黒い泥がしっかり詰まっている。


おにいさんは、わたしの手を握ってさっきのぬるぬるを刷り込んできた。

触るとやっぱりぬるぬるする。

少し変な感触だ。


「手を合わせこすります」


「こう?」


「はい」


ごしごし。

ごしごし。

わたしは言われた通りに手を擦り合わせた。

手のひらが驚くほど滑る。

ぬるぬると手が動く。


「よし、水をかけます」


水はとても大事だ。じゃぶじゃぶとは使えないのでおにいさんが水桶からすこしすくってかけてくれた。

ちょろちょろ。

水をかけてもらいながら手をこすって汚れを洗い流す。

そうして自分の手のひらを見た。


「あれ?」


わたしは目を丸くした。

白い。

いつもよりずっと白い。

毎日こすっても落ちなかったしつこい土汚れが、綺麗さっぱり落ちている。

指の間も、爪の周りもピカピカだ。

なんだか、お肌の触り心地までつるつるしている。


「すごい! おにいさん、これすごいよ!」


わたしは何度も自分の手をひっくり返して見た。

本当に綺麗だった。

いつもの冷たい水洗いとは、あきらかに違う。

いつもならゴシゴシ痛くなるまで洗っても残る泥が、簡単に消えているのだ。


わたしは自分の手のひらを触る。

やっぱりつるつるしている。

触っているだけで楽しくて、なんだか面白い。


「おにいさん、これ、いっぱい作ろう!」


「はい。作りましょう」


「じゃあ、わたし、猪を捕まえる!」


おにいさんは、こらえきれずに吹き出した。


「領主様の物です。駄目です」


わたしは笑った。川の大きな魚も大きな猪も領主様の物だから駄目ですというのだ。毎回同じように説明してくれるので絶対に忘れない。


それに不思議だった。

本当に、おにいさんのすることは魔法みたいで不思議だった。

わたしは自分の両手を、もう一度お空にかざしてみた。

西の空から差し込む夕日を受けて、小さな手が少しだけ光っているように見えた。


きれいだ。


なんだか、お城にいるお姫様になったような気分だった。

お姫様の手になったので、わたしはわたしの手を大事に握った。

次回、ボーンスカベンジャー


【作中技術解説】

遊離脂肪酸の中和:放置された動物性脂肪は加水分解が進み、酸敗して遊離脂肪酸が増加します。これを灰に含まれる炭酸カリウムと中和反応させることでカリ石鹸水溶液が生成されます。

もちろん植物性油や動物性脂肪そのものを鹼化させるには、炭酸カリウムの塩基性は弱すぎるのでできません。

獣脂を灰汁で脱酸処理することで、水層側は脂肪少しとカリ石鹸と灰汁が混じった状態になりました。洗浄力がある液体というレベルであり、市販の液体石鹼には遠く及びません。

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